第7話 決着!!~反撃開始~
土の悪神といわれているティアマット。奴の身体は堅いうろこでおおわれており、並大抵の攻撃ははじかれてしまう。また、爪の毒はかすっただけで、ものの3分であの世行きになる劇毒だ。加えて、口から放たれる黒炎はあらゆるものを焼き尽くし、通常の炎までも焼いてしまうという性質があるという。
そんなティアマットにも弱点は存在する。奴は悪神ゆえに、聖なる力に弱い。その硬いうろこも聖なる力の前では瞬く間に機能を失い、簡単に身体内部まで攻撃を届かせることが出来る。
(そろそろ反撃と行こうか…!)
目の前に広がる黒炎に対しては、有効な対処法を思いついていた。ティアマットは炎を履いている間、他の攻撃は行えない。俺はこのチャンスを待っていた。
二人の目がこちらに向いているため、瞬時にアンネラの石化を解く。正直賭けにはなってしまうが、これが成功すれば一発形勢逆転だ。
楽しくなってきた!
「
ベルナルドの鎧を溶かし、ヤツの身体まで刃を届かせた攻撃を行う。この紅一閃は一つ特徴があり、炎をも引き裂くことが出来る。この
目の前の黒炎を切り裂き、俺は大きく上方へ飛びあがり、ベルナルドのホーリーボルグもとい光の剣を避けた。
奴が光属性で形成しているのは“剣”という無機物だ。俺が唱えた“白狼”のように追尾は出来ない。
俺を目指してきた光の剣はそのままティアマットの身体に直撃し、グォォ…、と苦しそうな声を出した。光も聖なるものに分類される。当然ティアマットには弱点となるわけだ。
「しまった!ティアマットが…!」
慌てふためくベルナルド。まさか、自分の唱えた魔法が自分の召喚獣に直撃するなど思ってもいなかっただろう。奴にしてみれば、ついさきほどの俺は完全に袋のネズミだったのだ。
ここで、焦っているベルナルドを尻目に更なる追撃を加えるため、両手に魔力を込める。
奴はもう完全にアンネラの事など眼中にない。
「
ティアマットの硬いうろこに突き刺さり、うろこと虎徹が拮抗する。
ミシミシと音を立て、徐々に虎徹と一心同体になっている俺の身体がティアマットの身体にめり込んでいく。その様子を見ているベルナルドはティアマットが押されているこの状況に絶望して啞然としていた。
あと一押し…!圧力を虎徹の先端に集めるように、ただ切っ先のみに集中して力をこめる。
その瞬間、虎徹を押し返す力がなくなり、俺はそのまま突き抜けた。
ドパン!という音と共に俺は地面に着地する。後ろを振り返ると、そこにはただ立ち尽くす首のない大きなドラゴンの身体と、その傍らにドラゴンの頭が地面に落ちていた。
ゆっくりと倒れる身体。この場にいる俺以外の二人は何が起こったのか分からない様子だ。
ズシンという音をたて、体が地面に倒れきると地面がほんの少し揺れる。その揺れで、アンネラとベルナルドはハッと我に返った。
「そ…そんな馬鹿な。召喚獣が人ごときにやられるなど…」
まるで化け物でも見ているかのように、体を小刻みに震わせながら俺を見るベルナルド。ここまで自分の戦闘力を高められたのは他でもない。魔力の扱いについてフアナ第一王女に指導をしてもらったからだ。彼女と会っていなければ間違いなく今ここで俺は死んでいただろう。
死という絶対不変の存在に高揚する。命を懸けた戦いほど興奮しないものはない。
ひとまずアンネラのもとに戻ろうとすると、俺よりも近くにいたベルナルドが渾身の力を振り絞り、彼女の背後に回り首元に大剣の刃を当てた。
「なんのつもりだ。この期に及んで、まだそんな卑怯なことをするのか?」
「う、うるさい、だまれ!俺は絶対にこの王女を捕らえねばならないんだ!」
今この場では殺せない事情でもあるのだろうか。アンネラを人質のように捕らえて俺に交渉を持ち掛けた。
「どうだ?金ならいくらでも払う。だから、ここで俺を見逃してくれ」
「……いくらだ」
俺の返答にアンネラは大きく目を見開いていた。思いがけない俺の返答に驚いているようだ。
「よ、よし。それなら、500万ギルでどうだ?このくらいあれば当分の間は生きていけるだろう」
俺が交渉に乗り気だと勘違いしたのか、安心して余裕が出てきているようだ。いかにも悪役ですというような笑みを浮かべてこちらをじっと見つめている。
しばらく考え込むふりをする。実際のところ、ここまでくれば後はアンネラを死守するだけでまとまった金は入ってくるため、金には興味がなかった。
「話にならんな。それに…」
大きく首を横に振り、やれやれと言った感じで断った。そして俺がクロム・ノワールとして初めて出会ったときから感じていたことをぶつける。
「あんた、可哀そうなやつだな」
まっすぐベルナルドの瞳を見て言い放つ。アンネラはもうどうにでもなれと思っているのか、静かに目を閉じている。
「かわいそう?俺が?俺は王の横で護衛を任されている神殿騎士団長という役割を持っている。お前らみたいな冒険者のほうが惨めで可哀そうだと思うが?」
このベルナルドという男はどういった場面でもすぐに“
ベルナルドだけでない。人間は与えられた地位が高ければ高いほど、自分という存在の価値をどんどん見誤ってしまう。まるで役職にとらわれた亡霊のごとく、慢心し尽くしてその人の価値を落としてしまう。
「お前はそうやって神殿騎士団というただの役職に過ぎないものに踊らされてるから可哀そうだって言ってるんだよ。お前は自分を高貴なものだ、強いやつだと自分に言い聞かせるためにそうやって事あるごとに、“神殿騎士団”という言葉を発して自分を保っているんだろう?」
図星を突かれたのか、何か言葉を発しようとして途中まで開いた口を静かに閉じる。徐々に目線が下に落ちていく。
「それで今度はレオンザード王からアンネラに関する命令が出たため、自分を保とう、これ以上名誉ある地位を落とさないようにしようと奔走している。そうして挙句の果てに王からの命令が正しい、正しくないという判断もできずにただただ命令を全うする能無しに成り下がっていくんだ」
「お前に…何が分かる!!」
グッと歯を食いしばり、うつむいていた顔を勢いよく上げるとアンネラから離れ、一直線にこちらへ向かってきた。大剣を構えながらただ速く、ただ真っすぐに。
俺はベルナルドの大剣を狙い、虎徹に力をこめる。さすがにベルナルドを殺してしまうことはこの王都アウジールという街全体を敵に回しかねないため、完全に戦意を失わせるよう攻撃を仕掛ける。
ベルナルドは大きく振りかぶり、俺の胴体めがけて薙ぎ払いをしてきた。すぐさま虎徹を順手から逆手に持ち替え、下から突き上げるようにして大剣の刃を受け止める。刃と刃がぶつかり合った音が周囲に鳴り響いたと同時に、金属同士の衝突の音よりもはるかに鈍い音が響いた。
ベルナルドの大剣は、持ち手の柄の部分だけになり、刃の部分は見るも無残な形でばらばらに砕け散っていた。
がくんと膝をつき打ちひしがれるベルナルド。自分の直さなければならないところを言われ、武器も壊された彼の心はすでに戦意喪失しているだろう。
「今のお前じゃ俺には勝てない。役職ばかり気にするのではなく、自分の腕前をもっと磨け。そうして、自分の地位に負けないくらいの腕前になって初めて自分を誇り、褒めて、周囲に誇示することが出来る。そうすればもっともっと心に余裕が出来る」
そっと虎徹を腰に携えている鞘へとしまう。ベルナルドは体勢を変えずにそのままの状態で俺の言葉をただ静かに聞いていた。
いつもの人通りの少ない静寂な空間へと戻ったかと思えば、ベルナルドが静かに問う。
「お前は何者なんだ。初めて会った俺の事をそこまで冷静に分析できるなんて…まるで自分の事かのように理解出来ている。なぜだ?」
ゆっくりと立ち上がるベルナルド。俺もあったばかりの人の事を理解しきれるほど、神じみた真似は出来ない。彼にとっては今日が初めてでも、俺にとってはもう何十回と彼の姿を見ているのだ。
そして俺は静かに自分の右手に魔力を込める。右手の握りこぶしが青白く光りだす。
ベルナルドはそれを見ても何かしようとはしてこなかった。完全に戦意を失っている。
「またいつでも出会った時には相手になってやる。ひとまず、今日は王に“アンネラの護衛”に負けたと報告するんだな。それで地位を剥奪されたならば、また這い上がってくればいい」
左手を前に突き出し、右手を大きく後方へ引く。攻撃の構えをとってもまったく動じないベルナルド。完全なる敗北にただ立ち尽くすかのように、茫然としていた。
「また会おう」
「
大きく後方へと引いた右手を勢いよく前に突き出す。
そして、その右手がベルナルドの腹部にあたる直前、なぜか彼の顔が少し笑っているように見えた。
身体ごと大きく投げ飛ばされるベルナルド。死には至らないだろうがかなりの深手となるはずだ。あれほどの鎧を着こんでいたにもかかわらず、地面に落ちた際に少しだけ土埃が舞い上がるだけだった。ズサッという簡素な音だけが聞こえ、その後はピクリとも動かなかった。
全てが終わりアンネラのもとへ駆けつけると、彼女もまたベルナルド同様ただ茫然と立ち尽くしていた。神殿騎士団長は間違いなくこの王都で五本の指に入るくらいには強い。それをどこの馬の骨かも分からない冒険者が倒してしまったのだから無理もない。
少し体が震えているようだったので、近くの資材に多い被っている大きな布を引っ張り出し、それを地面にひいた。その上にアンネラを座らせ落ち着かせようとした。
座るや否や、この戦闘で最も気になっていたであろうことを訊ねてきた。
「あなた強いのね…。あのベルナルドをここまで容易くねじ伏せられるなんてフアナお姉様以外見たことがないわ。それで…一つどうしても教えてほしいのだけれど、あなたが戦かっている際に使ったあの“白狼”という魔法。あれはどう見てもクロム様の魔法だったわ。あなたは……もしかして……」
「誰かと間違えているようだけど俺はそのクロムとかいうやつではないよ。たまたま同じ魔法を使ったんだろう」
話の途中で食い気味に否定されたため、期待していたことではなかったと理解したのか肩を落とし残念がるアンネラ。
アンネラはクロムの事を慕っている。それはあの魔力上昇の為にアンネラの部屋に入り浸っていた時から分かっていたことだ。
――クロム様は本当にお優しいのですね。こんな私に毎日毎日素敵な魔法を教えてくださるなんて――
――君は間違いなく魔法の素質はある。ただ、今は眠っているだけなんだ。何らかのきっかけがあればそれは目を覚まし、大きな力を君に与えるだろう――
――そうなのですか?…でも、私は力を持ちたくありません。きっとフアナお姉様のように戦争に使われるだけなんだから……。どうせならここまで指南していただいたクロム様の為に使いたいな――
別に彼女に真実を話してもよいが、俺がこの街を出るまでは話したくなかった。どこから情報というものは漏れるか分からない。日本でも盗聴器というものがあったように、言葉を口に出した瞬間から、それはこの世界に存在したことになり、意図していない相手に伝達する恐れがある。
そして、事はまだ終わっていない。
ベルナルドという王宮からの追手を処理しただけで、まだ根本的な解決は出来ていない。それを解決すべくアンネラに提案する。
「アンネラ。今、ここで少し横になってくれないか?」
どうして?と不思議そうに首をかしげるアンネラ。しかし、ここまで守り切った俺の事は完全に信用しきっているようで、静かに体を横にする。
「これでいい?」
腰の鞘から虎徹を引き抜き、横になった彼女の身体の胸の間に刃を突き立てた。虎徹に目をやると、みるみるうちに顔が青ざめていくアンネラ。
「ちょ、ちょっと冗談でしょ?ここまで守ってくれたのに、何をしようっていうの?」
「今から君を完全に解放する。君は今生きているから王家の紋章によって生存反応が王宮へと伝わっているはずだ。これじゃいつまでたっても君は自由になれない。逃げても逃げても捜索され続けてしまう」
なんのために王宮の書庫に足を運んだか。もちろん魔法を習得するのが第一優先だったが、それとほぼ同じくらい重要な目的として、王家の紋章に関して調査を行なっていたのだ。
王家の紋章は、千年前に七英雄の護衛を任された一族に与えられた称号の事だ。七英雄が復活した際に、護衛だとすぐわかるようにつけられたものらしい。それを解除、もとい解呪する方法はとても複雑で並大抵の魔術師が出来るものではなかった。しかし、俺にはベルナルドとの戦闘で最後に放った、
もともとこれは、この王家の紋章を解除するために編み出した技だ。試したことがなく、あくまで俺の仮説だが、王家の紋章はアンネラの体の内部のどこかとリンクしている。その内側の繋がりさえ切ってしまえば、正しく機能しなくなると考えている。切った後どうなるかは分からないが、これに賭けるしか彼女を救うことが出来ない。
「まさか、王家の紋章をどうにかしようっていうの!?無理よ、あれだけはどうやったって取り除く事なんてできないわ!」
「複雑な構造を取っていることは知っているよ。だから、今から君の胸の間にあるきれいな赤い紋章から魔力を通じてたどり、君の身体の内側から破壊する」
何かを思い出したのか急に顔が赤くなるアンネラ。
そう。あの着替えを覗いた事件は偶然でもなく、俺が狙って行なったことだ。アンネラはすごく綺麗好きな性格の為、王宮にいるときから起床時と就寝前にしっかり入浴していた。それを知っていたからこそ、あの日ノックもなしに部屋に入った。まさか、運よくちょうど着替えている場面に遭遇できるとは思ってもいなかったが。もし入浴中なのであれば、誤って侵入した振りをして確認する、入浴後なら作成した黒ローブを着替えている際に、誤って着替えている部屋に入ってしまい確認するという算段だった。
王家の紋章は身体のどこかに家紋を示すマークが出てくるそうだ。その出てくる部位は人によって異なるらしい。しかし、唯一顔には現れた前例がないと王宮の書庫にあった古い本に記載されていた。まさか胸の間にあるとは思いもしなかったが。
「ま、まさかあなた……あの時見たのね?変態!そんなところに気づくなんて、はなからそこを見ようとしていた証拠じゃない!」
腕を胸の前で交差し、必死に隠そうとするアンネラ。正直体の部位には興味がなかったが、あれほど大きな赤い家紋が胸の間から広がっていたら誰だって気づく。
「それはきちんと謝ったじゃないか。それより、もう始めるよ?もうすぐ夕暮れだ。そうなれば多くの冒険者が戻ってくるから、いくらこことはいえ人通りが増える」
ごくりと生唾を飲み込むアンネラ。大きく深呼吸をして、心の準備をしている。今から行おうとしていることは一寸のズレも許されない。少しでもズレてしまうと彼女の臓器、神経、血管に触れてしまう。そうなれば致命傷どころか最悪彼女を本当に殺してしまうことになる。
俺が彼女をここまでして救いたいのは、この先の俺の旅で彼女が必要となるからだ。まがいなりにも彼女は王族であるがゆえに、国境をまたぐ際や街に入る際に行なわれる検問をパスすることが出来る王族証明書というものがある。これを用いれば持ち物の検査や、素性がハッキリしていなくても、従者だと進言すれば付き人も同じ条件で通過できる。
そして俺はあの謎を解くために各街を訪れ、全ての七英雄の護衛者に会わなくてはならない。
そのために素性がハッキリしていない俺が旅をするには彼女が必要だ。
深く息を吸い込み、虎徹を握っている両手にのみ集中した。アンネラも覚悟が決まったのか目を閉じていた。
「いくぞ!」
ゆっくりと虎徹を彼女の身体に向かって振り下ろし、ちょうど先端が彼女の胸の間に触れたかというところで俺も目を瞑りながら、魔力を一気に放出する。
「
真っ暗だった目の前に青白い光と赤い光が見えた。青白い光は俺が動かしている魔力の塊。赤い光が彼女に付与された王家の紋章という呪いの道筋。
寸分のズレもなく、最大の注意を払い彼女の深部へと進んでいった。
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