Two Bite
第1話
「お疲れ様です。」
菜月先生と食事に行った日から2日経った。
この前、菜月先生に話したように当直が終わり出勤ラッシュを少し過ぎた頃を見計らって駅へと向かう。
多少の仮眠はあるものの、巡回や急患の対応などで忙しく慣れてはいるものの朝のこの時間は一番眠さのピークだった。
起きた時に食べるものなどを最寄駅にあるコンビニで買い、自宅のマンションへと帰った。するとエントランス前の道路にトラックが数台止まっている。
「引っ越し...?」
大きさと荷台の荷物から、どうやら引越しのトラックのようだ。確かに今は3月で、引っ越しのピークだ。
しかし、荷台には有名な引っ越し業者のマークは付いていないことに気付き不思議に思った。
建物に入ると通路には傷をつけないための保護シートに覆われていている。それだけで慣れたはずのマンションの通路にさえ、違和感を感じる。
私は、早く帰宅したい気持ちを抑えエレベーターを待つが中々降りてこない。
もしかしたら、大きな家具をエレベーターを使って運び出してる最中なのかもしれない。
私の部屋は8階にあるせいで、階段はあるもののエレベーターを使う選択肢以外考えられない。それも、今日は当直明けなのだから余計に階段を使う気にはならなかった。
仕事や学校に行く人がほとんど出てしまった時間だからこそ、いつもなら既に部屋に入っている頃だ。
そんなことを考えれば、余計に今の状況にイライラしてしまう。
「はぁ...」
少しだけため息をついてエレベーターの階数が表示されたパネルを見つめていた。
すると、後ろから足音が聞こえてきた。
このマンションに住み始めて1年しか経っていないが、割と近所付き合いを大切にする方が多い。
この時間に帰宅することも多く、挨拶を交わす内に顔馴染みになった主婦も多くいる。更には夕方にエントランスで遊ぶ子供達とも言葉を交わすこともある。
この時間だと、子供を幼稚園に送り出した後の田中さんかな?なんて予想しながら振り返った。
しかし、そこには知らないサングラスをかけた金髪の男。
「あ、おはようございます。」
もしかしたら今まで見たことない住人かもしれない。或いは誰かのお客さんかもしれない、なんて色んな予想を頭に回らせながら挨拶をした。
すると、金髪の男はこちらを認識するも声は出さずに会釈というよりは小さい動きで反応した。
エレベーターが来ないことへのイライラに加え、そんな反応をされたのだから気分は良くない。
明らかに近所付き合いをしないタイプの人だろう。今まで、このマンションは比較的に良い人が多いイメージだったから、余計にシャクに触る。
そんなことを心に留めながら考えていると、エレベーターがロビーに到着していた。
ようやく降りてきたエレベーターから数人の男性が降りてくる。やはり、原因は引っ越しの作業だったようだ。
「あの荷物の中まじ大事なもん入ってるから、よろしく。あ、ついでにあの荷物も一緒の部屋入れておいて」
コンビニのアイスを食べていた金髪の男が、エレベーターから降りてきた男性達に指示を出していた。
その様子から、私は引っ越してきたのがこの人だと確信した。それと同時に、あまり関わり合いたくないとも思う。
男性達が降りてから、エレベーターに乗り込むと金髪の男も一緒に乗ってくる。
「あの、何階ですか?」
自分の階を押して、渋々だが男に聞くが返事はない。
本当に感じが悪い男だ。
これ以上話したくないし、あちらも特に反応を示さないのでエレベーターのドアを閉めるボタンだけ押した。
ー 次は8階です。 ー
静かなエレベーターに、無機質はアナウンスだけが響く。
「最悪...」
思わず私は、小さく呟いた。何故ならドアが開くと、私が動くより先に動いた男はそのまま降りて行き私の隣の部屋の扉を開けたのだから。
「ちょっと、どこ行ってたのよ」
「コンビニ行ってただけだけど、」
男が扉を開けてすぐに、茶髪ショートカットの女性が出てきて会話をする。
隣の部屋だからこそ気まずく早く部屋に入ってくれと願いつつも、エレベーターを降りてから動かない訳にもいかず自分の部屋へと向かう。
「もしかして、お隣さんですか?」
隣の部屋から出てきた女性は、私に気付き声をかけてくる。
「はい、隣の高木です。」
「そうなんですね!よろしくお願いしますね。」
一見挨拶のように思えるが、彼女はそう言いながら金髪の男を素早く部屋に連れ扉を閉めたことを私は見逃さなかった。
その姿はまるで彼氏を人に取られたくない女のようで、その行動に更に気分が悪くなる。
あんな男、誰も興味ないわ。と言ってやりたいけど、既にそこには誰も居ないので冷静に鍵を開けて自分の部屋へと入った。
今までこのマンションに不自由したこともないし、不満を感じたこともなかった。むしろ、都会には珍しく人付き合いも出来たマンションで気に入っていた。
けれど、隣に苦手なタイプのカップルが引っ越してきたということが私の安眠の妨げになりそうで仕方なかった。
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