第27話

 本当は司君を『未来志向』に誘って、お茶でもしながら二人でゆっくり話をしたかった。


 だけど彼はいつもの様に手を繋いだりせず、ただ私の横を大人しく歩いている。


 ずっと生徒会室での事を考えているのだろうか。無言の状態が長く続いたせいで、話を切り出すタイミングがなかなか見つけられない。


「……」


「……」


 想像通り、ショックではあった。


 燈子さん達が言っていた事は、完璧に当たっていたからである。


 司君は嘘をついて計画的にこちらに近づき、勢いに任せて私と付き合い始めたという事がこれで、はっきりしたのだから。


 でも後悔は、していない。


 私はそうかも知れないと思いながら、何も聞かずに彼と付き合うという選択肢を、自分で選んだのだ。


 それに。


 何を考えているのかはわからないけれど、司君の誠意と優しさだけは最初から、信じられる様な気がしていた。


 嘘が明らかになった今、ずっと先延ばしにしていた質問を彼に、一つずつしていかなければならない。



 少し気が重い。

 自分で蒔いた種だけれど。



 沈黙がつらくなってしまった私は、司君にいきなり無茶振りをした。

 

「ねえ、司君、…あれやってみてよ!胡桃のモノマネ!」


「…?」


「『…はい。わかりました〜』」


 彼は私のその様子を見て、少し馬鹿にした様な表情を見せた。


「全然、違いますね」


「じゃ、やって見せて」

 

 私が口を尖らせると、彼は歩きながら実演してくれた。


「『…はい。わかりました〜』」


 すごい!本人そっくり!!

 私は思わず、笑ってしまった。


「わ!ははは!!やっぱりカンペキ!!練習でもしたの?」


「…しなくてもこのくらい出来ます。燈子さんの真似も出来ますよ」


「できるの?!見たい見たい!!」


「『さあて、親はだれじゃろね…』」


 …そっくり!!!


 私はますます可笑しくなり、お腹を抱えて笑ってしまった。


「はははははは!司君上手…!」


 私達は話しながら、いつの間にかシェアハウス深森のすぐ近くにある、海浜公園の中を二人で歩いていた。



「沙織さん」



 司君は足を止め、私の顔を真剣な表情で見つめた。


「…?」


「怒ってもいいんですよ?僕はあなたに、嘘をついていたんだから」


 夕焼けが、海をオレンジの色に染める。


「…怒って欲しいの?…私も知ってて、そのまま司君と付き合ってたのに?」


 太陽は水平線に顎を乗せて、微笑んでる。


「…沙織さんが怒ってくれた方が、ちょっと気が楽かも」


 私は海に浮かぶ船を見ながら、司君が実演した燈子さんの真似を急に思い出していまい、思わず心の中で笑ってしまった。


「…甘えてますね、僕」


 彼の表情は硬く、

 まるで笑顔を自分で

 封印しているみたいに見える。


「ごめんなさい、沙織さん。あなたを騙すような事をして」


 嫌だな、笑ってて欲しいのに。


「気づいたあなたに、嘘までつかせてしまって」


 司君の笑った顔が一番、好きなのに。


「今日は司君の方が、寒そう…」


 私は何も身に着けていない制服姿の彼の首に、自分が巻いていた黄色いボンボンつきのマフラーをそっと巻いた。


「…何でも似合ちゃうよね、司君」


 この可愛いマフラーまで、私よりも似合ってる。


「…」


「…私ね、怖かったの」


「…?」


 太陽は、水平線と溶け合って、

 共に夜の世界へと、旅立っていく。


「司君と、気まずくなるのが」


 彼は私のマフラーに両手で触れ、

 一瞬だけその中に顔をうずめた。


「本当はもっと早く色々、大事な事を聞かなきゃいけなかったんだけど」


 彼はマフラーの中から少し顔を出し、潤んだ視線を私に向け、









 私の肩に、顔をうずめた。








「………」










 司君…?









「…本当にお人好しですね、沙織さんは…」









 声が、小さく震えている。








 ……?










 …重い。








 …バ、バランス…が、取れない。









 私は司君の体の重みを自分の全体重で支えながら、不思議に思って彼の顔を見上げた。







「…司君…?」






 彼の顔が、ひどく赤い。

 目が潤み、焦点が合っていない。








 …もしかして。









 彼の額に手を当ててみる。






 すごく熱い。







「…熱がある!」




「…」





「早く帰ろう、司君!」





 私は彼の体を支えながら、シェアハウス深森へと急いだ。














「司君、大丈夫そう?」

 リビングで、胡桃が私に声をかけた。


「38度8分だった。…今、市販の熱冷ましを飲んでぐっすり眠っているから、明日病院に行けば大丈夫だと思う」


 たまたま家にいた胡桃と燈子さんは司君の体調を心配し、氷枕やタオルを一緒に準備してくれた。


「高野さんがいて車を出してもらえればね~。救急病院とかに行けるのに!」

 心配そうに胡桃が言うと、私も頷いた。インフルエンザじゃないといいけど。


「白井君はしばらく眠るだろうから、3人だけで夕飯にしよう。高野君は今日、仕事で遅いらしいからね」

 夕食当番の燈子さんは、胡桃と私に声をかけてくれた。


「どんな時でも食べておかないと。いざという時、力が湧かないからね」


 胡桃と私は素直に頷き、3人で燈子さんが用意してくれたを夕食を摂った。



 夕食後。再び司君の様子を見に行こうとし、別な氷枕を準備していた私に、燈子さんから声がかかった。


「思ったよりもいい子そうな彼氏だね、白井君。…初心者の癖に、麻雀が強すぎて腹が立つったら無いけど」


 私は頷いた。


「はい。どうやらホストや詐欺師では無いみたいです」


「嘘をついていた事は、白状したのかい?」


「はい。…どうしてそうしたのかは、聞きそびれちゃいましたけど」


「良かったじゃないか」


 大賢者は私に、微笑んでくれた。

 私は彼女に、笑い返した。


「はい」


 焦らなくたって、いい。

 きっといつか、教えてくれる。



 質問にはきちんと答えるって、

 彼は約束してくれたのだから。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る