第5話 あの人の名前を呼んでみたくて
打ち合わせが終わって、家についたのはもう夜中近かった。寝る準備をして、ベッドに横たわった僕は、昼間の公園でのことを思い出しながら、うとうとしていた。あの人ともっと話が出来れば良かった。たわいも無い話をして過ぎたあっという間の2時間は本当に心地よかった。あの人とあの人の子どもと遊んでいても時折、あの人は結婚しているんだから好意を持ってはいけないということを、忘れてしまいそうになるほどだった。
ふと、公園で渡された、折り紙でできたポチ袋の存在を思い出し、急に目がさえた。鞄の中に入れっぱなしのはずだ。急に気になりだした僕は、ベッドを降り、玄関に置いてある鞄から袋を取り出した。貸した千円札が戻ってきたそれだけのこと、と思いながら中から、取り出すと一枚の紙が一緒に入っていた。
丁寧な字で、お礼が書いてある。そして、最後に書かれた名前を見て、僕は初めてあの人の名前を知った。
と、茶目っ気たっぷりに書かれていた。思わず、名前を呼んでみたくて、LINEのトーク画面を開いていた。
「美茶さん!お金ありがとうございました。公園で話ができてすごく楽しかったです。また、会いたいんだけど会えますか?無理は言いません。」
返信が来たのは送信してからすぐだった。
「名前で呼ばれてどきっとしたよ。でも、ポチ袋に名前書いたの私だね(笑)今日はこちらこそありがとう!短い時間の間に色々あってドラマのような展開だったね~!ドライブデートも楽しかったよ。私ももっとゆっくり話したいし会いたいと思ってるけど、結婚してるし、駿もいるし、週末は夫と東京にいる上の子たちも来るからなかなか難しいな。機会があれば、また連絡するね。」
結婚してるしと実際言われると少しの衝撃があった。しんぐるまざーでは無さそうだな家族はいるだろうなと思っていたにもかかわらずだ。
僕は、彼女に子どもが三人いることを知らされ、忙しくも幸せな家族像を想像せざるを得なかった。彼女の家族を壊す気なんてこれっぽっちもなかったし、自分の人生も順調なはずなのに、この返信を読み返せば読み返すほど僕の会いたい気持ちは、彼女に伝わったと確信し、彼女も僕に会いたい気持ちがあると感じずにはいられなかった。
いつ来るのかわからない連絡を、僕は心待ちにしたり、もう連絡は来ないのだろうとあきらめたりしながら眠りについたのだが、まさか彼女が同じ気持ちの間で、揺れ動いていたなんて知るよしもなかった。
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