Bites 〜 有名人が同じマンションに 〜
shuga
One Bite
第1話
少しだけ日が伸びてきたことを感じる夕暮れ。
「将来なんて、わかるわけないじゃん...」
そんなことを口にしながら、眺めるのは色んな職業について書かれた本と“進路希望”と書かれた一枚の紙。
高2の夏休みに入る前のこと。
夏休み前の三者面談で使われるため、提出しなければいけない紙に頭を悩ませていた。
習い事や部活だって人並みにはしてきた。
けれど、別に実力があってそれを仕事にしたいわけでもない。そもそも、そこまで追えるものがあるならこの紙だってその場で提出することもできた。
けど、私には将来の夢が何もないことに気付かされた。
そのせいで、皆が勉強したり読書をする図書館で、読む人が少なさそうなこんな本を読んでいる。
「
なんて思っていたら思わず口に出てしまっていたようで、窓辺で勉強をしていた水瀬君と一瞬だけ目が合ってしまった。
言葉は発さず、こっちに視線を向けて首を傾げる水瀬君に耐えきれず目を逸らし読んでいた本のページを進めていく。
水瀬君は、同じクラスのTHE優等生。
人生で一度も染められたことのない黒髪は、他の男子と違いワックスすらつけられていない。黒縁のメガネを常にかけているのに、綺麗な顔立ちからか所謂陰キャのような見た目ではない。
その上彼は皆に優しく、男子からも女子からもそれなりに人気者だった。
運動だってできる方なのに、体育の授業で運動をしてるところしか見たことがない。
それは、彼の親は開業医で将来は実家を継ぐために医者になることが決まっていることが理由なのは皆が知っていた。
だから、3年生の先輩達ですら外では部活をしている中、水瀬君はひたすらに参考書と向き合っていた。
「高木さん、もう時間だよ!」
いつの間にか、本と睨めっこをしていたら時間が過ぎていたようで周囲を見ると生徒は疎らになっていた。
「もう、こんな時間… 水瀬君ありがとう!」
ほとんどの人は読んでいた本を元に戻したり、机に広げていたノートなどをまとめ身支度をし始めている。
私も帰り支度をしようと、開いていた本を閉じて進路希望調査表をカバンにしまう。
「そんなに集中するくらい、その本面白かったの?」
そう言って、水瀬君は私の肩越しに本の内容に目を通した。
「これ、職業案内本?」
水瀬君は、そこで初めて私が読んでいた本を認識したみたいだった。
「進路希望が中々書けなくて...! 」
水瀬君に本の内容がバレてしまい、進路が決まっていないことが恥ずかしく感じて言い訳のように発してしまう。
「高木さんって真面目だよね!そんなの適当に思ってること書いてる人がほとんどなのに。」
水瀬君は、面白がりながらもそう言ってくれるところが優しいところなんだと実感する。
「それに、僕は高木さんが羨ましいよ。進路に悩めるのってさ、なんでも出来るってことでもあるからさ!僕は決まってる道しかないからね。」
「それってさ、ないものねだりってやつだよね」
私の返事に対しての水瀬君の笑顔には、少し切なさを感じた。
「でも、その紙明日が期限だったよね?何か決まった?」
「んー、それが面白いのは沢山あったけど実際仕事ってなるとイマイチなんだよね...」
「ほら、あなた達もう下校時刻になったわよ。」
今度は水瀬君との話に夢中になれば、チャイムが鳴り司書さんに帰ることを促される。
「そうだ!とりあえずさ、まだ2年生で悩む時間なんて沢山あるんだし...適当に書いちゃえばいいんじゃないかな?」
真面目だと思っていた水瀬君の提案は意外なものだった。
それは、目を瞑ったまま開いたページに書いてある職業を書くという方法。
たしかに、水瀬君の提案はこのまま悩むより良いと思った。さらに言えば、水瀬君の提案だからこそ納得して実行することにした。
「決まった?」
「うん、ここにする!」
目を閉じて、適当なページとページの間に指を滑り込ませた。
「せーのっ!!」
水瀬君の声に合わせて、開かれた私の目にある職業が映った---
そこに書かれていた内容は、看護師だった。
そのページを見た私たちは思わず顔を見合わせた。
「とりあえず、なるならないは別としてさ紙には看護師って書くってことが決まったな!」
先に口を開いたのは水瀬くんだった。
「うん...!そうだね!」
「まぁ、本当に目指すのも僕はアリだと思うけどね。」
その言葉に少しだけ期待してしまった。
「うん...どうせ他に何かやりたいことがあるわけじゃないからさ、少し考えてみるよ!」
期待してしまったことに恥ずかしくなって、素直に言えばいいのに遠回しな返事をしてしまった。
けど、それに対して更に水瀬君が続けた言葉を間に受けてしまったのを覚えている。
「それにこれって...うまく言えないけど、もしかしたら2人で頑張れってことなのかもしれないし!」
今思えば、水瀬君にとってはなんの意味もないお世辞のような言葉だったのかもしれない。
けれど、あの頃の私はその言葉を鵜呑みにし勉強を頑張った。もちろん水瀬くんと一緒に。
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