第5話



里香と別れてから、10分もしないうちに菜月先生との待ち合わせの駅に着いた。


帰宅ラッシュは過ぎたものの、駅はまだ帰宅するサラリーマンや学生が行き交っている。




辺りを見渡してみるも菜月先生らしき人は居なく、まだ到着していないようだ。

適当な人の間にスペースを見つけて入り込みまつことにした。





昔から人間観察というか人の流れを見るのが好きな私は、待っている時間を潰すように人並みを見つめた。




スマホを観ながら歩く学生に、疲れた顔をしながら帰路についているであろうサラリーマン。


その中で何となく、初々しい男女の学生が少しだけ距離をとって仲良さげに歩いているのが目に入った。




微笑ましい2人の学生を見つめる自分に対して、私はいつの間にか大人になってしまったことを実感する。


懐かしさと同時に、あの頃の私達もあんな風に見られていたのだろうかという思いが込み上げてくる。






「高木さん、お待たせ!」



学生達が角を曲がり見えなくなろうとした時、反対方向から菜月先生の声が聞こえた。

振り返ると、菜月先生が少しだけ小走りに向かってくる。


菜月先生は、いつも着ていないジャケットを羽織っており医師というよりサラリーマンに近い姿だった。




「お疲れ様です!」


「ごめんね、遅くなっちゃって!」


「仕方ないですよ、そういう仕事ですから。」



それを見越してレストランの予約もしなかったのだから、とまでは言わず菜月先生に微笑む。




「僕お腹すいちゃったから、早速行こうか!」



そう言ってレストランへ向かう私達は、恋人よりは少しだけ距離をとって歩き始めた。




他愛もない話しをしながら歩けば、レストランは案外近くに感じる。



駅から少し離れたレストランは、通りの裏道にありお洒落な外装ではあるが閑静な住宅街に馴染んでいる。


里香の話には聞いていたが、そのうち隠れた名店と呼ばれそうな雰囲気が出ている。




菜月先生がレストランの扉を開けてくれただけで、一気にチーズとシーフードの香りが押し寄せてくる。


店内に入り見渡すとオープンして間もないこともあってか、席は埋まっていた。





「結構、混んでますね。」


「そうだね。席空いてると良いけど...」



菜月先生がスタッフに2名だと伝えると、レジ前の椅子に座ってお待ち下さいと言われた。もう一度店内を見渡せば、丁度お会計を済ませていたカップルが帰る準備をしていた。


予想通りカップルが居た窓辺の席はスタッフによってすぐに片され、数分もしないうちに案内してもらえた。


席に着くまでの間にすれ違うホールスタッフや、カウンターに囲まれたキッチンから覗くお洒落な髭を生やしたシェフが口々に“ようこそ”と声をかけてくれる。





「こちらが、メニューとなっております。」


席に着くと、早速フードとドリンク2種類のメニューが手渡される。


一通り見るとどのメニューにも美味しそうなイラストが添えられ、優柔不断な私はどれにするか決めることが出来ず菜月先生の方に視線を向けた。





「どれも美味しそうで決められない顔をしているね」



私の視線に菜月先生は優しく微笑みそう言うと、食べられない物があるかだけを尋ねてくれる。


きっと、こういう所が菜月先生の人気の秘訣なんだと思う。




私は嫌いな物が特にないことと、里香がおいしいと写真を見せてきた物がこれに似ていることだけを伝える。すぐに菜月先生はスタッフを呼び、いくつかの料理を頼んでくれた。




「勝手に注文しちゃって、大丈夫だったかな?」


スタッフがメニューを下げて立ち去ると、菜月先生はそう声をかけてくれた。





「決めかねていたので、助かりました。それに、私も食べたいと思っていたのがいくつか入っていたので。」



そう答えると、それは良かったと微笑んだ菜月先生の顔がさらに優しくなる。




「それにしても、雰囲気のあるレストランだね」



店内を見渡す菜月先生が、そう言うので同じく見渡してみればコルクの入った観葉植物や、カウンターに並べられたワインボトルが雰囲気を作り出し、それらを間接照明が照らしている。




「菜月先生、イタリアンレストラン初めてですか?」



確かにお洒落ではあるがイタリアンレストランにはよくある内装だと思った私は思わず、そう言ってしまった。


「今、少しバカにしただろ!」と不貞腐れる菜月先生は、少し子供のように思えて可愛いと思ってしまう。





「でも、確かに同性より異性と来たいレストランではありますよね」



そう伝えると、菜月先生の表情は先ほどまでとは一変して笑顔が戻ってきた。






そんな他愛もないやりとりをしているうちに、テーブルにワインとオードブルが運ばれた。



「今日もお疲れ様でした」と一言付け足して、互いにグラスを重ね一口だけ口をつける。






次々に料理は運ばれてくる。初めて来たレストランではあるが、別に味の評価をしに来たわけではない。


心のどこか互いに食事を楽しむことをメインにしている。だからこそ、特に味に対しての感想を話し合うでもなく、好き好きに話しをしながら少しずつ料理を口に運んだ。








「僕、ずっと気になってたんだけど」



ある程度食事が進み、お酒も良い具合に回り始めた頃菜月先生が聞いてきた。

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