第36話

 水谷君に続いて、日野君がマイクの前で話し出した。


「この『七曜学園生徒会執行部・公式アカウント』で、実名を出した個人攻撃、勝手に隠し撮りされた写真の公開、間違った情報の流出が頻繁に行われています」


 日野君の目は、全校生徒を見回した。


「これは犯罪行為です。今日は特別に校長先生に許可をいただき、こうして全校生徒に集まってもらう事になりました」


 生徒会役員達は、ステージ脇に立つ校長の方を見た。


「会長、お願いします」


 風間さんが、黒木君に声をかけた。


 黒木君がマイクの前に立ち、話し出した。


「生徒会長という立場を利用して事実を説明する。この行為を良く思わない生徒もいるだろうが、今回だけはこの卑怯なやり方に怒りが収まらない」


 黒木君は、ステージの上で目の奥に怒りを湛えている。


「これはキスではない。よって事実無根だ。この写真が撮られた時、俺は有沢沙織に告白して、はっきりと振られている」


 全校生徒は、しんと黙った。


「有沢と俺は、付き合った事すら1度も無い」



  …あ。

 黒木君、喋っちゃった。本当の事。



 今度は風間さんが、マイクを手に取って話し出した。


「『シェアハウス深森』について。こちらには学校側から深森氏にお願いして、学生寮が一杯だった場合によく、我が校の生徒を入居させていただいています。現在は3名の生徒が、こちらにお世話になっています」

 

 校長先生が壇上に上がり、黒木君の横に立った。


「深森氏と私はこの学校の出身で、昔から良く知る仲です。この学校の理事も務めてもらっている深森氏がオーナーを務める『シェアハウス深森』は決して『いかがわしい』場所では、ありませんよ」


 穏やかな口調ながらも、校長先生の言葉には怒気が含まれていた。相当頭に来ている様子が伝わって来る。


 黒木君は、話を元に戻した。


「この画面の中で書かれている、人を貶めるバッシング行為を、警察に突き出すことも出来る。このアカウントを立ち上げた生徒、書き込みをした生徒、写真を撮った生徒全てこちらで調べ上げることも出来る」


 彼は、地の果てまで罪人を追い詰めて喰い殺す、魔獣の表情を見せた。


「この件に関わった生徒全員、人に隠れてコソコソと卵をぶつける様な卑怯な生徒も含め、事の重大さを認め反省し、悔い改めろ。今後もし似た様な事件が起こった場合は、それ相応の処罰が全員に下ると思え」


 この場にいる全員を震え上がらせる、彼にしか出来ない表情。


「七曜学園の名に相応しく無い生徒が、今後一人も出ない事を信じている。以上」











 その後、『七曜学園生徒会執行部・公式アカウント』からの攻撃は一切無くなった。
















 放課後、もう一つの事件が起こった。


「有沢さん!」

 同じクラスの天童さんとその友達の女生徒4名が、教室の出口2つを塞ぎながらこちらを見ている。



 …しまった!!



 ボーっと考え事をしていたせいで、教室に人がいない事に気が付かなかった。


「何…?」


 今日のこの時間は、胡桃は演劇部へ。司君は図書館へ。黒木君は生徒会の定例会議へ。その全員が私の元からいなくなったのを、彼女たちはきちんと見届けていた様子。



 『要注意リスト』ナンバー3!!! 

 天童さんと、その仲間達!!!!!

 


「有沢さんに、見せたいものがあるの。ちょっと一緒に来てくれないかな?」



 天童さん達、くすくすと笑ってる。

 相変わらず、意地悪そうな笑い顔。



 天童真理乃さんは、高校1年の初めから加瀬拓斗君という彼と付き合っていた。


 だけど、その間中ずっと黒木君の事も好きだった様で、こっそり彼女は黒木君のストーカー行為をしていた。


「ごめんね、これからバイトなの」


 これは真っ赤な嘘である。今日はバイトが無いので、これから図書館に寄ろうと思っていた。


 司君を待って、一緒に帰るため。


「いいじゃん、ちょっとだけだから!」



 天童真理乃の黒木君に対するストーカー手口は悪質で執拗で、黒木君があれだけしっかりしている人じゃ無ければ、すぐに精神がおかしくなりそうな内容だった。


 今まで一度も彼女から直接私に攻撃をしてきた事は無かったけれど、嫉妬と恨みで狂ってしまった天童さんの彼・加瀬君からの、黒木君に対する陰口や誹謗中傷は凄まじかった。


 黒木君はそれによって一時的に信用や仲間を失い、追い詰められたことがある。


 これが『彼女のフリ』をするきっかけだった。


 黒木君に偽物の『彼女』が出来て、安心した加瀬君からの嫌がらせが無くなると、不思議な事に天童さんの黒木君に対するストーカー行為もおさまった。



「え、ち、ちょっと、やめて……!」



 天童さんといつも一緒にいる女生徒達数名が、私の腕を引っ張った。どうすることも出来ず私は5人に囲まれた状態で、家庭科準備室に連れて行かれてしまった。




 誰か助けて!!!



 

 燈子さん、高野さん、胡桃、黒木君!!!





 ……助けて、司君!!!!!!!!









 ひんやりとした、内側から鍵をかけられた家庭科準備室内。


 5人の女子に囲まれ、私はこれで絶体絶命。まな板の鯉の立場でありながら、何とかして逃げなくてはと、気持ちばかりが焦っている。


「あのさあ」


 天童さんは私の制服の胸元をつかんでこちらを睨みつけ、小さな声で囁いた。


「あんたはずっと、『黒木君の彼女』のフリしてたってわけ……?」


「………」


「じゃあ何?あれは私を避けてたって事?黒木君が」


「………」


「あんまり、馬鹿にしないでくれる……?!!」


「………」


「加瀬君は頭おかしくなっちゃうし、あんたのせいで散々よ」



 ………それは私のせいじゃない。

 


「ねえ、どうしよっか。………制服でも脱がしちゃう?嘘つき女の」


 天童さんは仲間を見回した。他の4人は今の天童さんを怖がる様子で見つめ出した。


「ここに閉じ込めておくのも面白そうだけど。押さえつけて服を脱がして、ネットにアップするのもいいよね!」




 …………!!!



 

 本当に怖いのは、こういう人。



 普通の話は、もう通じない。



 何故なら彼女はもう、

 後悔や反省の気持ちを、無くしてる。



 大切な感情が粉々に砕けた状態のまま、自分勝手に人を傷つけ続けてる。



 天童さんの指が、私の制服のブラウスのボタンにかかる。




 一番上のボタンを外された時。








 家庭科準備室の鍵が、外側からガチャッと開いた。















「はい、そこまで」













 開いたドアの外から、司君の声がした。






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