第2話
「また、あの日の夢... 」
カーテンの間から漏れた光が顔に当たり、ただでさえ起きたばかりで重たい目蓋が余計に開かなくなる。
もう一度寝たい気持ちを抑え、目覚めるためのコーヒーを煎れる。砂糖とミルクで甘くしても一口飲めば、コーヒーの苦味で目が覚めたような気持ちになった。
また、同じ夢を見た。
あの日の出来事は私の人生を変えてくれた。
けれど、あの夢を見ることにもいつの間にか慣れてしまった。
最初にこの夢を見たのは、看護師になった年の5月のこと。仕事に慣れ始めた頃に見てから、定期的に同じ夢をみるようになった。
あの夢の通り、進路希望を提出してから看護師になるために努力をした。
努力したと言っても、もともと勉強が出来ないわけでも成績が低い訳でもなかった。
さらに、元から勉強の出来た水瀬君と一緒に勉強をしていたから、私の成績は受験が始まる頃には地元の短大を安心して受けられる程に上がっていた。
そのまま特に問題もなく、地元から近い短大に入学し私は看護師になってしまった。
ー 続いては、4月から始まるドラマ『冷たい満月』で主演を務める さん橋本
ただ、つけているだけになっている朝のニュース番組を流し見しながら流れ作業のようにいつものメイクをして、いつもの時間に自宅を出た。
自宅マンションから勤務地の病院までは、電車で3駅程の距離は1ヶ月も経てば慣れてだいぶ近く思える。
看護師になってから、気付けば5年が経った。
去年の春、前職の看護師長の紹介で都内の大きな病院に移ってきたばかり。
病院に着くと、同僚達に挨拶をしながら更衣室に向かう。手慣れた手つきで長い髪をまとめナース服に袖を通すと、なんだか仕事モードに切り替わる気がする。
朝の申し送りが始まる前にカルテに目を通すのが、日課となっているので他の同僚より早く更衣室を出た。
「あ、おはよう!高木さん!」
ナースステーションの扉の前で、声をかけてきたのは菜月先生だった。
この人は、私が勤める病院の医師。
“”
清潔に整えられた黒髪とは反対に、人懐っこい優しい笑顔の口元には薄らと髭が生えかけていた。
「おはようございます、菜月先生!その顔は当直明けですね?」
頷きながらも見せる菜月先生の笑顔は、少し眠そう。
普段から疲れを露骨に見せることのない菜月先生が、そこまで眠そうにしているだけでも昨夜の忙しさが伺えた。
「菜月先生、かなりお疲れみたいですね。今日は、ゆっくり休んでくださいね。」
「うん、今ここにベッドがあったら直ぐに眠れそう...」
そう言う菜月先生は、既に夢に落ちかけていた。
「菜月先生、こんなところで寝ないでくださいよ!」
菜月先生の肩を揺すって起こすそぶりを見せると、パッと目を開いてニコッと笑った。
「高木さんに、起こされたら起きるしかないですね!」
「もう、菜月先生朝からふざけないでください!」
「真由!菜月先生も、おはようございます!」
ふざけ合っていると、今度は同期の里香に声をかけられる。
「おはようございます、新村さん。僕はついで、ですか?」
里香の言葉に、頬を膨らまし拗ねたようにする姿はきっと他の先生なら許されない気がする。
里香はちゃんと言葉の誤りについて訂正して、菜月先生をなだめる。
他の病院に比べたらスタッフ間の仲が良いことは、この風景を見たら分かると思う。
里香は菜月先生をなだめすぐに、ナースステーションへ入っていった。
「それから、あまりイチャイチャしないでくださいね!」
里香がその一言を残したせいで先程までとは違う、何とも言えない空気感になってしまった。
「そう言えば、高木さん知ってる?
気まずい空気を割ったのは、菜月先生だった。
「あぁ、あの新しくできたイタリアンのお店ですよね!里香がこの前行ったみたいですよ!」
菜月先生が話してるのは、病院の最寄駅の反対側に出来たレストラン。ちょうど、一昨日くらいに里香が話してるのを聞いたところだった。
「そうなんだ!さっき聞けばよかったなぁ...ちょっと気になってるんだよね...!」
「里香は美味しいって言ってましたよ!」
「あのさ、今度仕事終わりに付き合ってくれない?」
「え?」
菜月先生から誘われたのは意外だった。
今まで里香や、他の先生達を含めてご飯に行くことはあった。けれど、それはいつだって皆で話していた所謂その場のノリってやつだった。
けど、2人きりで話している時に食事に誘われたのは初めてだった。
「真由!そろそろ始まる!」
突然の誘いにどう返事をしようか悩んでいた時、里香がナースステーションから呼び掛けた。
気が付けば、申し送りが始まる時間だ。
「菜月先生ごめんなさい、もう行かないと!」
正直助かったと思いつつ、後で連絡しますね。とだけ付け加えてナースステーションに駆け込んだ。
後ろから菜月先生が待ってる。と言う言葉が聞こえてくる。
ナースステーションに入るとすぐに申し送りが始まり
、仕事が始まる。もちろん仕事には集中しつつも、ふとした瞬間に菜月先生の誘いが頭に過るほどに私は悩んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます