第3話


一般人にしては整った顔立ちに清潔感がある短い黒髪、その上他の先生達より若いこともあり菜月先生は病院内で同僚や患者含めて人気がある。



入院中に暇を持て余したおば様達の、活動のほとんどが誰かの病室に集まる井戸端会議となっているファンクラブだってある。




その上、親身になって患者さんの話を聞いたり休憩中に身の上相談にまで乗っているところを何度も目撃している。


そんな姿を見て先輩の医師に“余計なこと”と怒られてしまうこともあるのに、菜月先生はお人好しなのか患者さんとの話を辞めようとしなかった。



菜月先生に一度だけ、患者さんとの無駄話を辞めない理由を聞いたことがあった。






「僕はね、患者さんを元気にできるのは治療だけじゃないって思ってるんだ。」



あの時も怒られたすぐ後だったのに笑顔で答えてくれた菜月先生を見て、この人にとっては無駄話だとは思ってないのだろうと納得した。








菜月先生との出会いは、以前勤めていた病院で行われた研修だった。


研修は数回に分かれていて、そのほのんどに出席していた人見知りをしない菜月先生とはすぐに顔馴染みになった。



それから、この病院で勤め研修の時より仕事でもプライベートでも交流が増えたことで菜月先生と仲良くなるのにそう時間はかからなかった。








正直に言えば、菜月先生の中で私は他と比べても仲の良い同僚だと思われている自信はある。





でも、今回の誘いがただの同僚としての誘いなのか、それともデートとしてなのかが分からなかった。


だから、余計に私は悩んでいるんだ。














私も短大で勉強はしっかりしつつも、アルバイトにサークル色んなことを経験してきたつもり。それなりに、男女間の交際経験だってあった。



けれど大学2年生の夏、初めて出来た彼氏とは半年もしないうちに別れてしまった。


今思えば、正直私はその人のことを好きだったのか分からない。





だから、気付いてしまった。

私の恋愛は、ごっこ遊びだったんだと。






きっと、私の恋愛は”高校3年生の水瀬君を好きな気持ち”のまま進めずにいる。






元カレとは付き合うまでは、誰から見ても仲良しな2人だった。でも、気まずさから別れて直ぐにお互い連絡すら取らなくなってしまった。


私は別れたことのショックより、付き合ってしまったことで関係が変わってしまうことの方が怖いと感じた。





付き合えば、今の関係は失うかもしれない。




だから、今だって菜月先生との関係を壊したくなくて何も出来ずにいる。








「真由、どうしたの?」




午前の仕事を済ませ食事休憩の時間、休憩室のソファに座りながら菜月先生への返事に悩んでいた。


すると突然声をかけられ、顔を上げると目の前の空いてるソファに里香が座った。




「里香、お疲れ様!休憩これから?」


「そう!まだ午前終わったばっかなのに、もう疲れちゃったよ...」




里香は限られた休憩時間を無駄にしないように、自分のバッグからカップ麺を出しお湯を注ぎながら会話を続ける。




「それで、真由ちゃんスマホ見つめて百面相してたけど何かあったの?」




「百面相なんてしてないけど...」


「さては、菜月先生だな!」




こう言うシチュエーションにおいて、里香だけでなく女という生き物はよく勘が働くものだ。



里香に言い当てられたことに驚き、スマホを見ていた私は瞬時に顔を上げた。言葉で説明する前に里香に正解だと伝わってしまったようだ。



「大当たり!全く、あんたら朝からラブラブだね~」


「ちょっと、そんなんじゃないって」





私は否定しながらも、カップ麺をすする里香に菜月先生から食事に誘われたことを説明した。


「それで、真由は何に悩んでたの?」


「まず、行くかどうか...?」




確かに、理由を聞かれたら何故悩んでいるのかを里香に説明するのは難しい。誰にだって、人に説明したくないことはある。



そんな私の心情に、気付いたかのように里香は言葉を続けた。




「あの菜月先生からのお誘いだよ?悩む必要ないでしょ。それにさ、まだ真由に気があるなんて確定してないんでしょ?」




「別に気があるとは思ってないけどさ...」


「なら、もっと気軽に行ってあげなよ!」



里香の適当なアドバイスに、自分を納得させると菜月先生に朝の返事を送った。



すると、メッセージを送って5分もしないうちに菜月先生から返事がありまだ寝ていない様子だった。



いつ行くかなどを決めるために、その後も数回メッセージのやりとりをした。



もしかしたら急患などで予定がずれ込むこともあるので、レストランの予約はせず駅前で待ち合わせて行くことを決め終わる頃には休憩が終わろうとしていた。




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