多重人格JKに恋した結果。
皐月七海
1-1 転校生
季節は春から夏になり、衣変えを終えた学生は大胆な格好に変貌していた。男子はボタンを閉じないのは当たり前だし、女子は素足を見せびらかすように短い靴下。なんとも清純ではない青春を送っている彼らとは正反対に、きちっとした格好で僕は教室の窓側最後列からクラスメイトを観察していた。
人間観察というかなり気持ちの悪い趣味を持つ僕にとっては最高のポジション。ここならすべてを見渡せる。真面目な学級委員の山辺くんは一番前で耳栓をしながら本を読んでいるし、学年で一番かわいいと言われている常和サンは髪を巻きながら取り巻きと美容について話しているし、お調子者の古井クンは今朝提出する予定の課題をせっせと友達に写させてもらっている。
常人なら何も気に留めない日常のワンシーンも、人間観察家の僕にしてみれば貴重なデータであるのだ。勿論、このデータには視覚以外の情報も刻まれている。
夏場ということでクラス内は非常に汗臭いし、なによりガヤガヤしていてうるさい。何故こんなにもうるさくできるのか甚だ不思議でならないのだが、本人たちは自分の声で周囲のうるささに気づけないのだろう。そう、これも話し相手がいない僕にしか気づけないことなのだ。……気づきたくはなかった。
そんな短いようで長い時間も、チャイムによって終わりを告げられる。ホームルームが始まるのだ。クラスメイトは次々に自分の席へと座っていく。僕はそもそも最初から座っているのでなにもする必要なない。これが流行りの省エネである。これを搭載しているのは僕とエアコンくらいであるので、僕はエアコンと同様に利便性に富んでおり、人にとってなくてはならない存在といえるだろう。つまり、何が言いたいのかというと、僕は相当捻くれており、危険思想の人物であるということである。
静まった教室を切り裂くようにして現れたのは絶賛婚活中の女教師である南先生である。レベルは28の立派なアマゾネス。戦場は居酒屋。最近の異世界ファンタジー作品よろしく、自分の強さであるレベルをちょろまかす癖アリ。という情報を他の先生と話している内容から収集した。
「今日は転校生を紹介する」
かねてから噂されていたことだが、このクラスには転校生がやってくるらしい。伝手は常和サンで、教員らが職員室で転校生について話しているのを耳にしたらしい。そこから情報が出回っていき、隠していたわけでもないので、先生たちはうわさを認めていたのだった。
だから、クラスの雰囲気はそこまで浮ついたものになるとは思っていなかった。けれど、教室に入ってきた彼女は、引き付けられる何かを醸し出していた。これが、いわゆる魅力というものなのだろう。彼女を見るなり男子は歓声を沸き、女子は放心状態だった。
それも不思議ではない。僕も、その魅力に打ちひしがれていたから。
「東京から来ました。田中
そういって、ペコリと頭を下げた。
彼女の目は垂れ目で涙袋が大きく、泣いているかのように瞳が潤っていた。鼻は高く、上唇が細かった。丸みを帯びたその輪郭はお人形さんと称しても過言ではないだろう。肌も真っ白で黒子一つない。きっと、ひんやりとしていてすべすべな肌なんだろうな。……とまあ、詰まるところ可愛すぎたので一目惚れしてしまったのである。これからラブコメ展開にならないかと妄想したが悲しくなる。こういう女子は校内一のイケメンと恋人になるのが世の理。僕みたいな日蔭くんと話すことなんて、せいぜい課題提出の業務連絡程度だろう。
だが、神は僕を気まぐれで救ってくれたらしい。
「じゃあ、寿葉ちゃんは
そう、谷戸とは僕の名前なのだ。クラスメイトが僕に視線を向ける中、僕だけが彼女を見ていた。
歩く姿までも凛としていて、常和サンが霞んで見える。
「よろしくね」
「よ、よろしく」
向こうから接触。無視はよろしくないしこちらとしては話したいのでお返事。反応としては及第点だろう。良くはなかったが、好感度が下がることはないハズ。
なにか、話しかけるべきか。ここで終わっておくべきか。といっても何を話すのか。「好きな音楽は何?」とか。いやまてよ、話を繋ぐ自信がない。僕が好きなのは女の子が好きじゃなさそうなバンドだし……。それによく考えてみたら、近くの奴から「谷戸の奴、なに狙ってんだよ」なんて思われたら嫌だし。
彼女は僕と一通りコミュケーションを終えたとばかりにニコッとして前を向いた。その際にいい香りがした。これが巷で噂のフローラル? あざとくて結構。しかしね、男の子はそんな単純な仕草にもグサッとハートを射抜かれるんですよ。
そのあとの授業は、隣を気にしすぎてろくに集中できなかった。
多重人格JKに恋した結果。 皐月七海 @MizutaniSatuki
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