第7話 幸せのかたち
あの日、カフェでの美茶の言葉が僕は気になっていた。それは、僕が美茶さんは幸せそうに見えると言ったあとだった。
「何をもって幸せって思うのかって千差万別だけど、私は幸せか不幸せかって言われたら、幸せだと思うし、幸せに見えると思う。子どもにも恵まれてるし、今はフリーの仕事だから、在宅でもできるから、別荘に外出自粛となる前から来て滞在できている。でもね、だからってそれが本当に幸せなのかと言われたら私は幸せと断言はできないな。颯馬は今、幸せ?」
「僕は、今やりたいことをできてるし、彼女もいるし幸せだと思う。」
「それを聞いて安心した。そうじゃなきゃ困るとも思ったわ。私はね、結婚前やりたい仕事に遊びに惜しみ無く費やしてて充実してたの。結婚して子どもができて、それまでの残業と出張の多い仕事よりも最初は育児を選んで、落ち着くと働きたくて、でも育児もしたいという間で悩んでパートをしたけど、全部自分で決めて、保育園も決まってから、夫に報告って感じ。うちの場合ね、夫は、働かなくていいんじゃないっていう考え方があるから、働きたいって相談したところで、じゃあやってみればって感じで放置なのよ。」
「結婚前に結婚後も仕事続けたいって話は、しなかったの?」
「したよ。仕事は続けるって。でもね、出産後だね産休、育休とって復帰するつもりだった仕事よりも育児を選んだのは。出張で二三日帰れず、子どもと離れる自信がなかった。
そもそも働かなくてもいいと思ってる夫が全面的にサポートしようとする様子も無かったしね。子どもをどのくらい好きかとか、子どもと触れあう様子とか、どんな理想の家族像を描いてるのかって見たことも話したこともなかったから、価値観合うなと思うことが多い相手であっても、私は、もっと本質的なところで見極めなければならない価値観を、その頃まだ若くて考えたことも無かったと思う。
颯馬にはまだ先の話だけど、子どもにすごく手がかかって疲れきってる時とかに、人って急に変われないから、もともと本当に育児に協力的な人なら、いつも以上に手が貸せるけど、そうじゃない人なら、いつもしてない分、それなりにしか相手を助けられないと思う。色んな経験していれば、経験値からわかるけど、してなければ例えばどんなことが大変なのかとかも理解できないでしょ。」
僕は自分のことを考えてみた。10年も彼女と付き合っていて、お互いなんとなく結婚を見据えていても、確かに考えたことがないことばかりだった。僕は、子ども好きだと思っているけど週に一度、数時間の家庭教師をするのと、毎日の育児とは全く別物だ。今だったら、好きなことに夢中になっているときに邪魔するのは、スマホの着信音くらいだ。子ども中心の生活となったと想像すると、僕は今の自分の生活をすべて子どものため、奥さんのために費やすという覚悟はまだできてなかった。そして、僕の今の幸せの価値観とはきっと違うものになるとも考えた。
「なんか、美茶さん、大変なのに余裕だよね。僕だったらこなせてないと思うよ。」
「余裕なんて無いけどね、こうやって颯馬と出会って話しているこの瞬間がすごく幸せだから、気持ちの余裕も生まれてるのかもしれない。家族がいて、いい車にのって物理的に満たされるように見えても、心の幸せはその人本人にしかわからないんだよ。でも、こういう幸せと思える出会いがあれば、それを大切にしてもいいんじゃないかなって思った。」
「そう、言いきれるのがやっぱり余裕があるよ、年の差かもしれないけど、そういうの素敵だよ。」
美茶の言う通りかもしれない。先のことは考えずこの時この瞬間を二人の中で幸せな時間にすればそれでいいのかもしれないと思った。
僕は揺れ動き始めていた。僕だけが美茶に好意を持っていると思っていたのに、美茶も次第に僕に好意を持っているよう感じたからだ。僕は美茶の家族に割り込むつもりはないし、そして彼女もそのつもりは無いことも知っている。でも、お互いに気持ちが芽生え始めてるとしたら、と考えると僕は複雑な気持ちになった。
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