死にました

 痛かったのは一瞬。


 ジャスティン王子に剣で斬られて倒れた私は、すぐに意識が自分の身体と分離したのがわかった。


 あー、死ぬってこんな感じなんだって思った。

 きっと最後の最後に辛くないように、心の防衛機能が働いたんだろう。


 私は自分の身体を客観的に観察している。

 うわー、すごい血。

 これはダメだわ。

 無理だわ、死ぬわ。


「はっはっはっは! 見たか! これが吸血鬼の末路だ! 所詮、亜人種は人間には勝てぬ! 人間こそがこの世界を支配するにふさわしい種族なのだ!」


 私を倒した高揚感からか、興奮したように叫ぶジャスティン王子。

 うるさいなぁ……。

 死ぬときくらい静かにしてくれませんかね。


「シルフィラ!」


 人をかき分けて、ルーデシアが駆け寄ってきた。

 あーあー、抱きつきなんてしたら、制服が血で汚れちゃうよ?


「シルフィラ! シルフィラ! シルフィラぁ!」


 何度も名前を呼んで、身体を揺さぶってくるルーデシア。

 思わずなのか、呼び捨てで呼んでくれてる。

 うん、そのほうが嬉しいな。


「離れたまえ、ルーデシア。そのような不浄なものに触れるべきではない」


 私に取り縋って涙を流すルーデシアを、ジャスティン王子は腕を掴んで引き剥がす。


 しかし彼女は、その手を振り払って私を抱く。


「どうしてですか! どうしてシルフィラが殺されないといけないんですか!」

「彼女が吸血鬼だったからだ」


 叫ぶルーデシアに、静かに答えるジャスティン王子。


「吸血鬼? それがなにか悪いことですか? シルフィラは……私の友達だったのに!」

「いい加減にしたまえ!」


 ジャスティン王子はピシャリと言い放つ。


「それは君の品位を下げる発言だ。そんな言葉を私は望まないよ。おい」


 と、言葉の最後に王子は観客の方に視線を向けた。


 すると彼の取り巻きの男子生徒が何人か現れて、ルーデシアの腕を掴んだ。


「離してください! 離して……!」


 叫ぶ彼女を問答無用で私から引き剥がす男子たち。


 ……ジャスティン王子は、どうして自分でルーデシアを引き剥がさなかったんだろう。


 そんな些細な疑問を抱きつつ、私は死んだ。



 私の死体は急遽取り寄せられた棺に納められ、学園校舎の地下室に放り込まれた。



 ブラドフィリア家には早急に使いを送らねば、と棺を運んだ先生たちが話していた。



 棺の蓋には釘が打たれ、地下室には閂がかけられ、厳重に封鎖された。



 吸血鬼は死後蘇り人を襲う、という伝説があるからだろう。



 そして私は、暗く冷たい場所に一人取り残された。



(うーん……これはどうしたらいいの?)


 死んだはずの私なんだけど、意識はしっかり残っていた。


 ただ、意識は相変わらず身体から分離していて、現実感がない。

 幽体離脱してるような感覚だ。


 そのくせ身体から遠く離れることはできないので、べつの場所にいくことはできない。

 声は出せないし、なにかに触れることもできない。

 身体も動かせない。


 ついでに言えば、幽霊みたいに誰かに見えてることもないようだった。


 なにこれ意味ない!


 このまま自分の身体が火葬されて灰になるか、土葬されて腐っていくのを眺めてるしかないってこと?


 しかもそれ、どの時点で意識はなくなるの?


 まさか永久にこのままってことはないよね?


 やだやだやだこわいこわいこわい。

 これならいっそ、普通に死んだほうがマシだよ。


 私はどうにか身体を動かせないかと奮闘する。

 しかし大量に血を失って真っ青になっている私の身体は、ピクリとも動かない。


 うーん、どうすりゃいいのこれ!


 と、私がパニックになりかけたそのときだ。


 ぎいいいいい、と軋むような音が響いて、地下室の扉が開いた。


 誰かが地下室に入ってくる。


 蝋燭のあかりに照らされたその顔は――ルーデシアだった。

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