悪意
「さあ、どうしたブラドフィリア嬢。どこからでもかかってきたまえ」
剣を構え、言ってくるジャスティン王子。
そんなこと言われましてもね。
私、あなたと戦いたくなんてないんですよ。
どうしてこんなことになったの……。
いえ、理由はわかってる。
私がルーデシアを襲っている(ように見える)ところを王子に目撃されたからだ。
この世界のもとになったと思われる『ロマンス・オブ・ファンタジア』の世界では、私ことシルフィラ・ブラドフィリアはジャスティン王子に殺される。
それは、ルーデシアを襲ったからだ。
ゲームのシナリオの方ではその理由は、ジャスティン王子と結ばれるために、ルーデシアが邪魔だったから、なんだけど。
実際には逆だ。
私はルーデシアの血が飲みたかった。
そしてその欲求を抑えきれず、彼女の血を実際に吸おうとしたところを王子に見つかった。
そしてルーデシアを巡っての決闘となってしまったのだ。
冗談じゃない。
私は、ルーデシアとジャスティン王子には勝手に結ばれて、二人で幸せになってもらいたかったのに。
二人の仲を邪魔する気なんてなかったのに。
それもこれも私が女の子の血しか吸えないのが悪いのだ。
なんでそこだけゲームと違う設定なの!
私を転生させたやつ出てこい!
説明しろ!
なんて怒ってもこの状況は変わらない。
まあ、この前みたいに、誰も見てないところで問答無用で襲われるよりはマシかもしれない。
そう思うことにしよう。
とはいえ、この状況もなかなかにキツい。
「…………」
私は、ジャスティン王子と同じように剣を構え、彼と向かい合う。
しかしかかっていくことはしない。
王子の挑発に乗らず隙を窺っている……ように見えるかもしれないけど、実際には力が出なくて動けないだけだ。
なにしろさっきはルーデシアの血をちょっとしか飲めなかった。
そのあとジャスティン王子に呼び出される前に血液スープを飲みはしたけれど、最近慢性的に続いている血液不足は解消されていない。
こんな体調で決闘とかどうかしてる。
「どうした? こないならこちらから行くぞっ」
「っ!」
ジャスティン王子が踏み込んできた。
ひー!
私は必死で身をかわす。
王子の剣が、私のすぐ横の花々を斬って、パッと散らした。
ヤバいヤバいヤバい。
本物の剣だよ。
斬られたら死ぬやつだよ。
真剣での戦いも、実は授業でやったことがある。
けど、あれは貴族のたしなみって感じで、決まった型をゆっくりとなぞるだけだった。
緊張したことはしたけど。
今みたいに本気で斬りかかられるなんてことはなかった。
「どうした! 怖気づいたか!?」
王子はすぐさま構え直し、ふたたび私に向かってくる。
ぎゃー!
がぎん!
持ち上げた剣が、たまたま王子の攻撃を受け止めた。
重い!
腕痺れる!
冗談じゃないよ。
なんで私がこんな目に。
しかも周りで見物している生徒たちは、私たちを止めようともしない。
それどころか、
「いいぞ、やれやれ!」
「ジャスティン様すてき!」
「吸血鬼なんか殺しちまえ!」
どうにも物騒な雰囲気だ。
どうやら普段は表に出さないだけで、亜人種嫌いの生徒はけっこう多いみたいだ。
そんな中、
「ジャスティン様、やめてください!」
一人、そんな声を上げる子がいた。
ルーデシアだ。
彼女だけは周りの生徒と違い、決闘を止めようとしていた。
……んだけど。
「ジャスティン様――きゃ!」
彼女は他の女子生徒に突き飛ばされるように、観客の中に埋もれてしまった。
ちょっと王子様!
あなたの大事なヒロインが雑な目に遭ってますけどいいの!?
「よそ見とは余裕だな!」
「きゃ!」
ジャスティン王子は剣を払うと、避けた私に向かって魔法を放ってきた。
……いったぁ!
肩に思い切り衝撃が走った。
痛い痛い!
魔法ってこんなに痛いの!?
耐えられなくて、私は剣を取り落としてしまう。
あまりの痛みに、その場に膝をついてしまった。
ちょっと、これやばくない?
降参……とかできる雰囲気でもない。
ジャスティン王子は完全に殺意のこもった目でこちらを見ている。
周りの観客は誰も彼を止めようとしない。
ひどいな。
この世界って、こんなに悪意に満ちてたのか。
ゲームをプレイしてたときは、和やかで穏やかで、楽しい雰囲気の世界だと思ってたのにな。
それとも、私が吸血鬼だから?
悪役令嬢に生まれたから悪かったのかな?
悪役には、そんな世界で静かに生きる権利もないってこと?
「ブラドフィリア嬢、覚悟!」
ジャスティン王子が剣を振り下ろした。
全身を真っ二つに引き裂かれるような激しい衝撃。
私は――巨大な裂傷から真っ赤な血を大量に吹き出して倒れた。
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