第5話
驚きながらもとりあえずは仕事を処理しよう。銀の時計で時間を確認すると十六時十八分くらいをさしている。晩餐は二十時、準備もあるためその三十分前にお屋敷に帰らなくてはならない。ここから馬車での移動を考えやくそれが三、四十分。ここでの仕事も今日はないから十九時前に帰り始めれば間に合うが大きく余裕を持って十八時半に到着する十七時半に出るとしよう。となると今から一時間くらいは余裕がある。
「で、お嬢様今日はまた何を拾ってきたのですか?」
訓練後はいつもお嬢様の遊びの相手(お嬢様のストレスの発散)をするのが仕事に入っている。そしていつもお嬢様は暇を見つけてはどこからか色んなものを拾ってきてそれで何かをする。
「ふふふ、今日はこれよ」
そう言ってお嬢様が取り出したのは…ボール?
丸い木で野球ボールくらいの大きさだ。ヤスリをかけたのかとても綺麗な丸で彫刻もしたのかテニスボールのような模様までつけている。先借りた彫刻刀はこれのためだったのか…そういう所ほんと徹底してるなぁお嬢様。
「そのボール…で何をするんですか」
「何ってボール遊びよ」
お嬢様はかなりにこやかな表情でそう言う。ボキャッチボールや二人でできるものはかなり絞られる。ール遊びと言われてもボールを使った遊びとしか普通は思わないが、多分その遊びの名前自体が『ボール遊び』という名前なのだろう。そしてお嬢様がそんな変哲もない遊びをしようとするわけがない。お嬢様の考えている遊びは私にはどういう遊びなのか全く検討がつかない。とりあえず情報を聞き出そう。
「ルールとどういったことをするのか説明をお願いしても?」
「ルール?私がこのボールを投げて貴方がそれを取ってくる。簡単でしょ」
「は、はぁ…」
ボール遊びとはお嬢様にとって犬とボールを使って遊ぶことの名前なのだろう。確かに取ってくるだけなら簡単だが…。
「まぁ、取って来るだけなら誰でもできるわ」
ですよね…一体何をさせるつもりなのだろうか。
「そうね、今の魔力なら身体強化二分くらいは持続できるでしょう」
「はい、多分出来ると思いますが…」
「頭と足だけに集中させなさい」
「わ、わかりました」
訓練?いやだけど頭と足だけって嫌な気配しかしない。
「私も強化つけてここから投げるわ。そして貴方はそれをここから走って空中でキャッチするの…口で」
お嬢様はニコッと目を閉じて言う。いや、ニコってするところじゃないですがそれ。私は犬じゃないですし。強化のかかったボールを口でキャッチャーするとか歯が折れると思うのですが…。
「お嬢様、口でキャッチは冗談ですよね?」
「ふふふ、冗談?貴方はそう思うのかしら?」
————ですよねぇ
それにしてもかなりの無理ゲーを仕掛けてきた。お嬢様は物心つく前より魔法が目覚めてお四歳で魔力のコントロールを極めた天才と言われている。それだけでなく学問も六歳で全て独学で学びお嬢様は学校を一年だけ通って卒業証明書を受け取っているのだ。そのため毎日家でヴェリシェ様の仕事を手伝い読書をするという状況である。
「お嬢様さすがに手加減してくれますよね」
「ええするわ、でなければ面白くないですもの」
良かったお嬢様が本気で投げればどこまで飛ぶか…
「手加減する代わりに賭けをしましょう」
「賭けですか…一体何を」
「そうね、貴方の強化が切れるまでにボールが地面に着く前に一回でもキャッチ出来たらあなたの勝ちよ。キャッチ出来なければあなたの負け」
強化をありでのボールを取ってくる。距離にもよるが往復も考えると約四、五回のチャンスか…
「分かりました。それで賭けというのは…」
するとお嬢様は胸元から一枚の四角い紙を取り出す。どこから出しているのですかとツッコミたいところだったが、お嬢様の取り出すそれを見て動揺してしまう。
「え〜と…お嬢様それは」
「写真と言うやつよ」
そう、写真だ。それに写っているのは着替えてる最中のお嬢様とドアを開けてお嬢様を見ている私だ。この時代ではカメラ・オブスクラと呼ばれる装置を用い、その中に投影された像に似せて実景に似た絵を描くのが主流だ。つまりこの世界にボタン一つで写真を取れる装置などない。がお嬢様が持っているそれは正真正銘前世で見たことあるような素材で出来た写真、しかもちゃっかりカラーである。もしかして今朝のあれはお嬢様がわざと…はめられたのか?
「昔お父様が着替え中に入ってきて言い逃れされたの。だから次は言い逃れできないように着替え中は部屋に設置したカメラをオンにしてるの。しっかり写ってるでしょ」
「えっと、それをどうするんですか」
「さぁ〜どうしようかしらねぇ」
今日一番の楽しそうな笑みだ。
「お父様にも見せてもいいですし。お母様にも見せるのも楽しそうね」
「えっと…それは…」
雇って貰ってる身こんな事バレたらどうなるか分からない…セシス様はまだ温厚な人だから多分大丈夫…ばなそうだがそれよりもヴェリシェ様だ。あの人はお嬢様に対してぞっこんレベルでやばい。締め出される?他のところで働かされるならいいが…最悪解雇されて領地追放か?それはさすがにやばい…どうすれば…。
「貴方が勝てばこれを貴方にあげるわ。捨てるもよし、持っておくのもいいわよ。勿論この写真はこの世界でここにある一枚だけよ」
負ければ怖いが勝てば何の問題もないはず…どれだけお嬢様手加減してくれるだろうか。
「じゃあ、始めるわよ」
「はい」
お嬢様は役所と反対の平原のような方を向きボールを持っている。既に強化をかけているようで少しオーラのようなものが立っている。私はまだ強化を使わない。持続時間が短い分ジャストで使い始めて回数を増やさなくては。お嬢様は女の子だ。投げるのにも慣れてないだろうし放る瞬間を見極めるのは簡単なはず。そこに強化を合わせれば。
お嬢様は両手を胸に投げる動作を始める。
投げるのには少し慣れているのか?だけど合わせれはするだろう。
そう思っているティトにアルネアは小さく呟く。
「甘いわねティルフォ」
お嬢様は慣れた動作でボールを放る。
クイック投法!?
「うそだろ…」
ティトはその驚きに一瞬反応が遅れすぐに強化をかけて飛び出す。確かに手加減はしてくれているがそれでもこれは…ボールは徐々に地の方へ落ち目線まで落ちる。この時のボールとティトとの距離は約五メートル。
————これは、取れる?いや、飛べば手なら届くが口はギリギリ取れない
そう判断し、足に強化を集中し踏み込みを入れ地を抉りながら飛び込む。ギリギリボールを掴めた。当然手でのキャッチはクリアにはならないが転がって行って時間をロスするよりマシだろう。急いでターンし戻る。お嬢様の近くまで行くとお嬢様は秒数を数えていた。
「35、36、37…あらあら一度目はいい判断したけど、この時間だと…あと二回?それともこれが最後で終わりかしら」
手加減してもらってもチャンスは約三回あるか無いかか…。急いでアルネアにボールを渡し再びクイック投法でボールが飛んでいく。先程はスタートが遅れたが今回は指が離れた瞬間ほぼジャストにスタートがきれた。これ間に合わなければ無理かな…先程と同じ軌道を描くボール先程より若干距離が近い。行けるか?分からないがとりあえず飛び込み口を開く。
え?
口を開くと若干視覚がズレ、距離感上手く掴めない。下の歯がボールを弾きボールが転がっていく。
やばい…。
ボールはどんどん転がっていく。それを急いで体勢を立て直し追いかける。急いでボールを止めて拾いお嬢様の元へ戻る。くそ痛い、さっきの1回で持続時間的にも終わらせたかった。
「7、8…惜しかったわね。さて時間的にも次が最後、取れるといいわね」
「はぁ…はぁ…次こそ取ってみせます…」
「体力的にも無理そうね。優しいからもう少し手加減してあげるわ」
アルネアの三度目の投球。それは一、二回より少し遅くはなっているが、それでも二回と同じくらいの距離がティトは離れている。ボールも緩やかになっているがティトも強化をかけていても足には負担がありスタミナもかなり消費している。持続時間どうこうよりティトの体は既に限界に近いのである。だがそれでも力を振り絞り一歩そしてさらに大きく一歩と距離を詰めそれは二回目より確実に距離を縮めている。そして目線の高さまで落ち先程より確実に近くなっていた。
————先は視線がズレて取れなかったがそれを考えてやれば。
ティトは踏込み飛び込む。のだが
————あれ、ボールが遠ざかってく…というより俺が前に進んでない…?
飛び込む瞬間に強化の効果が切れ踏み込みが浅く、ティトはその場前ジャンプをしてしまったのだ。勿論強化も切れポーションで無理やり回復させた体力も失い。動けない体で受け身も取れず地面に叩き付けられるように落ちる。
————痛てぇ、それよりも動けない…どうしようかこれ…それに眠気がする
動けないのでうつ伏せで何も出来ず横になっていると。アルネアが何か呟きながら歩いてくるのを感じる。
————はぁ…結局お嬢様に勝てなかったな…しゃ…しん…どうな…る
そうしてティトは疲労かはよく分からないが物凄い眠気に襲われ眠りにつく。
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夢を見た。
初めて見る夢だ。
だがこれは本当に夢なのだろうかとも思う。
真っ暗…いや宇宙と言うのが正しいのだろうか、暗いようなその中でも少し明るく感じ周囲を見渡せ空間を遠近感を感じることができる。
夢にしては無風に近いが音は微かに感じ空気も感じることができる。
感覚がとてもリアルだ。
試しに頬をつねってみる…普通に痛い。
ここは一体…。
何かを感じそれに目が引き付けられた。
すると奥の方にゆらゆらと揺らぐ炎のような影が現れた。
周囲を再び見回してもこの空間にあるのは自分とその何かしかない。
とりあえずそれに向かって歩いていくことにする。
すると一歩進むごとに空間に星のようなものが左右に輝き始め何かを映し出す。
それは静止画でありこの世界での自身の過去だろうか。
俺の両親は顔も知らず物心つく前に亡くなった。その理由は知らない。
そしてあの男に三歳くらいの俺は連れ去らわれる。
そしてそこで…そう彼らに育てられるのだ。
名前は知らない六歳くらいの少年少女に。
少年は盗みを働き少女は連れ去らわれた子供たちの面倒を、毎日ボロボロになり働きながらも必死に私たちの面倒を、生かしてくれていたのだ。
そして俺が六歳になった歳に兄のような存在は大人たちに捕まり見るに堪えない姿の遺体がゴミ山に捨てられ、姉のような存在は病気でどんどん衰弱してやせ細り眠るように死んでいった。
悲しかった。
泣き叫びそうになった。
だがそれをぐっと抑え我慢した。
それよりも残された自分より小さな子たちを守らなければ。
彼らの意思を引継ぎ、彼らの分も抗い生きていかなくては。
そして一転して違う何かが映し出されていく。
そこに映し出されるのは全く知らないものだ。
人同士が武装し旗を掲げて戦っている。
戦争だろうか。
そう見ていると急に人々は争いの手を止め皆が同じ方向を向いている。
そこに映ったのは猛獣…いや魔獣の方が正しいだろうか。
動物とは思えないいくつもの動物が混ざったようなキメラのようなもの三メートルはありそうな狼の群れに巨大な竜と数え切れない数の様々なものがそこにいた。
その姿は血にまみれ数人の人の形をした肉塊を銜えており骨と肉をかみ砕き血しぶきがとび、ちぎれた肉塊がボトッと音を立て落ちる。
人々はそれに恐怖し、震え、武器を落とし逃げ出す。
だが魔獣たちはすぐさま距離を詰め人々の大群に襲い掛かりまた近くにいるものより遠くの者から襲い掛かる。それは誰一人逃がさないというものだろうか。
それとも狩りとして楽しんでいるものなのだろうか。
絶望に残酷なそんな描写がいくつも並びいつの間にか城での防衛戦が行なわれていた。
だがそれは防衛戦と言えるものではない。
数人の兵士は必死に戦っているがほとんどの兵士は戦意を失っており引きこもっている状態だ。
もう人類の終わりだろうそう思える描写が続いていると。
急に光り輝くようなものが映し出された。
それは一人の女性が率いる兵士達が魔獣を切り倒していくのだ。
そして集められた戦意を失った万は超えていそうな人々の前にその女性が立ち旗を上げ鼓舞する。
すると死んだような表情をしていた者たちは生き返りその鼓舞に一人また一人と伝播するように活気が上がり声を上げた。
そこで映し出す星は途切れ真っ暗な空間だけが前にある。
一体何を伝えたいのだろうか。
そこからは歩いても歩いても進んでいるような気配は感じない。
歩けど歩けど進まず徐々に視界が薄れていき瞼が重く閉じていく。
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