第8話 アンネラ王女救出作戦!
決してブレることなく赤い光をたどっていく。一体どこまで続いているのだろうか。集中力が削られていくため、いったん深く息を吸い込み自分を落ち着かせた。
すると、赤い光の先に大きな光が浮かんでいるのが見えた。どうやらゴールにたどり着いたようだ。目をつむり、その光の内部に俺の意識を侵入させた。
途端に目の前が明るくなり、アンネラの思い出が走馬灯のように次々と俺の中に流れ込んでくる。俺はアンネラの精神世界へと入っていった。
――なぜだ!なぜ我とクロエからこれほど魔力の低い子が生まれるのだ!――
若き日のレオンザード王が見えた。どうやらアンネラが生まれて間もない頃の記憶のようだ。本人は覚えていないだろうが、これはたぶん記憶の深層にあるものだろう。
――まぁまぁ。もうすでにフアナがいるのですからそれほど大きな力を持つ子など望む必要はありませんわ。――
――しかしだな、クロエよ!このような子が我がクロワール家にいると判明したら攻め込んでくる国も多くなるぞ!――
若きレオンザード王もお家柄という”役割”に過ぎないものに憑りつかれていたのか。どうしてこうも人間は無駄な”役割”というものに固執するのだろうか。役割よりも、自分が自分であるということをつき詰めていくべきだ。
――ママ。私は産まれてきちゃいけない子だったの?――
――そんなことないわ、アンネラ。あなたは私の自慢の娘よ。たとえ魔法が上手に使えなくたって、あなたはあなたらしさを磨けばいいのよ。――
これが普通の親というものか。俺には分からないものだな。だが、このクロエという人物は人間の行うべき真理に気づいている。少なからず理にかなった人間だ。
――パパ、見て見て!今日は魔法できれいなお花を咲かせることができたの!これをママにあげるんだ~。――
――そんなものなんの利益にもならん!もっと国のためにできることを身に着けろ!――
小さなアンネラの手に握られていた綺麗なオレンジ色の花は父レオンザードの手によって振り払われ、地面に落ちた。こればかりはレオンザードの言うとおりだ。花は売っても金にならないし、何のメリットも生まれない。ただ、綺麗なものとして、それを用いて人の感情を動かすことはできるが。
その場を離れていくレオンザード王の背中をただ静かに泣きながら見つめる幼きアンネラ。彼女の涙は地面へと滴る。空虚な彼女の心を表すかのように、ただむなしくその場に残ったのは地面に落ちた一輪の花と彼女の涙だけだった。
次に映ったのは、寝室で横になっている母クロエの姿を見つめているアンネラ。しかし、この記憶はかなり乱れており、若干ノイズが入ったような感じだ。
――どうして!どうしてママが……に……されないといけないの!?――
――ねぇ、ママ起きてよ!教えてよ!――
これほど泣きじゃくっているアンネラの姿を見るのは初めてだった。何かの理由を問いただそうとしている。俺の見た感じではクロエは亡くなっている。この時のアンネラはおよそ十歳ごろといったところか。
――全部、パパのせいだ…!パパがママを殺したんだ!――
アンネラは気づいていないようだが、体から真っ黒なオーラがあふれている。特に胸辺りから強く、濃いオーラが放出されているように見えた。
このオーラはおそらく……。
そして場面が変わり、今のアンネラとほとんど同じくらいに成長した姿が映し出された。
――クロム様。私、強くなりたいです。魔力がもっともっと欲しいです。――
――そのために私は来たんだ。しかし、私よりもフアナ王女のほうが魔法に関しては知識がありそうだがな――
――フアナ姉さまはずっと戦争の道具としてパパに使われています。私はもう何年もお姉さまとはお会いしていないのです。――
これは、俺が初めてアンネラに会った時だ。レオンザード王が魔力底上げの講師として、俺をアンネラに紹介してその場を去った直後に行なったやり取りだ。この時まさか、本人の口から強くなりたいと言われるとは思っていなかったため驚いた記憶がある。
この後はしばらくの間、俺もといクロム・ノワールとアンネラのやり取りの記憶が映し出された。アンネラにとって本気で魔力を上げたいと思っていたのだろう。
しかし、わずかながら魔力を上昇させることはできたものの、レオンザード王の満足する魔力まで上げられず、アンネラは処刑されることが決まった。
――クロム様。無理なお願いは承知しておりますが、どうかお願いさせてください。この私をここから逃がしてくださいませんか。私にできることであればなんでも致します。どうか、どうかお願いいたします。私にはやらねばならないことがあるのです。――
王女から深々と頭を下げられるのは、二度目だった。一度目はアンネラではなかったが。俺にとっては利益がある話なので、この話を承諾した。そして、処刑日当日の夜。普通ならば処刑は早朝に民衆の前で行われるが、ずっと存在ごと隠されてきたアンネラは夜に執行されることになっていた。秘密裏に行われるため、アンネラの部屋から処刑場まではあの神殿騎士団長ベルナルドが単独で連行することになっていた。そのため俺はその隙を狙った。あらかじめアンネラには麻痺効果のあるステッカーを作成し渡した。これもモンスターのドロップアイテムから作ったものだが、貼った瞬間にその対象の身体に持続的な痺れを付与するものだった。
そして満月がきれいに光り輝いていたあの夜、アンネラは俺の指示通りステッカーをベルナルドに貼り付け、逃げ出したのだ。あの日は極秘の処刑が行われるため、万一にでもアンネラの姿が見られないように、王宮の見張りはほとんどいなかったため、容易に抜け出すことができた。彼女は俺の指示した通り、
そこまで記憶の走馬灯が流れ、白い光は弱くなり消えていった。すべてを見終えると、真っ暗な精神世界の空間に一つだけ赤い宝玉のようなものが宙に浮いていた。俺は
ゆっくり目を開けると、まだ静かに呼吸をしながら横になっているアンネラの姿が目の前にあった。どうやら俺が集中している際に眠ってしまったらしい。
空を見上げるとすっかり夕暮れになっていた。このまま眠り続けられると誰かに見つかってしまう可能性があるため、起こそうと肩を揺らす。
「アンネラ。起きて。…起きろ!」
はっと目を開けるアンネラ。瞳は心なしか涙で満ちているように見えた。まさか、俺が見ていた光景と同じものを見ていたのだろうか。寝起きの目をこすりながら上体を起こすアンネラ。
「ごめん。途中で寝ちゃったみたい。紋章は消えた…のかしら?」
そう言うと俺の目の前で堂々と首の襟元を伸ばし、自分の胸元に視線をやるアンネラ。後でとやかく言われると面倒なので、後ろを向いておいた。
「一応は成功したはずだ。確認してみてくれ」
街の防壁を見上げながら、次の予定を考えていた。あと一手順でこの計画も終了だ。
後ろからトントンと肩をたたかれたため、後ろを振り向いた。
「消えてる……。あんなに大きかった紋章が消えてるわ!」
よっぽど嬉しかったのか、今日の緊張から完全に開放されたからなのかは分からないがここ最近で一番の笑顔を見せた。
「これで君は完全に自由だ。あとは君のしたい通りに行動するといい。その代わり、アンネラの持っている王族証明書をもらいたい」
「…こんなのでいいの?でも、あなたが持っていても何も得することなんて…」
そういうと首から下げている大きな赤い宝玉の入ったネックレスを首から外す。そう。彼女と初めて出会った時からつけているこのネックレスこそが王族証明書。この王族証明書も不思議な力を持っており、王族、つまり護衛者の一族から子が生まれた時に親の宝玉から一部分離されるという。その仕組みは分かっていないが、そうやって代々この宝玉を引き継いできたらしい。
「アンネラは分からないかもしれないが、その証明書には検問などを素通りできるし、ある程度の地位が証明される。それが俺には必要だ。だから君に手を貸した」
そう伝えると、ふ~んそんな効果があるのね…とつぶやき、ネックレスを俺に差し出す。受け取ろうと手を伸ばすと、アンネラはその手をつかみ、自分のほうへ引き寄せた。
「お願い。こんなわがままばかりで申し訳ないと思うけど、私もあなたと一緒に同行させてくれないかしら?こんなところで自由って言われても私、ずっと王宮にいたから何もわからなくて」
「断る。俺にメリットがない。ここまで手伝ったのはあくまでそのネックレスのためだ。君のためじゃない」
「分かってる!でも…、なぜかあなたについて行かなければならない気がするの。それに渡せるものはあるわ」
アンネラは自信満々に言うと、ネックレスを握りしめ自分の胸に近づけた。
「このネックレスは確かに王族の証明になるわ。でもね、王族はまず単独行動なんてしない。仮にあなたが単独で動く気ならやめておいたほうがいいわ。盗人と間違われて捕まるのがオチよ」
それは俺も分かっていた。しかし、俺は単独でそれをどうにかできる策を用意してある。ここでアンネラの要求をのむ必要はなかったが、彼女の中で見たクロエの記憶に引っかかる部分があるため、あえて要求をのむことにした。最悪の場合、身代わりなどにも使えるだろう。
「分かった。その代わり、その姿で移動するのはやめてくれ。せめて身なりを変えてくれないと同行はさせられない」
「そんなこと言われなくても分かってるわ」
そういうとアンネラは俺の腰にある虎徹を貸してほしいと要求したので渡すと、長く綺麗な金髪を自分の首元くらいの長さにそろえて切り始めた。
「まずは、こういった簡単なところくらいしか変えられないけど」
虎徹をそっと返してくるアンネラ。俺は虎徹を鞘にしまい、彼女の相当な覚悟を受け止めた。
「君の覚悟は受け取った。ただ、もう少しだけここで待機してくれ。最後にこの町で俺が単独でやらなければいけないことがある」
「分かったわ。待ってる。でも、絶対ここへきてよ?置いてかないでね?」
そ俺に置いていかないように念入りに確認するアンネラ。あまりにもうるさいので、ネックレスを彼女に渡しておいた。受け取った彼女は安心したのか資材の隙間に身をひそめた。紋章も消えて生存反応もなくなったアンネラは別に身を隠さなくてもよいが、余計なトラブルを避けるために万全を越したことはない。隠れた場所を確認し、王宮を目指すために歩き出す。
「アンネラ!君の母親は君を一番に考えていた!よく感謝しておけよ!」
「ちょっ!?どういうこと?なんであなたがママのことを…」
俺は伝えなければならないことを大声で叫び、その場を去った。何かアンネラが言っていたような気がするが、何も聞かず急いで王宮へと向かった。もちろん、クロムの仮面を持って。
母親のことを伝えるなんて俺の行動規範に背いたような行動だが、なぜ俺がこの行動をとったのかは自分でも分からなかった。ただ一つ、俺の頭の中にはあの日の出来事が思い出していた。アンネラの亡き母であるクロエの私室に入った時の日の出来事を。
俺はそこでアンネラの魔力が少ない理由を偶然見つけた。ただ、この出来事は今深く思い出す必要はない。今は王宮へ急がねばならない…!
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