第2話

 まだ少し暗い朝に目を覚ます。壁に掛けられた時計の針は六時半を刺しており部屋に設備されている洗面所の冷えた水で顔を洗い目を覚ます。身支度を行いお嬢様達を起こさぬように静かに一階に移動し調理室の隣の部屋に入る。その部屋には建物の雰囲気に余りというより合わない壁際にスチールのロッカーと大きなホワイトボードがある。それ以外はそこそこ雰囲気に合うものが並ぶ中央奥に小さな調理場があり中央に大きな木製のテーブルがある。そのテーブルを囲うように六人の男女がすでに席に付いていた。


「おはようございます。まだ少し時間はあるので席についてゆっくりしていてください」


「おはようございます」


 ティトは入り口に一番近い席に付きテーブルの中央に置かれた空のカップを手に取り紅茶を入れる。

 用意される紅茶は日によって変わる。といってもアールグレイかアッサムなのだが、今日はポットの中にスライスされた白い果実が入っている。アッサムと裏にある農園のリンゴを使ったアップルティーだ。農園のリンゴは幾つか種類があり今回使われているのは甘みの少ないリンゴだ。その為アッサムと上手く調和ができている。もちろんリンゴや茶葉もあるが多分料理長の腕のものなのだろう。


 クリティア家にはティト合わせ男性四人女性三人、七人の使用人がいる。


 まず書類を整理している執事であるカルメルさん。黒髪で180はある高身長でヴェリシュ様と同い年と言っているがそうは思えない若々しさがる。主な仕事はヴェリシェ様の従者また使用人(農園又は厩舎)百人以上のスケジュール管理を行っている。


 次に同じく隣で書類を整理しているメイド長のジルベルダさん。紅色の赤髪を束ね後頭部でまとめたシニヨンの髪型で髪同様に赤いルビーの瞳をしておりカルメルさんより高い背丈190㎝の高身長である。横長の丸眼鏡をしており、服装は黒と白が九対一くらいのメイド服で足が長いせいかかなりスカートの丈が長く感じる。彼女の仕事はカルメルさんと同じくヴェリシェ様の妻であるセシス様の従者また使用人(洋裁、家具師、などのモノ作り)百人以上のスケジュール管理。


 その隣でうつ伏せで眠っているメイドの二人、フィレアとフィレオ二人は双子であり容姿全てが鏡合わせのようになっている。紺色で後ろ髪は一つの三つ編みでまとめており前髪は片目寄りに髪が流れ片目を隠しておりその下には眼帯をしている。瞳の色はフィレアは青いサファイアでフィレオは緑のエメラルドである。二人共150あるかないかで俺より少し小さくジルベルダさんと違いミニスカートのメイド服を着ておりニーソックスを履いている。この中ではティトの次に若いと思う。彼女らはジルベルダさんから受ける仕事をするのだが領民のあいさつ回り、農園の手伝い、訪問者が来ないか門前の近くにある建物でくつろいでいる。家事等が全くできずやると逆に仕事を増やしてしまう問題児のような人たち…なんでメイドとして雇っているのだろうかと少し不思議である。


 カミロさん白髪に青が勝った白色の瞳をしており若々しいはずなのだが少しばかり整えられてない髭があり服装も白色のコックコートを腕まくりしており黒よりのブラウンのエプロンをしているが皺が少し目立ちで少しというよりかなりだらしなく思える。だがこの人はこの領の料理長であり領にいる料理人をまとめている。主人たちだけでなく使用人達全員のご飯の世話だけでなく栄養管理までしている。


 最後にエジットさん今ここにいる人の中では一番年を取っていると思う。彼の仕事はヴェリシェ様とセシス様、アルネア様三人の従者でありカルメルさんとジルベルダさんがいないときの代理人でもある。二人の仕事を手伝いをして。居ない方の代わりに指揮をとったりする。


 ここでのミーティングは主にヴェリシェ様とセシス様の予定来客の訪問があるか、領内外の情報の話等色々と話をしそこから各自に一日の仕事の確認を行う。


「では、以上でミーティングを終えるので各自持ち場についてください」


「「「「はい」」」」」


「「はーい」」


 皆が部屋を出るのを確認しテーブルの上のカップ等を片付けその部屋を後にして自室に戻り鏡で確認しながら身だしなみを整えお嬢様を起こす時間まで自身のやれることをする。


 クリティア家で住込みでの仕事をしながらの生活し始め約一か月。従者の仕事に慣れてきた。


 まずここまでの様にお嬢様達が目を覚ます前の六時五十分に起床し身支度を済ませ一階にある調理室の隣の部屋に従者達が集まりミーティングを行われる。そして軽い掃除、アイロンがけ、主人たちの朝食の配膳準備をして自分たちの朝食を済ませておく。八時紅茶の給仕し、お嬢様を起こし簡単な身支度の手伝い主人たちの朝食。朝食の後片付けをしてお嬢様の予定の確認、手伝い。十一時に従者達は昼食を済ませて主人たちの昼食の配膳準備。十二時から十三時のどちらかで主人たちの昼食。十四時から十六時まで来客の取次当番。なければ自由時間となっている。十六時お嬢様に付き手伝い等、その日によって変わる。十八時晩餐の配膳準備。十九時再び主人の手伝い。二十時晩餐の給仕。二十一時晩餐の片付け。二十一時半に従者達の簡単な夕食。二十二時主人たちの就寝準備の手伝い。 二十三時屋敷の戸締り確認し就寝。


 これはエジットさん達の仕事を基に作られ渡されたタイムスケジュールの紙に書かれていた内容なのだが。本当の仕事内容は全く違っていた。


 —私が仕えるお嬢様は他の者とは全く違う。


 アイロンをかけた真っ白なフリルついたワンピースを腕にかけお嬢様の部屋の前に立ち胸元から銀の時計を取出す。時計の針は七時五十九分を指している。時計をしまい扉を開く。


「お嬢様お目覚めの時か…あ」


「ん」


 ドアを開けるとお嬢様はすでに起きており、そこに立っていた。カーテンの隙間から太陽の光が差し込みお嬢様を照らす。太陽の光で薄金色の髪は綺麗に輝き体のラインを細かく露にする。素足から上に白い紐の結びがあり細腕を伸ばし肘あたりにもう一つ純白の布のついた紐をかけていた。そして胸の平だが小さな山の山頂を太陽の光が見えないように隠す…。


 ティトはそれに見とれてしまいそうになるが我に返り少し赤面させながらすぐにドアの方を振り向きアルネアを見ないようにする。


「す、すみませんお嬢様起きていたのですね…」


「あらまあ…ふふふ。仕事に慣れてきて一か月くらいかしら…自分の主人の着替えを堂々と覗きに来るなんて…まさかもう襲いに来たのかしら。大胆ねティルフォ」


 これがほかの者と違う一つ彼女は十二歳にして子供とは思えない大人のような雰囲気、余裕を持っている。わざとではないにしろ年頃の女性なのだから少しばかりは恥じらい持ってほしいものなのだが…。

 ティトは深呼吸を行い自身を落ち着かせる。


「お戯れはよしてください。申し訳ございません、もう起きて着替えているとは思わず…それと私の名はヴェリシェ様に頂いたティトです」


「ふふ、言い訳はいいわ。それに二人の時はいつもの喋り方で構わないわ。それともういいから着替えるの手伝ったらどうかしら」


「はぁ~分かりました。が、従者たるものこのような話し方が相応しいです。そして手伝いは下着を着てからにして下さい」


「わがままね…、まあそこが貴方の可愛らしいところなのだけど」


 早朝というのもあり静かな部屋ではアルネアが下着を着る音、吐息の様な物まで聞こえてしまう。それはわざと聞こえるようにしているのではないかと思うほどに。


「…着たわよ。ほら早く手伝いなさい」


「…分かりました」


 下着を着るだけにしては少し遅く感じた。またお嬢様は何か仕組んだのではないかと考える。ティトは再び深呼吸しアルネアの方を向き歩き始める。


「へぇ~」


 アルネアは手を肘と顎にあてティトを観察していた。ティトは瞼を閉じ一つの迷いなくアルネアの前に歩み寄る。


「やるじゃない…そして面白くないわ」


 こう言ってはいるが雰囲気からして面白さ半分つまらなさ半分といったところだろう。下手に流されれば彼女にもてあそばれるだけだ。


「では、これを着てください」


 腕にかけていたワンピースを受け取りやすいように両腕で広げ差し出す。


「はいはい」


 アルネアはそれを受け取る。ティトはまだ瞼を開かない。アルネアの服を着る音を聞いてちゃんと着ていることが確認するまで。


「着たからもういいわよ」


「…そうみたいですね」


 瞼を開きアルネアを見る。ちゃんと服を着てはいる。いっさい身だしなみの整っていないだるだるな服になって。


 部屋の外にあるラックの上に置いていたティーセットのお盆をベットのサイドラックに置きティーカップに紅茶を入れアルネアに手渡す。


「今日は久々のアップルティーなのね。香りはいいけど…まだまだね」


「申し訳ございません。まだまだカミロさんには敵わないようです」


「ふふ、これからも精進なさい」


 ここから着付けの仕事だ。アルネアはただ服を着ただけなので襟元などが歪んでいたりするそれ一つ一つ治し靴下などを履かせる。これが従者としての俺の仕事だ。


「ふふ、くすぐったいわ」


「今日のご予定は…」


「ふ〜ん、今日は特にないわね。昨日と同じよ」


「わかりました」


 日によって変わる仕事なのだが九割型同じ仕事である。一通り身だしなみを再確認し頷き次の仕事に移る。次は主人達より先にリビングに行きテーブルクロスなど食事の準備をするのだが既に私より先に来ていたジルベルダさんが準備を済ませていた。後はお嬢を朝食を知らせ主人達の会話を交えた食事を後ろで見守り会話に紛れる国の情報を耳に入れておく。食事を終え後片付けはカミロさんの部下が行うため私はお嬢様に着いていく。


 アルネア様の部屋に戻りお嬢様は勉学を行う。だが果たしてそれは勉学と言えるのだろうか。ヴェリシェ様の書類の山の一つの三分の一の束を請け負っているのだ…十二歳の少女が。私はお嬢様の教えもあり少しの書類を勉学として渡され手伝う。貧民街育ちの私は読み書きができなかったがお嬢様の教えが上手なのか三日くらいで何とか覚えられた。数学は前世の知識だろうか難なくこなすことが出来た。そして国学という前世で言えば社会科・地理のようなものでこの世界の事を最近知ることが出来た。


 この世界には七つの領域がありその中に六つの大国がある。北西のレイボス王国、西のミフォシィ聖法国、北東の『アグヲニス王国』、西の『ミウフェス王国』、南西の「ヘルヴァス王国」、そして中央に位置し二十年前に五国の協力により建国され世界の中心となる国、通貨の名前となった『アウステスア帝国』。


 ヴェリシェ様が治めるクリティア領はそのヘルヴァス王国の国土の中にありそこから最も西に位置している。そして俺が以前まで暮らしていた場所は『ウォルド領』でクリティア領とヘルヴァス王国の間に位置していた。このクリティア領はアウステスア建国と同時期と最近できたもので深い森の中を開拓しているためこの領内は森に囲われている。



「…ふぅ」


 アルネア様の筆の音が止まり紅茶を飲み一息つく。お嬢様が筆を置きお茶を飲むときは仕事を終えた合図である。自身とお嬢様の書類をまとめお嬢様が紅茶を飲み終わるまでに書類の再確認を行う。と言ってもお嬢様がミスするところなど思いもしないのだが。書類の確認を終え銀の時計で時間を確認し仕舞う。


「お嬢様、十一時二十分ですがいかがなさいますか」


「そうね、今日は魚の様子でも見に行きましょうか。エジットも今日はあそこを当番しているでしょうし」


「分かりました。馬車の用意しますか?」


「いいえ、歩きでいいでしょう。どうせお父様、今日の仕事量は忙しく食事などの時間は合いませんから。あちらで食事をいただきましょう」


「分かりました。料理人達に伝えておきます。持参物などはいかがなさいますか」


「任せるわ」


「分かりました。では準備をしてきますので玄関近くでお待ちしていてください」


「わかったわ」


 お嬢様と一旦別れ私は一度調理場の料理人に昼食の件と水筒などの準備を依頼しヴェリシェ様の元へ行く。書類の提出とお嬢様の予測予定を伝えなくてはならない。ヴェリシェ様は「そうだよなぁ~分かったよ」と少し残念そうに了承してくださる。ヴェリシェ様はかなりの娘思いでその分娘好きである。多忙のあの方にとってお嬢様と奥様の三人が揃って食事する時間こそが生きがいでもあるためそれが無いと分かるとすごく落ち込むのである。


 報告を終え料理人からバスケットを受け取り今日は晴天である為日差しが強い。玄関近くの倉庫から日傘を取出しお嬢様の元へ急ぐ。玄関に駆け付けたがそこにお嬢様はいなかった。


「はぁ…またですか」


 お嬢様がいなくなる時は大体いつもの所に行っている。建物の外に出て裏の農園前で待つ。農園と言っても五十メートルも進めば整備をあまりされていない森になっておりお嬢様の目的地はその森の中だ。危険ではありそうなのだがお嬢様はこの領ができての六年間唐突に森の中に潜っては怪我無く戻ってくる為、お嬢様を信じて待つしかない。昔心配になったヴェリシェ様と使用人達が森の中にお嬢様の捜索を何度か行ったそうなのだが、いつも入れ違いになり逆に捜索される羽目になったらしい。銀の時計を見つつ五分経ち農園の奥からお嬢様がゆっくりと歩いて戻ってくる。


「待たせたわね」


「いえいえ、従者たるもの主人を待つのは当前のことですので」


「では、行きましょうか」


 日傘をさしアルネアの右に付きお嬢様の歩調に合わせ行く。


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