第16話

「アンタ、麻雀できる?」


 リビングの中央に存在する美しい麻雀卓を見つめていた司君に、燈子さんが話しかけた。


「いえ。携帯のゲームアプリでしかやった事が無いです。少しならルールはわかりますけど」


「覚えて。ここに住むなら、麻雀が出来る事が必須条件よ」

 燈子さんが彼に命令すると、


「わかりました」

 瞳に闘志の様な炎を宿した彼は、即座に返事をした。


 …覚える気、満々…?


「次の週末までに基本的なルールを覚えられなかったら、1階の空き部屋に移ってもらう」


「…!!」


「本来なら、女子と男子の部屋はきちんと分けておきたいからね」


「…そんなに僕、信用無いですか?」


「信用に値する男かどうか、この目でじっくり確かめさせてもらう」


「……!」


「アンタ達は全員、親御さん達から預かった、大切な子供達なんだから」


 司君は燈子さんを、驚いた表情でじっと見つめている。


「…わかりました」


 一瞬ハッと何か思いついた様に、彼は燈子さんにある提案をした。


「…では、こちらからも一つお願いがあります」


「何よ」


 彼は爽やかな笑顔で、皆を見回した。


「次の週末、もし僕が麻雀で皆さんに勝ったら、あの衣装を全員、着てください!」



……!!!



「えー!!巻き込むな俺を!!」

 高野さんはテーブルを布巾で拭きながら、すごく嫌そうな顔をしている。


「いいねぇ~!楽しそう~!!」

 胡桃は皿を洗いながらカウンターキッチンから顔を覗かせ、大変面白がっている。


「いいわよ。アンタが勝てるわけ無いだろうし」

 燈子さんは不敵な笑顔でニヤッと笑った。


 …置いて行かないでください、皆さん。


 でもちょっと、あの衣装を着た皆を、見てみたいかも!
















 翌日。


 私は何と、『シェアハウス深森』から司君と手を繋いだまま、学校に登校する事になってしまった。


「これではあまりにも、目立ちすぎるというか…」


 ご近所でも、電車の中でも、学校の近辺でも。恥ずかしさのあまり、どこか遠い星へと逃げ出したくなってしまう。


「手を繋ぐのは当然でしょう?」


 家から彼は、ずっとこの調子である。

 こちらの願いは、聞いてくれそうもない。


 案外強引で、人目を気にしない司君。

 一体どういう人生を、歩んできたんだろう。


 …誰に何を言われるかわからないので、私はずっと気が気じゃない。


「出来れば、手を繋ぐのは二人きりの時にお願いしたいんだけど…」


「沙織さん、僕達付き合っているんだからもっと、堂々としていてください」


 今の彼の表情には、これまでのふざけた態度とは違う、固い決意の様なものを感じる。



 あなたは今、何を考えているの?司君。



 校門に到着すると校内や校外にいる大多数の女子達から、大きな悲鳴が沸き起こる。



「キャーー!!」



「何あれー?!」


「図書館王子、2年生と手を繋いでる!!」


「誰あれ?!司様の彼女?!」


「許せない!!!」


「…〇✕△!!!」


「…✕〇△!!!」



 声がこちらまで、はっきりと聞こえてくる。


 …殺されてしまいそう。


 もしかして私、今日が人生最後の日…?!!



「僕が守りますから」



 私の手を握る司君の力が、少しだけ強くなった。


「今日の放課後は、アルバイトですよね」


「あ、うん…」


「昼休みと放課後は僕、毎日図書局の仕事があるので一緒にいられないんですが、学校から帰る時に、『未来志向』に寄りますね」


「…そこまでしてもらうのは、さすがに悪いよ」


 彼は首を横に振った。


「悪くないです。帰り道だから大丈夫。危ないし、外も暗くなってくるから」


「…でも」


 司君にも、色々予定があるのでは。


「僕が、そうしたいんです」


 彼の方が私より、意思の強さを示してくる。

 まるで年上男性に、諭されている様だ。


「もしかして、迷惑ですか…?」


 彼は私に急接近して、顔を覗き込んできた。


「…迷惑だなんて…」



 近い。



 顔がすごく近い!!



 私は、慌てて首を何度も横に振った。


「…じゃ決定。今日から毎日、一緒に登下校しましょう!」


 彼は私の手を、少しだけ強く握った。


「……うん」



 …いいのかな。



 その後も女生徒が何人か近づいて来て、司君に話しかけてきた。


「白井君、おはよう!」

 

「おはよう!」


「司様どうしてその人と、手を繋いでいるの?」


「付き合っているからだよ。この人と」


 えーーーー!!!


 イヤーーー!!!


 ギャーーー!!!


 遠くからも声が聞こえてくる。


 驚いた1年生女子達は繋いだ手を羨ましそうに見つめ、そして私を値踏みするようにじろじろと凝視し出した。


「この人は、有沢沙織さん。僕の一番大切な人」

  

 だから、ひどい事をしたら許さないから。


 という口調で彼は、

 彼女たちにはっきりと、意思を伝えた。


 こちらを遠巻きに見ながら騒ぐ1年生女子達に飄々と彼は手を振って、私と手を繋いだまま玄関へと向かう。


 すると、今度はたった1人の女生徒が、校舎の柱にもたれかかって腕組みをしながら、彼に話しかけてきた。


「おはよう白井君」


 ……!!


 サラサラ黒髪ツインテールの、色白冷徹超絶美少女。


 ……七曜学園・生徒会書記。

 1年2組、風間珠漓さん!!!


「おはよう、風間さん。紹介するよ!僕の彼女の、有沢沙織さん」


 司君は続けて、風間さんを私に紹介した。


「沙織さん、こちらは僕のクラスメイトの、風間珠漓さんです」


「うん、知ってる。おはよう、風間さん…」


「おはようございます、有沢さん」


 風間珠漓さんの事は、

 大変良く知っている。



 何故なら私は今、



 彼女とトラブっているからだ!!



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