第17話

「二人は知り合いだったんですか?」


「うん、ちょっとね…」


 風間さんは、見つめるだけで全身が凍ってしまいそうな眼力ビームを放っている。


「有沢さん。生徒会長と白井君、一体どちらと付き合っているんですか?」


 彼女は続けて、聞いてきた。

「堂々と、二股をかけているのでしょうか」


 …そろそろもう、彼女からは逃げられない。


 でも今、私がはっきりと

 彼女に答えられる内容は、ただ一つ。


「……白井君と付き合ってる」

 私は彼女から目を逸らさずに、返事をした。


 …こんな言い方だけじゃ絶対、納得はしてくれないよね...。


 私はキョロキョロと辺りを見回し、声のボリュームを小さくしながら言葉を続けた。


「風間さん、私、…黒木君とは何もないの!」


「...!!じゃあどうして、あなたは何度も会長と…」


「一緒に出かけてただけ。信じて」


「……?!!」


「お願い。詳しい事は、黒木君に直接聞いて!絶対に彼も、同じ事を言うと思うから」


「また誤魔化すつもりですか?!有沢さん!!」


 司君は黙ってこの会話を聞いていた。



 そこへ噂の生徒会長・黒木遼河が現れた。


「何をしている!」


 黒木君はよく通る重低音の声で、私に怒鳴り声を上げていた風間さんを一喝した。


 『七曜学園・生徒会執行部』という文字が入った、銀色の縁取りが施された黒い腕章を、彼は左腕につけている。


「もうすぐ授業が始まる。早く教室に入れ!」


「…申し訳ありません」


 風間さんは、黒木君に謝罪した。


 同じ腕章をつけた副会長の水谷君と会計の日野君が、黒木君に忠実な騎士であるかの様に、彼の後ろを歩いている。


 黒木君が声を放つだけで、

 あたりの空気が、一変する。


 彼は『霽月の輝く庭』に出て来る最強にして最後の魔獣『雷夢ライム』を、私に思い起こさせる。


 中学1年生の時から、ずっと彼は私と同じクラスである。


 彼以外同じ中学だった人は同学年に1人もいなかったので、この学校の中では私にとって彼が最も古い友達、という事になる。


「有沢」


 こちらに近づいて来た黒木君は、

 司君と手を繋いだままの私を一瞥し、


「後で話がある」

 それだけを言った。


「…うん」

 私が答えると、彼は1年生二人を従えたまま、校舎の中へと入って行った。



 チャイムが鳴った。



 HRが始まる合図だ。もう教室へ向かわなくてはならない。


「風間さん、話はまた今度!」

 私は風間さんに声をかけ、どうにか彼女から逃げる事に成功した。


「…!」


 そして玄関で靴を履き替えてから、私は司君に声をかけた。

「司君、じゃあ『未来志向』でね!」


「沙織さん!」

 彼は最後に、心配そうな様子で聞いてきた。


「…気をつけて」


 私は苦笑して、頷いた。

「うん。ありがとう」











 2年2組の教室にて。


 朝のHRが終わると、席が近くだった黒木君は私に、今度は小声で話しかけてきた。


「昼休みに、屋上」


「…わかった」









 昼休み。



 私は黒木君と話すため、お弁当を持って屋上へとやって来た。


 冬の屋上はとても寒いためか、ランチタイムなのに黒木君と私以外、誰一人としていなかった。彼の後ろをいつも歩いている1年生2人も、珍しく今日は席を外しているのか、どこにも見当たらない。


 黒木君は私がお弁当を広げる間もなく、いきなり本題に入った。


「有沢、お前…あの図書局の1年生と、付き合っているのか」


 身長185㎝の彼は足早に、つかつかと歩み寄って来る。


「うん」


 今までに見た事の無いくらい恐ろしい顔をして、彼はすぐ近くの壁際へと、じりじり私を追い詰めていく。


「…聞いていないぞ…」


 凍てつく冬の風が、全身を吹き抜ける。

 いつの間にか、彼は目の前に立っている。


「…?…」


 浅黒い肌に、彫りの深い顔立ち。

 私の瞼に、彼の吐息が微かにかかる。


「…俺はそんな話、何一つ聞いていない…!!」


 彼は、何もかもを壊すくらいの迫力で、一気に壁に両手を突いた。




 ドカーーーーーン!!!!!




「……!!!!!」



 

 パラパラと、壁の一部が剥がれ落ちる音が聞こえる。



 私は壁と彼の間に、

 完全に、閉じ込められた。




 ………………殺気!!!!!





 トキメキでは無く恐怖しか与えてくれない、魔獣の壁ドン!!!!!





 何だか私、今、命が危ない!!!!!






「いつからだ…」 




「…え?」




「いつから付き合い出した?」




「…一昨日から」




「…」




「黒木君には今日、ちゃんと言うつもりだった」




「……」




 私はちょっと、悲しくなってしまった。

「どうして怒ってるの?黒木君」


 黒木君は額に血管を浮かべたまま、ゆっくりと答えた。

「…怒ってはいない。びっくりしただけだ」



 いや、絶対怒ってるから!!!



 怖いから!!黒木君!!!




「驚かせてしまったか…?すまなかった」



「………ううん」

 

 …こんなに黒木君が怒るとは、夢にも思わなかった。


 私が誰と付き合おうと黒木君にはもう、関係無いはずだし。


 でも。


「ごめんね。もう黒木君の『彼女のフリ』は、出来なくなっちゃった」


 黒木君はそれを聞くと一瞬目を伏せて、とても苦しそうに、


「…ああ。もう、あんな事はしなくていい」

 と私に言った。


「…うん」


 私は、高校1年生の冬から時々、黒木君の『彼女のフリ』をしていた。具体的には学校で恋人に見える様に側にいたり、月に1回くらい一緒に出かけるだけであったのだが。


 生徒会長の黒木君をはじめ、『七曜学園生徒会執行部』の人気は絶大であったため、フリとはいえ『生徒会長の彼女』は学校中の大注目を集めていた。


 だが、つい最近それを、黒木君が突然やめようと言い出した。


 彼は詳しい理由を告げないまま、完全に私を自由にしたのである。


「…本当に、危ない思いをさせて悪かったな」


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