白と黒の乙女

第1話 英雄召喚

 目を開けると高そうな調度品。足元には複雑な模様が光を放っている。絨毯とも違う。何より、目の前にいる人々の服装は、元々いた世界では見慣れない。

 ああ、そうか。あの男の言っていたことが真実だったのか。優翔はわずかに歩き出そうとして、その足元がぐらつくのを感じた。

「勇者様!」

 一番近くにいた女の子が悲鳴を上げる。さすがに転ぶような醜態は見せられないと思い、たたらを踏んでなんとか踏みとどまる。

 しかし、こいつらが呼んだのなら、何か話してくれてもいいんじゃないか。こっちから発信するのを待っている、という訳でもないと思うんだけど。

 優翔を囲んでいる面々を見渡して、一番偉そうな人物にあたりをつける。

 価値はいまいちわからないけれども、豪華な杖を持つ男。年齢は優翔の父親ぐらいだろうか。灰色の髪が地毛なのか老化なのかわからない程度には年齢を重ねた、一人の男。豪華な衣装に豪華な杖。これで権力持っていなかったら詐欺だよなあ、と思いながら優翔は声をかけた。

「ねえ、あんた」

 世界の狭間では声を出せなかったためか、思いのほか大きな声で自分自身驚く。その場にいた面々ももちろんそれは驚いたようで、全員の注目を集めてしまった。

「私でしょうか、勇者殿」

 男が一歩前に出る。どうもその容姿と仕草が一致しない。

「うん、あんた。色々聞きたいことがあるんだけど、そっちから説明とかないわけ?」

 問いかけると、慌てたように男は指示を出していく。やっぱり、この場でも上位の者だったようだ。

「ではブランの娘、おぬしは勇者様について応接間へ」

 最後に残されたのは一番近くにいた女の子。どうやら彼女が案内役らしく、優翔の顔を見て深々と頭を下げた。

「ねえ、楽にしてよ。多分同じぐらいの年齢だし」

「いえ、勇者様は勇者様ですから」

 女の子に声をかけるも、硬い声でそう返される。優翔は頬をかき、小さくため息をついた。

「その『勇者様』ってのも、意味わかってないんだけど」

「勇者様はこの世界を魔の手から守って下さるお方。我らとは違い、類稀なる能力をお持ちであると伝承に記されております」

 勇者というのは、よくある救世の英雄扱いのようだ。世界の狭間で聞いた話を思い出し、納得する。

「準備ができたようです。勇者様、こちらへどうぞ」

 静かに歩き出した女の子の後をついて歩いていく。ふと思い立ち、部屋を出る前に一度振り向いて全体を見渡してみた。

 祭壇のようになっている中央と、それを囲むように四柱。それぞれの柱には大きな石がはめ込まれている。先ほどまでいた光り輝く床はちょうど祭壇の中央にあったようで、その光も随分鈍くなっている。

 壁にいくつかロウソクがおいてあり、この部屋の明かりは全てこのロウソクの炎だけのようだ。

「この部屋が気になりますか」

 足を止めたことに気付いたのだろう。女の子が優翔に声をかける。いや、と優翔は首を横に振ってこたえた。

「見たことのないものばかりだからな」

「ここは『召喚の間』です。異界にはないのですか?」

 異界って言ったな、今。普通はもっと取り乱すものだろうか、と考えながら、優翔は首を横に振った。

「少なくとも俺の生活範囲にはなかったね」

 ゲームの中とか、そんな世界にならきっとあっただろう。そう思うような設備の数々。実際に触れることは無理でも、バーチャルの世界には確かに存在していたような、幻想ファンタジーな物ばかりだった。

「そもそも、俺のいた所には『召喚』とかそんなのなかったしな」

「召喚は我らの国でも禁呪とされていますゆえ」

 それだけ言うと女の子は優翔に背を向ける。この部屋にはもう用はない、ということだろう。優翔は愛想のない女の子に軽く肩をすくめ、その後をついていった。


 絨毯に覆われた廊下は足音を立てることなく優翔達を運んでいく。映画の祭典のような赤一色ではなく、壁際に金色の装飾がされているのが見える。ふかふかとしている絨毯に、一目で高価そうだとわかる。

 大体、ここがどこなのかは想像がつく。が、実際まだ優翔は半信半疑だ。きっとゲームに出てくるような西洋風の城であり、これから会わされる人物は貴族とか王族とかそんなことを言われるのだろう、と。

 そんな予定調和を想像しながら連れてこられたのは、豪奢な扉の前。ではなく。

「勇者様、こちらでございます」

 廊下や今までに通り過ぎた扉と比べものにならないような、粗末な木の扉の前で女の子は立ち止まった。

「え、ここ?」

 想定外の場所に、優翔は思わず聞き返してしまった。

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