またですか!? 何でも拾ってきちゃうお嬢様と貧民街上がりの従者見習い

KIKP

第1話 プロローグ

 空は青く昼ごろか太陽が真上に位置し城下町は多くの人で賑わっている。


「はぁ…はぁ…」


「待てぇ!このクソガキぃ!」


 群衆の中を駆ける二つの影がある。バットではないがそんな感じの短い棍棒を持った、そこそこ鍛えられているのか体つきががっしりとした180くらいの血眼になって走る大男。リンゴやパンといった食べ物抱えて走る、ボロボロの服というより布切れを破いて作ったような服を着た少年。髪はぼさぼさでかなり痛んでいる。体つきはかなりひどく血管が浮き見えるほど細く体中の至る場所が殴られたのか鬱血している。今にも倒れそうなそんな体だがだんだんと大男と距離を開いていく。


「くそがあ、誰かそのクソガキとめろぉ!!」


「はぁ、はぁ、捕まって…たまるかよ…待、はぁ…まってろよ。いま、食い物届けるからな…」


 大男は疲れてきたのかふらふらと心もとない走りになり自分では追いつけないと確信し周囲に呼びかける。だが、誰も少年を止めようとしない。むしろ少年の為に道を開けようとする。それは何故か。貧相な服装に体、だれがどう見ても貧民街の人間と一目瞭然だからだ。貧民街の人間に触れたくないからだ。どんな病気を持っているかもわからない。そんな危険を冒してまで止める理由がない。少年はそれを理解していたから只々真っ直ぐに走る。彼を止めるような民間人はいないのだから。


 —あと少し…あと少ししたところ曲がれば…何貧民街への抜け道が…俺たちのテリトリーが…


 開けていく道を無我無住で走り目的の曲がり角が視界に入った瞬間。少年は腹部に激痛が走り、ひっくり返るように後頭部から地面に叩きつけられ手に持っていた食べ物は全て放り出される。


「がっはぅうおえぇ」


 少年はのたうち回るような体力などなく腹を抑えうつ伏せになり腹にあるものを吐き出す。吐き出すといっても彼は何も食べてないので胃液しか出ない。それを見て周囲にいた人間が走って離れる。汚いだの病気になるなどギャーギャー叫びながら。苦しい中顔をゆっくりと上げ何があったか確認すると全身鎧フルプレートの衛兵が足を上げて伸ばしていた。ゆっくりとその足を下し近づいてくる。それに続くようにもう一人が歩いて近づく。


「きたねえなぁくそが、誰がこれ掃除すんだよ」


「知らないですよ。俺嫌ですよ」


「あ?お前やっとけよ。俺こいつ連れていくから」


「えぇ~嫌です!」


「命令だ。やっとけよ」


「こういう時だけ命令って使って…わかりましたよ。やっときます!やればいいんでしょ…はあ~」


 近づいてくる蹴りを入れたであろう上司の方の男をにらみつける。男は腰のポケットから縄を取り出す。


「なんだぁてめぇ、睨んでんじゃねぇぞゴミが」


 男は少年を三発ほど顔、体と殴り抵抗できないよう恐怖を与え縄を伸ばし少年が逃げないよう縄をかける。首に。少しゆるくはされているがそれでも少し苦しく過呼吸状態の少年にはさらに呼吸ができないため苦しく縄を外そうと必死に手を使い抵抗するも簡単に外れることはない。


「じゃあ、俺先行ってるから。お前も早く戻れよ」


「わかりましたから。先にはじめないでくださいよぉ」


「わぁってるって。待ってやるから」


 男は縄を持って歩いて行く。少年には立つ力もない為ただ首を吊られ引きずられる。苦しく必死に暴れようにも力なく苦しみの末失神する。死んだように引きずられる少年を見て。可哀想と言った同情するようなものの声はなくは衛兵に向かってさっさと連れていけ、汚らわしいなどといった言葉が投げられる。それにイラつく衛兵。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 俺は転生者だと思う。なぜ曖昧なのか、それは以前の記憶と名前がないからだ。自分がどういった人間だったか顔さえも覚えていない。あるのは地球、日本という国にいたこと。どういった国だったか、世界の国々の名前等を知っているからだ。だがそんなものは妄想なのかもしれない。

 俺に名前なんてない。物心つく前に両親は死んでおり貧民街の男に拾われた…というより連れ去らわれたというのが正しいだろうか。その男は子供で商売している。ゴミ拾いというお宝さがし、靴磨き、人身取引、売春、その他もろもろ。その男にとって子供はお金の作る道具でしかない。その為働く道具こどもたちに食べ物なんて与えるなんてことはなく、子供達が食べられるものといえばたまに残るその男の残飯かゴミ山に捨てられる料理に使われない部分の生ゴミを拾ってきて食べるだけだ。勿論そんなもの食べていたら程なくして病に罹かかり薬なんて与えられず死を待つだけ。生きるためにどうするか…俺は盗みを働くしかなかった。俺は仕事をしながら盗みをした勿論金品ではなく食べ物を。少ない食料でも皆で分け合って食べていた。子供の減りに違和感を感じたのか男にばれた。だが怒ることなく男はこう言った。「もう、お前は働かなくていい。その代わりガキどもの為に食料を盗んで来い」と。それから貧民街と城下町の抜け道を掘って作り、毎日のように盗みを続けた。金品を盗めば男から少ないが食料をもらうことができた。ちゃんとしたご飯を食べさせてあげることができ子供達が死ぬのも少なくなって少しづつ笑顔が増えていった。ばれて追いかけられることもあったがこの逃げ足で昨日までの約六年間捕まることはなかった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


「おい、起きろ」


 水をかけられて眼を覚ます。重い瞼を開き視線を動かし見る。そこには金髪の目を閉じているのではないかと思うほど細目のバケツを持った男と薄毛で剥げている髭ずらの男が座っていた。二人とも赤い服に白いラインの入った服の上に鎖帷子くさりかたびらの格好をしている


「死んだかと思いましたよ」


「息してたろうが、それに貧民街の奴らはそんな簡単に死なねえよ」


「ゴキブリみたいなやつらですもんね」


 声からして先程の全身鎧の衛兵のようだ。俺はというと手足に手枷をつけられ壁に無理やり立たされている。一体何がこの後待ち受けているかを俺は知っている。以前捕まった男を見たことがあるからだ。尋問?親を呼び出す?施設に分け渡される?働かされる?そんな平和なものならどれだけよかったか。


「じゃあ、俺からでいいですよね。嫌々掃除したんですから」


「ああ、いいよ。先は譲ってやる」


「じゃあ、遠慮なく。おらぁ」


 細目の男が思い切り振りかぶり拳を少年の腹に入れる。何度も何度も日頃の鬱憤を吐き散らし満足するまで

 色んな所を殴り続ける。口を殴られ口内を切り血が出て吐きそうになるも吐く物などなく咳き込むだけ。息がしにくく只々痛みと息のできない苦しみが続く。細目の男が満足しふんぞり返るように席に座る。


「はあ~満足満足」


「もういいのか?」


「ええ、もう拳痛いですし。いいですよ」


「じゃあ、交代か」


 髭ずらの男が立ち上がり指を慣らし少年の前に立つ。男は構えそして…。殴りを入れる。先程の男とは違いこれになれているのか一発一発を丁寧に力を入れて殴る。「あのくそどもが、衛兵をなめ腐りやがって」と殆どのことが民間人のことでストレスが溜まっていたようだ。


 こんな風に貧民街の者が捕まると衛兵どもは人権などなく容赦しない。女男子供なんて関係なくこいつらが満足するまで玩具だ。女なら犯され、男ならサンドバック。こいつらが満足すると俺達は貧民街のゴミ溜めに放り捨てられる。これまで捕まった奴らは皆、ゴミ溜めに捨てられて数時間もしないうちに死ぬ。俺ももうすぐ死ぬんだろうな。あいつらお腹空かせてるだろうし…はぁ…二度目の人生も最悪だったな…


「はあ~年取るといけねえな。もう疲れたわ」


 髭面の男も満足したようで椅子に戻っていった。意識はまだ残ってる。まだ生きられる…いや、生きてやる。

 朦朧と歪み続ける中でも意識をしっかりと保ちもう意識がないふりをする。


「じゃあ、ゴミ箱に捨てに行きますか?」


「いや、こいつは別だ」


 別!?どうするつもりなんだ…

 予想外のことに体を動かし声を上げそうになったが体は動かせないし喉がやられていて声が出ず気絶したふりを続けることができた


「別ってどうするんですか?」


「こいつがやった被害は多くてな上の方から殺して処分しとけってよ」


 殺すか…結局俺は詰んでいたのか…


「俺は嫌ですよ。やるなら先輩やってください」


「俺も嫌だよ。ストレス発散に殴って、その末に後で死ぬのはいいが。直接殺すのは別だ」


「俺も一緒ですよ」


 何かないかと考え込む二人すると髭ずらの男が何かを思いつく。


「少し手間だが少し離れた森に捨てるか、そのうち魔物か動物が食うだろう」


「いいですね。動物たちの為に餌をあげる。いいことしてる気がする」


「じゃあ、そいつなんか布で覆って隠せ。すぐに捨てに行くぞ」


「はーい、わかりました」


 細目の男が手枷を外し灰色の汚れた布を巻き付け片腕で脇に抱きかかえる。布の隙間からうっすらと外が見える。建物をでて外の地面を目にいると馬の足音がすぐそばまで近づいてくる。


「お前片手で乗れるか?」


「すみません何かを抱えて走ったことないので…」


「仕方ない俺が持つ」


 俺は髭ずらの男に受けわたされ地面が遠のき馬の前足が目に映る。


「じゃあ、行くぞ」


「はい」


 馬が走り出す。目に映る地面が次々と進んでいる光景はとてもいいものではなく、風の音が良く聞こえかなり怖い。それに不安定抱えられ方に不規則な大きな揺れはかなり気持ち悪くグラグラして頭が痛い。

 しばらく走っていると森の中に入ったのだろうか。少し音が変わると馬の動きが徐々に遅くなり止まる。


「ここらへんでいいだろう」


 髭ずらの男は布に覆われた少年を放り投げる。勢い良く叩きつけられ頭から何かが垂れて目に入り片方の視界が赤くなった。


「じゃあ、急いで戻るぞ」


「はい」


 馬が再び走り出しどんどん音が遠のいていき聞こえなくなる。少年は全身に力を振り絞り起き上がろうとする。もすぐに崩れる。


 —くそやっぱり動けねぇ。もう、このまま死を待つことしかできないのか。


 そうあきらめていると、見ている方向の大きな草が音を鳴らして揺れる。


 はあ、意識のあるまま動物に食われるのか…何に食われるのだろうか。犬?狼?熊?それとも蛇か?嫌だな…食われる音を聞きながら死ぬなんて。どうせなら今早く死なないかなぁ…。


 そして草を揺らし音を鳴らしたその主が姿を現す。ぼやけていてよく見えないがそれは人だった。薄黄色い長い髪の毛それ以外は分からない。だめだもう意識が…


「あらまぁ、可愛らしい生ゴミが落ちているわ」


「だ…が…ゴ…だ」


 この姿を見て笑いながら開口一番がそれか、こんな性悪女が助けるなんてありえない。今回こそ詰んだ。そう心の中で考えながら意識を失い眠りにつく。


とうとう死ぬのか…あいつらの元へ行くんだな俺…お前たちは早くこっちにくるんじゃないぞ…でも、本当に辛くて無理だと思ったら…我慢せずこっちにこい…ちゃんと迷わないように迎えに行くから…


 ━━━━━━━━━━━━━━━


いつも埃とカビだらけで色んな虫やネズミのような小動物が天井や壁に張り付いていおり、色々な食べ物の残りカスや生ゴミが隅に散らばっている。教室二つ分くらいのそんな部屋で閉じ込められ生活していた。男が新しく連れてくる小さな子供達は必ずと言っていい程その臭いにやられ吐き出す。縦十五横三十くらいの小さな窓のような隙間がいくつかあるが扉が固く閉ざされており風が通るわけもなく通気性が悪いため匂いが抜けることは無い。そもそも、外からもゴミのような匂いしかしない。臭いに慣れないと吐き続け生活していけない。元から貧民街にいた子供ならすぐ慣れるのだが、貧民街落ちして来る子供は直ぐに慣れるはずなどなく、酷いもので二日も経たずに死ぬ事も多いい。匂いに慣れたとしても直ぐに病気にかかって死に至る。臭い、病気以外でも冬は凍死、夏は蒸し暑さによる脱水症状による死。そして、年長である俺がいつも近くのゴミ山の近くにある死体安置所のようなところに運んでいた。


 俺は知らない部屋で目を覚ます。真っ白で綺麗な天井を見て目を覚ます。悪臭などなくむしろ心地の良い花の香りのする部屋。目を醒したのだが気持ちの良いベットと枕のせいで再び眠気が襲い俺をベットから逃がさないように誘惑する。


 ━天国にはこんなにもいいベットがあるんだなぁ


 俺はその誘惑に負け寝返りをして再び瞼を閉じる。


「やっと目が覚めたと思ったら二度寝ですか、いいご身分ですね」


 聞き覚えのある声がしてパチリと目を見開き起き上がる。そこには窓から刺す陽の光に照らされてベットの右隣にその声の主が本を開いて座っていた。薄金色の髪の毛がとても長く、橙色の瞳が宝石のように輝く。暖かそうなそんな色の瞳なのだがどこか冷たくも感じる。服装は質素で真っ白なフリルの着いたワンピースで同い年くらいの女の子がそこにいた。そして彼女に何か違和感を感じる。なんだろうこれは…。


「ここは…どこだ?」


「貧民街の貴方に言っても分からないでしょう。それより体の調子はどうかしら」


 少し馬鹿にされたようで感に触ったが命の恩人である場合があるから抑えよう。体の軸を左右に捻り背伸びなどをする。まだ少し痛い感じはするが動けそうではある。そう言えばきれいな布の服に着替えさせられているし体の匂いもなくなっていた。


「大丈夫そうね。ついてきなさい」


「ちょっ、待ってくれ」


 眠台から下りて少女に着いていく。部屋を出ると、そこそこ広い廊下に出る。と言っても人が三人横に並んで少し余裕がある程度で部屋が向かい合うよう廊下を挟むような構造だ。床は石で出来ているが壁には木半分石半分といった割合で作られている。部屋を出て二つ隣の部屋の前に立つ。その部屋の前には両端に花が飾れており、少し開けた場所で二つの降りる階段と色鮮やかなステンドグラスがある。

 その部屋の扉を彼女がノックする。


「お父様入りますよ」


「あぁ」


 ドアを開けると三つ書類の山の後ろに一人のブラウンのスーツを着た男がいた。髪は彼女とは少し違いお黄色とブラウンが混ざったような色だ。口元の髭も髪の毛と同じような色。皺などはそこまで目立っておらず若そうな人なのだが、目の下の隈がひどく少しやつれている。


「すまない、あと少しで落ち着くからそこに座って待っていてくれるか。お茶とお菓子は自由にして構わないから」


「まだ終わってないのですか」


「正直まだまだ終わる気しないよ…」


「さて、話の前に自己紹介からしようか。私の名前はヴェリシェ・クリティア」


「私はアルネア・クリティア」


「すみません名前は無いです」


 俺には名前というものは無い。子供たちからはお兄ちゃんとしか呼ばれてないし。あいつらからは「おい」やら「お前」と髪を引っ張られたり叩かれたりしながら呼ばれていただけだ。もちろん前世の記憶が無いから前の名前も知らない。


「そうか。とりあえず話のために君と呼称するがいいかね?」


「大丈夫です」


「では、君を保護してからの話をしよう。アルネアが君を運んできてから直ぐに衛兵と貧民街に調査が入った。まず衛兵の二人の休憩所を調査し職権乱用の罪、孤児院を名乗っていた男達もすぐ見つかり彼らも一時的に拘束中。誘拐やら薬物と色々な罪が出てきているからねどう裁くか審議してる最中だよ。そしてとりあえず彼らが監禁していた子供たちは保護はされている」


「そうですか…」


「ほっとしているようだが保護は一時的だ。期間が過ぎればまた貧民街に放されるだろうな」


「そんな…どうして」


「当然、君たちには身寄りがないってのもあるが、今君たちは国民として認められていない。理由は二つ貧民街で生活していたということもあるが国に必要な書類がない為君たちは国外から来た不法侵入者として扱われる。さらに君たちは窃盗をしてきただろう。子供だからと許されるわけもなく生きるためとはいえ他者の生活を脅かしていい理由にはならない。当然罪を問われ罰を与えられるだろうな」


「盗んだのは俺だ!他の子供たちに罪は無いだろ」


「そうだな、盗んだのは君だが。それを共有したのはその子供たちだ。罪に問われないなんて事は無い」


「うぐ」


「たとえ君たちに国民として認められ貧民街から出たとしよう。子供たちだけで何ができる?寝床はなく働くにも雇ってくれる場所もないだろう。どうやって生きていく」


「確かに、どうしたら」


 俺が貧民街以外で知っている所は城下町の市場付近だけだ。その城下町の人間たちは俺達の存在を毛嫌う。そんな人たちが家となるものを貸してくれたり働かせてくれるなんて考えられない。一度、子供達を孤児院のような所に連れていったが嫌な顔されながら満員で無理だと断られた。つまり俺が知ってる範囲の場所で生きていける場所なんてない。国の外の事も全く知らない。森には平原には猛獣がいるかもしれない。そんな場所に無防備で出ること自体無謀だ。


「そこで私たちからの提案だ」


「提案ですか?」


「アルネア、すまないが私は少し限界だ。話は聞いているから少し休む。自身でまとめた書類だ。君から伝えたまえ」


「はい」


 そういってヴェリシェは背もたれにもたれかかり瞼を閉じた。アルネアは机から数枚の紙の束を持ってくる。


「一億アウス」


「「え?」」


「アルネアちゃんと詳細も伝えないと…」


「わかりました。まず窃盗による食品類被害あなた達の人数を考えましたがそれでもまともに食べられた訳では無いようなのでそこを考慮し被害が出始めから昨日までの期間約六年間、そこに宝石等の被害もあったため被害総額約一千万。さらに慰謝料、一つの店だけであればよかったのですが沢山の店が被害を受けていますからね。それの総計として約一千万。そしてあなた達の精密検査及び治療費及び国民登録手続き約三百万、そして子供達には教養が国から義務付けられているので、全員合わせ約百万。衣食住の場所とし孤児施設による生活あなたの歳までと考え約六年間、そこで約一億。これが今から私達があなた達全員を引き取る場合にかかるお金です」


「一億…提案というのは」


「あなた達が私達に雇われることです。まあ、子供達に勉強させながら働かせるのは酷なのでまず年長者である貴方に住込みでこの家の従者として働いて貰います。ほかの子たちは施設の近くで軽い手伝い程度で後々働きお金を返してくれればいいです」


「従者っていうのはどんなことを…」


「それは追々説明がされるでしょう。給与は年間三百万くらいでしょう。四十年間この家で働けば約一億にはなるでしょう」


「もちろん従者だから住み込みだ、衣食住は私達で負担するとしよう。どうだろうか、君が了承するなら君と一緒にいた子供たち全員をうちの方で正式に生活できるように保護しするのだが」


 なんだこの彼らにしか損がないような提案は何か裏があるのか、だがそんなふうには思えない…。


「どうして素性の知れない俺にそんな提案を」


「そうね。貧民街更には窃盗をしてきた君を雇うなんて普通は考えないわ…だけど貴方は盗んだ少ない食べ物を子供たちに分けていた。一人だけ生きていこうとしたのではなく必死にみんなを生かそうとした。他者を思いやれる。それだけで信頼に値する価値があり従者としても問題なくこなせるでしょう。それに私達からすればあなた達子供の素性なんてどうでもいいことです」


 貴女も子供だと思うのだがそれでも彼女の落ち着いた言動からは大人のような雰囲気を感じさせる。


「わかりました。その提案を了承させてください」


「そうか、それは良かった。では家で働くのだから名前がないと不便だなどうしようか」


「御主人様達にお任せしますが…」


「どうしよっかアルネア。君の従者になるのだから君が名前を上げたらどうだい」


「そうですね」


 彼女がそう返事しお茶を飲む。これから彼女に仕えることになる。同い年位なのに大人の様に静かで落ち着きのある彼女ならそこまで大変になることはないだろう。従者とはいえ色々なカッコイイ名前が思い浮かぶ。だがこの国の特有の名前を俺は知らない下手に他の国の名前を出す訳にはいかない。どんな名前をあたえられるのだろうかとドキドキする。彼女はカップを口から離しカップを持ってないもう片方の人差し指を立て言う。


「では、ポチで」


「「は?」」


 彼女の発言に二人が反応し時が止まったかのように静かになる。え?ポチって犬の名前だよな。いやでもこの世界でも犬のことポチっていうのだろうか。普通の名前なのだろうか。いやそれより俺の名前ポチで決定しちゃうの…?そう不安になっていると。


「いやいや、それって犬の名前だよね…」


 やっぱり犬の名前なんだ。この世界でも犬のことポチっていうんだな。てかこのお嬢様従者に犬の名前つけようとしたの?それとも悪気はなく犬のような可愛らしい名前を付けようとしただけかな?そうだよね…。そうであってほしい!


「従者とは主人の下僕犬の名前で十分でしょう」


 彼女は見下す冷たい視線を向け言う。

 あ、これは知っていて本気で言ってたんだ。なんだろうこの心の痛みは…俺このお嬢様の従者になるの嫌になってきたのだが心折られそう。あれこの人さっきまで素性なんて気にしないとかなんか心の広い感じのこと言う雰囲気あったのに…。なんならヴェリシェ様に仕えたい…。


「う~ん、君の中ではそうなんだろうけど…」


「ほら、お茶会とかでほかの方たちと交流があるのだからもっと人間らしい名前を…」


「では、御父様が名前を付けて差し上げたらどうですか」


「そ、そうだな…う~む」


 困ったように深く考えこむヴェリシェ。そこまで従者の名前にこだわるものなのだろうか。まあポチという名前を否定してくれただけまともな名前は付けてくれそうで助かった。


「では、ティト。今日から君はティトと呼ぼうか」


「は、はい分かりました」


「じゃあ、雇用も名前も決まったことだし」


 そう言うと服の内側に手を伸ばし犬笛のような小さく平たい紐のついた銀のような何かを取出し小さく振って揺らす。すると鈴の様な音が鳴り響く。するとドアがノックされドアが開く。


「失礼します。お呼びですかヴェリシェ様」


 渋い声を発する老いた人が入ってきた。髪の毛は完全に白く染まっており口元の髭は綺麗に剃られている。背筋はピンと伸びており老人とは思えないがっしりとした肉体だ。彫りの深い顔立ちで皺が目立つ。


「エジット、今日から彼ティトを雇うことになった。君の新しい部下になる軽い仕事の説明と周囲の案内を頼む」


「彼をですか?ふむ…」


 老人は顎に手をやり俺を上から下に目を流し観察するように見る。何かついているのだろうか…一通り見終わり何かを理解したのか頷くように二回頭を軽く上下に揺らした。


「分かりましたヴェリシェさま。では。ティト君ついてきなさい」


「は、はい」


 エジットについていきその部屋を後にする。


 まずこの屋敷の中を案内される。玄関が広く入ってすぐに二つの階段がありすぐ正面にヴェリシェ様の執務室があり。右の方には俺たち従者の休憩室があり軽い調理場の様なものが設備されている。すぐにお茶などを用意できるように近くにしているのだろう。住込みである俺は眠っていたその部屋を使わせてくれることとなった。俺の正面の部屋がアルネアお嬢様の部屋となっているらしいお嬢様の隣の部屋に書斎となっている。なんでもお嬢様が本を読むことが好きなのだそうでその部屋にある本の九割がお嬢様の物だと。そして反対側にはトイレや物置、応接室、夫婦の部屋なのだそうだ。下の階に移り玄関をそのまま真っ直ぐ進むと大きな扉があり天井は低い方だがそこは人が集まってパーティーでもするような巨大な部屋になっていた。そしてそれ以外の部屋に一階のトイレ、大浴場、応接室、厨房にリビングと様々な部屋が並ぶ。


 外に出ると表に庭園裏に農園がある。植木や花更に水が流れている小さな池綺麗に整備がされており近くにガぜポが立てられていた。家の傍に小さな木の家の様な建物がありその中に手入れをする為の道具や植物の種などといろいろ置いてある。そして裏の農園だがリンゴの木がいくつも並んで実がなっていた。


 そして屋敷から少し離れたところに屋敷と同じくらいの大きさの客人が泊まったり休んだりする用の建物が立っていた。この屋敷の使用人はエジットさん以外に執事のロベルさん、三人のメイドと料理を担当する人がいるらしいが今日は会えなかった。これらすべての施設を整備すると説明された。


 今日は屋敷内の説明と背丈に合う服を用意するための採寸だけをしてタイムスケジュールの紙を渡され一日を終えた。


 こうして俺ティトは、ここの領主であるクリティア伯爵家の従者見習いとなり不安を抱えながらもアルネアお嬢様に仕えることになった。


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