第15話

「白井司です。よろしくお願いします!」


 夜7時。今日も珍しく、『シェアハウス深森』の入居者全員が集合し、騒がしく食卓を囲んでいる。


 司君は食事の前に、100円ショップで買った仮装衣装を、燈子さん、高野さん、胡桃の順に、にこやかな表情で配り始めた。


「はい!」

 燈子さんには、サンタの衣装。


「……」


「はい!」

 高野さんには、トナカイの衣装。


「…どうも」


「はい!」

 胡桃には、きらびやかな小人の衣装。


「やったぁ!ありがとぅ~!」

 このお土産を喜んだのは、胡桃だけだったようだ。

 

 ちなみに私にも、サンタの衣装を彼はくれた。そして彼は自分用に、トナカイの衣装を買っていた。


「いいえ!お近づきのしるしに!」


「…」


「…」


 胡桃はともかく、燈子さんと高野さんは明らかに迷惑そうな表情をしている。どんなにお願いしても絶対に、この衣装を着てくれる事は無さそうである。


「今日からお世話になります!初めての事だらけで、色々とご迷惑をおかけするかも知れませんが、どうかよろしくお願いします!」


「高野蓮です、よろしく」

 高野さんは、司君の顔をじっと見つめた。


「……?」


「どっかで会ったこと、ない?」


「…どうでしょう。すみません、覚えていません」


 高野さんは何かを思い出したい様子で考え込み、司君を見ながら首を傾げた。


「よろしく~!増田胡桃です」


「深森燈子よ。もう知ってると思うけど」


「はい!よろしくお願いします!」


 今日の夕食当番は、私。

 肉じゃがとほうれん草のおひたし、焼き鮭が献立メニュー。


 あの後二人で雑貨屋や生活用品店などを少し覗いたが、宅配業者が彼の荷物を届けに来る時間に合わせ、早めに家へと帰った。


 ツリーの飾り付けが終わる頃に荷物が届いたので、食事を作る私の様子を時々台所へ見に来ながら、彼は部屋でずっと荷物整理をしていた様だ。


「びっくりしたよ、まさか噂の図書館王子が一緒に住むことになるなんてね~!」

 胡桃がお浸しに箸を伸ばしながら司君に声をかけると、彼は笑顔で頷いた。


「…図書館王子…って僕の事ですか?…噂されてたんですか?」

 司君は肉じゃがを取りながら、高野さん方を見て質問をした。


「別に悪い噂じゃ無いよ?白井君、増田さんや有沢さんと同じ高校なんだって?すごい偶然だね」

 高野さんは味噌汁の椀を手に取りながら、彼に話しかけた。


「はい!僕の学年は、お二人よりひとつ下ですけど」


「…ちょっと待って」


 焼き鮭を箸でつかんだまま、燈子さんは高野さんと司君の会話を止めた。


「どうしたんですか?」


「今、王子とか、僕とか、言ってたみたいだけど」


「はい」


「だから燈子さ~ん、彼は昨日噂していた、図書館王子なんですってば~…」


 燈子さんは胡桃の言葉には耳を貸さず、司君を見つめた。

「…アンタ、男の子だったの…?」


「…はい」


 司君は白ご飯を幸せそうに口に運びながら、燈子さんに聞き返した。

「…今の今まで女の子だと思っていたんですか?僕を」


「だってアンタ女の子より、綺麗な顔しているじゃないの」


「…燈子さんそれ、セクハラ発言ですよ~」

 胡桃はかなり呆れた様子で、燈子さんを咎めた。


「確かに。その言い方はどうでしょう」

 高野さんもはっきりと疑問を投げかける。


「綺麗な顔を綺麗だと言って、何が悪い」

 燈子さんは悪びれずに返した。


 言われてみると司君は、男の子にしては少し小柄で綺麗な顔立ちをしているので、女の子に見えなくもない。


 彼は別に気にした様子も無く、

「ありがとうございます!」

 と言って味噌汁をすすっている。



「…」


「…やっぱり、…どっかで会った事がある様な気がするんだよな…」

 また、高野さんは司君の顔をじっと見る。


「…沙織。これは禁断の再会、ってヤツよ…」

 胡桃が隣に座る私に、耳打ちする。


「…禁断…?」


「ほら、フ女子が大好きな展開の…あの禁断の…」


「…コラコラ、妙な想像を巡らすんじゃない」


 高野さんに怒られ、胡桃は肩をすくめて肉じゃがに手を伸ばした。


 

 燈子さんは鮭を綺麗に食べ終えると、鋭い視線を司君に向けた。

「アンタ有沢さんと付き合うそうじゃない」


「…はい。知っているんですか?皆さんも」


「昨日聞いたから。麻雀の時」


「ゴメ~ン、知ってる」


「…沙織さん、家の人に喋っちゃったんですか?!」


 私は小さくなりながら、司君に頭を下げた。

「…ごめんね、司君。私、誰かと付き合うの初めてで…。色々話を聞いてもらっちゃったの」


「ま、いっか。どうせいつかはバレるでしょうし」

 この件もまるで気にしていない様子で、彼は静かに箸を置いた。


 いきなり燈子さんは、衝撃的な発言をした。


「〇✕行為だけはしちゃ駄目よ」


 ガシャーーン!!!


 私はうっかり茶碗を落とし、物凄い音を立てた。…割れなくてよかった。


 高野さんが味噌汁を吹き出し、苦しそうに咳き込み、止まらなくなっている。


「あ~もう!燈子さん!!食事中にいきなり何言い出すんですか~!!」


 胡桃が高野さんの背中をさすりながら燈子さんを咎めたが、橙子さんはそれをさらりと無視し、よく通る声で命令した。


「もし万が一何か問題があったら、アンタ達の親御さんに合わせる顔が無くなるから、絶対に守る事!破ったら即、ここを出て行ってもらう!」


 司君は、背筋を伸ばして真面目な表情で頷いた。


「沙織さんを悲しませる様な行動は、絶対にしません。約束します」


「…」


「アンタは?」


「…私も、約束します」


 初日から、なんて会話になってしまったんだろ!!もう恥ずかしくて、どんな顔をしていいかわからない。


 司君はすぐに、コロッといつものさわやか笑顔に戻ってこう言った。


「その一歩手前の、ピュアな恋愛までなら大丈夫ですよね?沙織さん」


「…ゴメン、言葉が全然、見つからない…」


「っていうか、どこまでがピュアでどこからが」

 とぼけた様子で彼がさらにこう言い出すと、


「あ~!もうこの話題やめやめ~~!!沙織困ってるし、ホラホラ冷めちゃうから早く食べちゃお?」

胡桃が会話を打ち切ってくれた。


 …助かった。


 司君はまた、すました顔で白ご飯を美味しそうに、もぐもぐと食べている。


 急に私は、彼に話しかけている胡桃を見ながら、ある事を思い出した。


「司君、今日お風呂何時に入る~?」


 どうして昨日『未来志向』に胡桃が来ない事を、彼は知っていたのだろう。


 あの待ち合わせは、彼へのデートの誘いでは無かった。その事を、全部最初から彼は知っていて、


「今日は空いている時間で大丈夫です」


 私と胡桃の電話でのやり取りを、例え図書館で彼が全部聞いていたのだとしても。


「じゃあね、8時台とかはどう?1番風呂で狙い目よ~!」


 胡桃が私に言った『握手会には行けない』という断りの声は、電話口から聞こえなかったはずなのに。


「じゃあ、そこでお願いします!」


 胡桃は食事が終わると箸を置き、手を合わせながら彼に言った。

「うんうん、今日は疲れただろうから、ゆ~っくり入っていいよ?決まりは1時間までだけど」


 やっぱり彼はただ勘違いをしただけで、私に嘘はついていなかったのだろうか…。


 そう、思ってしまいたい。


「はい!ありがとうございます」


 胡桃は私を肘で小突き、小声で呟いた。


「…やっぱりカワイイわね、図書館王子」





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