第2話 勇者という存在

 朽ちた扉を開けると埃っぽい空気が優翔を襲ってくる。まさか先ほどの偉そうな男がここにいる姿というのも想像ができない。

 思わず咳き込む。その様子を女の子はじっと見ていた。

「げほ、何なのこの部屋」

「はは、失礼したね、勇者殿」

 薄暗い部屋に似つかわしくない、陽気な少年の声。やっと咳が落ち着いてきた優翔はその声の方に目をやった。

 そこには、一人の少年がいた。

 金色の髪は手入れがよくされているように艶やかで、年齢は優翔と同じぐらいだろう。彼の服装はやはりこの部屋に似つかわしくない。

「色々聞きたいこともあるだろうけど、まずは自己紹介をさせてくれ」

 少年はそう言って近づいてきた。にっこり笑うけれども、どこか胡散臭さを感じるのは気のせいだろうか。

「僕はレオンデュート・フォン・グランベルト。レオンと呼んでくれ」

 それで君は、と視線が問いかける気がした。

「俺は松橋優翔。ユウト、でいい」

「ユウト、だね。よろしく」

 そう言って差し出された手を振り払う理由はない。軽く握手をすると、レオンは笑顔のままその手を振り回した。

「いやあ、まさか本当に勇者様が召喚できるとは思っていなかったよ。ようこそユウト」

「ねえ、そのことなんだけど」

 さっきから勇者だ勇者だ言うけど、誰も説明しない。いや、さっき女の子は簡単に話してくれたか、と思い返すも、それでも十分な説明には程遠い。

「ああ、そうだったね。まあどこか適当に座ってよ」

 あまり綺麗とは言えない場所だけど、と続けてレオンは手を離した。

 近くにあった木箱に座っても大丈夫か確認して腰掛ける。それを見てレオンも近くの木箱に腰掛けた。

「まず、勇者伝説について、かな」

 一番気になるのはそこだよね、と問いかけられ、優翔は頷いた。粗方は世界の狭間で聞いているが、それが夢でないという証明などできない。

「我らが国、グランベルグ皇国は現在魔族との戦争中なんだ。で、魔族を統べる王、魔王を打ち倒せる者は『勇者』と呼ばれる」

 わかりやすい話だ、と思う。つまりは『魔族』という異形の者が人間を侵略しようとしていて、それに抗うために別世界の人間の力を借りたい、と。

「とは言っても、こちらの都合で急に呼び出すんだから、それ以上の無理強いはできないよね。だから、召喚した勇者には目的を伝えて、それ以上の命令はしない、というかできないようになっているんだ」

「で、俺が元の世界に帰るにはどうしたらいいんだ?」

 無理強いをしない、という言葉に驚く。が、旨い話にはなにかと裏があるはずだ。そう問いかけると、レオンは困ったように笑った。

「別に、何もしなくていいんだよ。時が来たら、君は勇者じゃなかったと神様が判断して、自然と元の世界に戻れる。らしいよ」

 僕は戻ったことがないから知らないけれど、と付け足す。

 その言葉に拍子抜け。確かに世界の狭間で聞いたことと同じで、無理強いはしてこない。

「魔王を倒さないと、とかって嘘でも言えばいいのに」

「根が正直者だから、僕は」

 片目をつぶって笑うレオンに、思わず優翔も噴出した。

「まあ冗談はおいといて。召喚をするのに、いくつか制約があるんだ。その中の一つが、決して虚偽の申告をしてはならない」

 これを破ることはできないんだ、と笑う。ってことは騙ることができるなら騙るつもりだったのか。

「じゃあ俺はまだ『勇者未満』ってところか」

「そうだね。勇者様呼びは早かったか」

 その割には今まで会った人物全てが『勇者』と呼ぶのは不思議だ。それが顔に出ていたのかもしれない。レオンが続けた。

「まあ本来は『喚ばれた者』と呼ぶのが正確なんだろうけどね。しょうがないよ。歴史上、いつも一人目の召喚者が勇者になっているんだから」

 つまりは、召喚された人物は大抵の場合魔王を倒しに行く、らしい。無理強いをしなくてもそうなのなら、無理矢理命令して友好関係を悪化させる必要はない、か。

「歴史上を見ても、ほとんどがそうなんだ。だから、やってきた人物は『勇者』と呼ばれるんだよね」

 レオンの言葉に納得する。やって欲しいことだけを提示されて、他の指示が何もないのなら、ある程度はその期待に応えようと思うのだろう。

「なるほどな、わかった」

 勇者については、これ以上深く聞いてもいいことはあまりないだろう。が、もう一つ疑問がある。

 優翔は座っていた木箱の埃を見て、顔をしかめながら言った。

「なんで王子様がこんな埃っぽいところにいるんだよ」

 なんで待望の勇者をこんなところに呼び出すんだよ。

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