第6話
「高木さんって、その...恋愛とかしてるの?」
そう言う菜月先生の頬が赤いのは、質問のせいなのかワインのせいなのかはわからない。
けど、先ほどまで仕事の話を中心に話していたのだから、きっとこの話題を口にするにはお酒の力と少しの勇気が必要だったのだろう。
「今の私には、お仕事するだけで精一杯なので...」
そんな菜月先生の質問に、私はお酒で鈍くなった頭をフル回転させて当たり障りのない回答を口にした。
恋愛自体どうすれば良いかわからないし、今の私に恋愛をしてる余裕なんてない。
実際に、今の病院は前に働いていた地方の病院より大きくて、さらに言えば勤務を始めて2年目で任される仕事も増えてきたばかりだ。
「それならさ、また今度ご飯に誘ってもいいかな?」
私の答えに少しの間を置いた後、菜月先生はそう言った。
「いや、その!デートとか、そーいうんじゃなくてさ、ここみたいに、もっと行きたいお店があるんだ!雰囲気があるお店は、どうしても男2人じゃ行き辛くて...!」
私がどう答えて良いか迷っている合間に菜月先生は理由をつけて話すが、余計に顔が更に赤くなっていくのが分かる。
「それなら、付き合いますよ!」
必死にそこまで言って誘ってくれるのに断るのは、申し訳ない気がして気付けば承諾していた。
「本当!?」
「嘘なんてついて、どうするんですか?」
私の返事に、菜月先生は想像以上に喜んでいた。
「そうだね!次行きたいのはさ...」
そのまま既にピックアップされた行きたい候補のお店のホームページをスマホで見せてくる菜月先生。
その様子に、本当に行きたいお店があって誘ってくれたのだと思った。
それに、また関係が壊れそうな時には距離を取れば良い。
仕事仲間なのだし、私達は大人なのだから。
そう自分に言い聞かせながら、菜月先生の話を聞いていた。
「そろそろ、ラストオーダーのお時間ですが...」
食事が済んでからもワインを飲みながら菜月先生と話をしていると、気がつけば閉店も間もない時間になっていた。
十分に満足した私達は、それ以上は注文することなく帰る準備を始めた。
「お会計は、これで」
ラストオーダーを一通り取り終えたスタッフに、菜月先生がカードを手渡しお会計を済ませる。
お店から出ると、静かだった店前は更に静かになっていた。
「いくらですか?」
「いや、ここは僕が。」
私は自分の分は出そうとお財布を出し菜月先生に金額を尋ねると、そう言われてしまった。
「でも、結構私も食べちゃいましたし!」
素直にご馳走様と言わない私は、もしかしたら可愛くないのかもしれない。
デートのお会計を男性に出してもらうことがあるとは雑誌で読んだことはあるが、これは私の中でデートではないし菜月先生に奢られる理由もない。
だから、すぐにお財布を仕舞おうとはしなかった。
「良いんだよ。それに今日高木さんのこと相当に待たせてしまったから、そのお詫びみたいなものかな!」
「それは、仕事なので仕方ないことです!」
「高木さんは、僕の誘いに付き合ってくれたんだから」
そう言われてしまえば、これ以上断るのは逆に失礼だと思い“ご馳走様です”と伝え渋々お財布をカバンに仕舞う。
「じゃあさ、僕にアイス奢って!」
そんな私を見てなのか、菜月先生がそんな提案をした。
「...アイスですか?」
「僕、こう見えて結構酔っぱらってるんだよね。酔い覚ましにアイス食べたいなって!」
全然奢ってもらったことに変わりはない。
けれど、その言葉によって私の奢ってもらった罪悪感を軽減してくれた菜月先生が純粋に素敵な大人だと思った。
「あ、でも高木さんは明日早い?」
「いえ、明日は当直なので早くはないです。」
その上ちゃんと私のスケジュールも気にしてくれてるのだから、これはモテて当たり前だ。
もしかしたら私も、菜月先生に惹かれていたかもしれない。あの人に恋をしてない私だったら。
「それなら、良かった。ついでに、送るよ!」
駅に向かう途中のコンビニに入り、アイスを買ってあげた。菜月先生は少しアイスを食べるには時期が早かったようで、食べ終わる頃には少しだけ震えていた。
「あー、もう少し小さいアイスを選んでおけば良かったな。」
「急いで食べるから、体冷やすんですよ。」
「駅からあまり離れてなかったのが、不幸中の幸いだね。」
駅に到着すると、ゴミを片してホームに向かうと丁度電車が来た。乗り込んだ車両には平日だからか、ほとんど貸し切りに近い程の人数しか乗っていなかった。
「もう菜月先生には、アイスは買いません!」
「次も買ってもらおうと思ってたんだけど...」
先程より震えが治まった菜月先生にそう言えば、シュンと背中を丸める菜月先生はまるで子犬のよう。
「そのうち風邪ひきますよ?」
「それは、それで良いかもしれない」
「...菜月先生の看病は、私はしませんからね?」
「意外と高木さん、優しくないんだね...」
「自業自得なので」
ー 次は、
くだらないやりとりをしていれば、最寄駅までの4駅があっという間だった。
「あ、次なので。今日は楽しかったです!」
降りる準備をしながら、菜月先生にお礼を伝えた。
「家まで、送ろうか?」
「駅からすぐなんで大丈夫です!」
菜月先生の言葉に、思わず即答してしまう。
それに、駅から家まで送ってもらうほどでもないのは本当だ。
「わかった。じゃあ、気をつけてね」
笑顔で返してくれた菜月先生の自宅は隣の駅なので、菜月先生を乗せた電車は定刻で発車した。
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