第37話
「司君!」
携帯電話を右手に持ちながら、司君が家庭科準備室の中に入ってきた。
彼は怒りを湛えた表情で、静かに天童さん達を睨んでいる。
…司君、助けに来てくれた。
…何だか、涙が出てしまいそう。
「………どうしてここが」
天童さんが顔を引きつらせ、司君を凝視している。
彼はにこりとも笑わず、こう言った。
「まずは彼女から離れて下さい」
天童さんと女生徒たちは慌てて、私から離れた。
司君は、その場にうずくまった私に駆け寄り、
天童さん達から私を守る様に
目の前に立った。
「沙織さんに危険が及びそうだと思ったので。全校集会の後、特別に監視カメラの映像をお借りして」
天童さんの方を見ながら少しだけ目を細めた彼は表情が無く、陶器の人形の様に見える。
「図書館のパソコンからあなた達の行動を全て、チェックしていました」
「……え?!!!」
天童さんは、驚いて声を上げた。
「この学校、最近盗難があったらしくて。最新式の防犯カメラがあちこちに設置されているみたいですよ?…それから」
彼は自分の携帯電話を操作し、音声を天童さん達に聞かせた。
さっき、私に向けられていた天童さんの詰り声がはっきりと、聞こえてくる。
「今の会話を全部、録音させていただきました。この音声で誰の声かは、すぐに判明すると思います」
「………!」
天童さんの顔が、真っ青になった。
「この室内を写した映像も意外とはっきりしていたので、沙織さんに誰が何をしていたのかは、ネットで全世界に公開できると思いますよ」
「………もうしません」
「………」
「………もう、絶対にこんな事しませんから、…見逃して下さい…」
天童さんは、司君と私に向かって深々と頭を下げた。
「じゃあ、沙織さんに謝って?ちゃんと」
後ろにいる4人もそれに倣い、慌てて頭を下げている。
「ごめんなさい!」
天童さんの目から、涙が溢れ出た。
「お願いです。黒木君には言わないで…」
司君は昨日の夜と同じ、あのぞくっとする様な空洞の瞳と、少し虚ろな微笑みを私に見せた。
「………どうする?沙織さん」
「………」
「………僕はちゃんと、然るべき裁きを受けるべきだと思うけど。この人達」
「………」
「………沙織さんが決めて」
裁きって言ったって。
まだ何もされていないし。
もう二度と、関わらなくても済むのなら。
「………もう絶対しないなら、いい」
天童さん達は、頭を上げた。
「………それでいいの?沙織さんは」
「………うん」
「本当にお人好しだね」
「………」
司君は、もう一度だけ彼女たちの方を見た。
「もし、今後この様な行為を沙織さんに一度でもしたら、その時は」
彼は微笑みながら自分の携帯電話をちらっと、彼女たちに見せて振った。
「この音声と監視カメラの映像で、あなたたちを徹底的に、潰します」
そして私の肩を抱き、彼は美しく微笑んだ。
私は彼と一緒に、
家庭科準備室を後にした。
『要注意リスト』ナンバー3。
天童さんと、その仲間達からの攻撃は、その後一切、無くなった。
その後。
私は制服のまま司君と、下校デートを楽しんでいる。
学校の近くのショッピングモール内にある、広々としたゲームセンターで。
「一度来てみたかったんだ、ここ」
彼は私に向かって微笑むと、猫のぬいぐるみが沢山入ったUFOキャッチャーを指差した。
「どれを取って欲しい?」
「えっとね、じゃあ…あのクールに似た猫!」
私が指差したぬいぐるみの猫は、サンタクロースの赤い帽子を被ってにっこりと笑いながら、こちらをじっと見つめていた。
「いいよ!取ってあげる」
先程の出来事は嘘の様である。
「ねえ、司君?」
「何?」
彼はいたって楽しそうに、ゲームに集中し始めた。
「どうして、天童さん達が怪しいって分かったの?」
司君がゲーム機にお金を入れると、軽快なコンピューター音楽が鳴り響く。
「…監視カメラで映像までチェックしてたって言ってたけど…」
1度目は、目的の猫に近づいたけれどアームの角度が悪くて掴めず、そのままあっけなくスタート地点にアームが戻って来てしまった。
「沙織さん、図書館にノートを置き忘れた事、あったでしょう。『要注意リスト』該当者と、『彼女のフリ』計画の詳細が書かれていたノート」
「………!!!」
一瞬だけ。
私は胡桃以外誰にも見せた事の無い大切なノートを、図書館の机の上に置き忘れた事がある。
すぐに取りに戻った時、元の場所にあったから誰も中身を見ていないと思い、ほっとしていたのに。
司君が、中身を見ていたなんて。
「あの時全部に目を通して、そのまま置いておいたんだ。内容が内容だったから、沙織さんがすぐ取りに戻るだろうと思って」
2度目は、目的の猫をアームが上手に掴んだが、移動の際に穴の手前にあるプラスチック製のバリアに阻まれ、穴の直前で猫は落下してしまった。
3度目。軽快な音楽が鳴り響く。
「全校集会の内容から予想すると、あの該当者だけはカンカンに怒って、今日の放課後を狙うはず!」
司君はゲームのタイミングに合わせて、言葉を区切った。
ついに目的の猫を、アームの爪と爪がしっかりと捉えた。
「よし!」
司君は喜んで、声を上げた。
クールによく似た猫のぬいぐるみはアームにがっしりと掴まれたまま移動し、景品の穴に吸い込まれるように落ちていった。
「黒木先輩は生徒会の定例会議で、身動きできないからね。今日だけは」
彼は景品を取り出す穴から、目的のぬいぐるみを取り出した。
「はい、これあげる!」
差し出されたぬいぐるみを見て、私はどういう顔をしていいかわからなくなった。
「ありがとう…司君」
私は、サンタ帽子姿の猫のぬいぐるみを、彼から受け取った。
「そんなに嬉しい?このぬいぐるみ」
「うん。…ぬいぐるみもだけど、助けに来てくれた事」
私は司君の目を見て、もう一度ちゃんとお礼を言った。
「本当にありがとう、司君。…助けに来てくれて」
彼はちょっとだけ照れた様に、目を伏せ、
「彼氏だから、僕は。沙織さんの」
少し躊躇いながら手を伸ばし、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「…司君って、本当に…」
見つめても、香りを感じても。
触っても、声を聞いても。
何一つ、わからない事だらけ。
「…魔法でも使えるの?」
彼は昨日よりも少しだけ明るく、私に向かって微笑んでくれた。
「いつか…使えるといいけど」
突然私の手を取って引っ張り、はしゃぐ様に彼は叫んだ。
「次は、…あれやりたい!」
対戦型・レースゲーム。
「………はいはい」
初めてゲームセンターに来たはずの司君は、思った通りの達人的腕前をどのゲームでも発揮して見せてくれた。
私は彼の器用さに脱帽し、思いっきり笑いながら初めての制服デートを心から楽しんだ。
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