第26話
翌日の朝。
司君と私が手を繋いで登校すると、校門脇の壁に寄りかかりながら、黒木君が立っていた。
「お前らに話がある」
1年生の水谷君と日野君の姿は、どこにも見当たらない。黒木君は一人でずっと待っていた様である。
「今日の放課後は、空いているか?」
私は頷いた。
「今日はアルバイトが無いから、私は大丈夫」
黒木君は、鋭い目つきで司君を睨んだ。
「お前は?」
司君は表情を硬くしながら
「行きます。図書局の仕事が入っているけど、今日は他の人に頼みます」
と答えた。
黒木君は頷いた。
「生徒会室に来い。今日の放課後は、俺しかいない」
放課後。
生徒会室に着くと、ロの字型に設置された一番奥の生徒会長が座る席に、黒木君が座って待っていた。
「お前は、いつでも手を繋いでいるのか。…白井司と」
「…うん」
「一体何を考えているんだ?」
黒木君はいつも怖いが、今日は一層恐ろしい。少し赤みがかった大きな瞳が、怒りのせいか揺れている。
「どうしたの?急に」
「こっちが聞きたい」
「…黒木君…?」
会話の途中で生徒会室のドアが開き、司君が中に入って来た。
「…お待たせしました」
「座れ、二人共」
指示された場所にある椅子に並んで座ると、黒木君はパソコンを使用しながら正面のスクリーンを顎で示し、司君に向かってこう言った。
「お前が言っていた、『水曜日の放課後の図書館』だ」
映像が映し出される。
カウンターに座る、司君が映っていた。
「こんな映像、よく入手しましたね」
司君は素直に、感心している。
映像の中の図書館は人もまばらで、カウンター付近には、彼以外の人がいない。
「以前、この学校で悪質な盗難があったから、あちこちに防犯カメラがついている」
映像の中を動く司君の背後には中庭に面した窓がある。外のベンチに座っている人に彼は、注目しているようだ。
「今日は無理を言って、その映像を1部、借りてきた」
黒木君は、映像を見つめながら呟いた。
映像の中にいる司君は、窓を開けた。窓の外からは私のよく知る声が、はっきりと聞こえてくる。
「沙織、今どこにいるの〜?…まだ学校の中でしょ!どうして今電話してきたの?何かあった?」
胡桃の声だ。
司君はこの時、胡桃の会話を聞いていたのだ。
『…』
「…え〜…あの、長蛇の列になるやつでしょ?…私は遠慮しようかな〜」
『…』
『…』
「…いつ?サイン会」
『…』
「私、日曜は高野さんとシフト変わってバイトだから行けないや。ゴメンね~、沙織!!」
『…』
『…』
「ホントに沙織は、神原彩架月先生が好きね〜」
司君はそこでカウンターの席を立ち、足早に書架の奥へと歩いて行った。
『…』
『…』
ここで一旦、黒木君は、
映像を切った。
「…別な映像だ」
新しく映し出された画面には、私が映っていた。
一番奥の書架の間。
カウンターからは良く見える場所。
私は少し声のボリュームを抑えてはいたが、しっかりとこの映像に残る音量で、携帯電話に話しかけている。
「大好きなの…!!」
私は本棚の方を向いて、話をしていた。
「だから…お願い…!!私と、付き合って!!!」
司君は、私のすぐ背後に立ち、
気づかれない様に、胡桃の声を真似て
「…はい。わかりました〜」
と、後ろから私に話しかけていた。
…司君、
胡桃の声真似、超カンペキ…!!
「この映像から」
黒木君は、司君を指差した。
「有沢がお前に告白していなかった、という事がわかる」
「はい」
「何故嘘を言っていた?」
「あなたに全て説明する必要ありますか?」
司君は、何を考えているかわからない無表情のまま、黒木君を見つめ返した。
「…何だと…?」
黒木君は、椅子から立ち上がった。
「嘘を言っていた事は、謝ります」
司君の言葉は冷静なまま、黒木君にぶつかっていく。
「沙織さんには全部説明した上で、きちんと謝罪するつもりでした」
黒木君は、私に向かって聞いてきた。
「何故お前まで、誤魔化して話を合わせた」
「……」
「自分からこの1年生に、告白したんだと言っていたが」
…何故って...
...それは...。
「付き合いたかったから。司君と」
「…この嘘が分かっていながらか!」
「…うん」
「これは沙織さんと僕の問題です。あなたには関係…」
「黙れ!!」
魔獣が、吠えた。
今までに見た事の無い冷ややかな視線で、黒木君は荒々しく彼の胸ぐらを掴んだ。
「……お前の今の立場は、何だ」
「…?」
ひとひねりに、喰い殺してしまう迫力。
「少なくともこの瞬間」
存在すら跡形も無く、消されてしまう。
「お前はただの嘘つきだ」
黒木君の重低音の声が荒々しく、響く。
「有沢と肩を並べ、手を繋ぐ事は許さない!」
司君は、軽く笑い出した。
「…ははは!」
黒木君から決して、目を逸らさずに。
「あなたに言われたくありませんし、許す許さないは沙織さんが決める事です」
司君はいつものくるくる変わる表情を消し、黒木君をただ静かに、見つめている。
「ずっと『彼女のフリ』を沙織さんにさせていたくせに」
黒木君は、司君から手を離した。
「……」
「あなただって僕と同じ、嘘つきじゃないですか」
司君は黒木君から目を逸らさず、しばらく静かな沈黙を貫いた。
2人は睨み合ったまま。
どうしたらいいの。
「有沢」
黒木君が私を呼ぶ。
「…何?」
「次の週末、俺に付き合え」
…週末?
「…日曜日は、バイトが入ってる」
「じゃあ土曜日。後で詳細をメールする」
「…わかった」
司君はそれを聞くと驚いて、黒木君の肩に手をかけた。
「…どういうつもりですか…」
黒木君は彼の手を払いのけ、
「お前には関係無い!」
こう言い放つと、生徒会室から出て行ってしまった。
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