第6話 VS神殿騎士団長ベルナルド
王都アウジール……菱形にかたどられたこの街は王宮を菱形の最上の点に置き、市街地が広がっている。街は壁で囲まれており、外から入るには王宮と真反対の頂点にある関所を通るしかない。ここまで厳重にする理由としては、モンスターの侵入を防ぐためである。それゆえにここの壁は高く厚い構造になっている。定期的な補修を行うべく、内側の壁付近には、多くの資材が置かれており、特に何もないため人通りは少ない。
その資材置き場となっている付近でひときわ大きな音が鳴り響く区画があった。
「その挑発の仕方、どこぞの胡散臭いやつにそっくりだな。まぁいい。お前はとにかく死にたいようだ」
ベルナルドの大剣を握っている両手が白く輝きだす。間違いなく何かの魔法だ。だが、魔法に精通しているわけではないため、それが何の魔法なのか見極めることは俺にはできない。ひとまず、距離を取り攻撃に備える。
「コーディネーション!」
呪文を唱えた途端、ベルナルドは地面を勢いよく蹴り、すごいスピードでこちらに向かってくる。動き方を見ると、何やら足部に魔法処理をかけているような感じだ。
何よりきついのは俺が取れる選択肢の中に攻撃回避という選択肢がないことだ。アンネラを守りながらの戦闘の為、攻撃を受け止めるしかなく、じりじりと体力を削られてしまう。
迫って来るベルナルドに対して、俺も手を打った。
「
身体の周りに自分の気を集中させ、防御力を大幅に上げる。
ベルナルドが振り下ろす大剣に対して、すかさず左手を出し、刃を受け止める。
「な、なに!?貴様一体どんな術を使って…」
素手で大剣を受け止めるなど正気の沙汰ではない。しかし、今の俺ならば難しいことではない。
相手がひるんでいるため、すかさず攻撃に転じる。
「
右手で持っている小刀、
ちょうどベルナルドの胸部をかすめた。切っ先がかろうじてベルナルドの皮膚まで届いたというところか。ベルナルドはすんでのところで後方へ下がる。
虎徹がかすめた傷に触れ、その傷口やきれいに切れている鎧の断面を見ると、みるみるうちに先程の余裕がベルナルドから消えていく。
「冗談だろ…。この鎧、高純度のミスリル製だぞ?貴様、只者じゃないな?」
「俺は普通の一般市民ですよ?」
俺の皮肉じみた回答を聞いたベルナルドは少し笑みを見せながら大剣をしまい、両手の掌を俺に向けるように構える。
「近接特化の冒険者か…。物理防御に強いようだが、これはどうだ?」
そういうと今度は先程とは違い、両手から魔法陣が浮き出る。何かの呪文を再び唱えるようだ。
「ホーリーボルグ!」
魔法陣から次々と光の剣が放たれる。なるほど。最初に唱えたコーディネーションという呪文は、呪文の処理を複数施すための強化呪文だろう。現に今、おそらく光系の魔法と物質を構成する構築系の魔法を同時に処理している。
魔法は基本的に一つの処理しかできない。そのため、炎と雷、水と風といったように二つの属性を操ることは困難だとされている。
この時点でベルナルドはかなり高位の魔法を操れることが確定した。本職はひょっとして魔導士か?
「
ベルナルドの飛んでくる光の剣にたいして、俺はすかさず左手を構えて呪文を唱えた。累積処理とは、字のごとく脳に繋がる神経のシナプスに影響を与え、複数の処理を同時に行なうことが出来るように強化する魔法だ。魔法とは俺もサーラさんに習った時に感じたが、ちょうどピアノを弾くような感覚だ。魔法にはそれぞれのリズムがあり、それに合わせて力をこめる。そのため、同時に処理するためには異なるリズムを両手で刻む、ピアノを演奏するかのように力に抑揚を与えなければならない。
そして白狼は字のごとく、白い狼を作り出す。つまり、氷属性の魔法を放出する際に構築魔法で形や動きに狼を模す。この白狼は目標まで追尾していくため、ベルナルドの無作為に飛んでくる光の剣を防ぐためにはもってこいの魔法だ。
ベルナルドの光の剣と俺の氷の狼がぶつかり、あたりに魔法衝突の衝撃が広がる。
相手の攻撃がやむまで、俺も白狼を唱え続ける。一瞬でも気を抜くと相手の攻撃がこちらに飛んできかねない。
すると、俺の後ろにいて腰を抜かしていたアンネラが急に立ち上がり、俺の背中まで歩いてきた。
「その魔法は…クロム様の魔法じゃ…」
俺は
「アンネラ!俺から離れるな!そのまま後ろにいろ!」
恐らくこの戦いでアンネラには俺の正体がバレてしまうだろう。だが、この街を発てば関係なくなる。
アンネラは俺の背中に隠れるように縮こまる。アンネラが動けるようになったのはかなりおおきい。このチャンスを活かさない手はなかった。
「
加速魔法をかけ、一瞬でベルナルドとの距離を詰める。
しかし、ベルナルドが攻撃の手を止めたのは罠で、俺が目前まで迫ると地面に手をかざした。土が円錐状になって襲い掛かかってくる。
瞬時に
それを見たベルナルドはチャンスといわんばかりにアンネラめがけて走り出した。
(しまった…俺をアンネラから隔離するための罠か!)
アンネラに側を離れるなと自分から言ったにもかかわらず、俺が離れてどうする。
ベルナルドに対する恐怖からなのか、アンネラはピクリとも動かず、ただその場で立ち尽くしていた。
俺は空中で体制を整え、アンネラに攻撃を仕掛けるベルナルドを目標に構える。
「
胸の前にレイピアのごとく突き出した虎徹が一瞬でベルナルドの背中を突く。今度は厚い鎧でも貫けるように相当な力を込めた。
急所はズレたものの、背中にはまるで銃で撃たれたかのような穴がぽっかりと空き、血が鎧を伝い、地面へと流れている。
すぐさまアンネラをかばうようにして立ち、虎徹をベルナルドのほうへ向ける。
「神殿騎士団様はそんな小汚い戦い方しかできないんですか?」
深手を負わせられたようで、俺の目前で膝をついて呻いているベルナルドをさらに挑発する。
それを聞いたベルナルドは怒りを露わにしながらゆっくりと立ち上がった。
「貴様…!言わせておけば…!!」
歯を食いしばり必死に痛みをこらえている。あと一撃加えられれば戦意を失わせられそうだ。しかし、ベルナルドも自分の立場が関わっているため、そう簡単には諦めない。改めて距離を取るため後方へと下がる。
「おいおい。また逃げるのかよ。そうやって俺が近づいた際にはさっきみたいに出し抜こうとするんだろう?」
実際ベルナルドの選択は正しい。おそらく神殿騎士団は魔法と剣術を組み合わせた、いわゆる“魔法剣士”のようなものだろう。強い者同士を掛け合わせると強いものは生まれやすいが、反対にどちらも、もしくはどちらかが中途半端になる可能性が極めて高い。
恐らくベルナルドは魔法のほうが得意だろう。現に、何やらまたぶつぶつとつぶやいている。
魔法は詠唱中が弱点になりやすい為、攻撃を仕掛けたいところだが、相手がどんな攻撃か分からない以上、下手に動けば今度こそアンネラに危害が及ぶ可能性があるため、簡単には動けない。
呪文の詠唱が終わったのか、笑みを浮かべこちらを見る。大剣を前に突き出し、高らかに叫ぶ。
「来たれ!ティアマット!破壊の限りを尽くせ!」
構えた大剣の先に、大きな魔法陣が現れ、視界を埋め尽くすような大きな竜が姿を現した。
(召喚魔法か…!こんな奥の手を隠していたとは)
召喚魔法とは、この世界の魔法を顕在化するための魔力をつかさどる神、もしくはそれ同等の生き物を呼び出し、使役する魔法。習得するには、実際にその使役するものと対峙しなくてはならないため、この魔法だけは俺も習得できていない。
召喚されたものは自律的に動き、召喚者の命令を遂行する。今の状況は半ば二対一となっている。完全に不利な状況だ。
アンネラを守りながらこの二人を相手にする…さすがに不可能だ。
(賭けるしかない。)
再びアンネラのもとから離れ、召喚されたティアマットに向かって駆け出す。その際にアンネラに保護魔法をかける。
「砂塵堅塁・
アンネラの周囲にある土が彼女の身体にまとわりつく。突然のことに驚いたアンネラは、抵抗をするが、それもむなしく身体全身は砂で覆われ、次第に石へと変わっていった。
この魔法は、物理攻撃・魔法攻撃問わずにすべてをはじく。しかし、この魔法を維持し続けなければならないため、俺が他に魔法は使えない。加えて、あまりに強力な一撃を食らってしまうと割れて粉々になってしまう可能性もある。
この先は魔法なしで、この大きな竜と神殿騎士団団長を倒さなければならない。これほど苦戦するとは想像していなかった。この世界に来て初めて焦りという感情が出てきた。
「くそ!アンネラはダメだ。ティアマット、その隣にいる男を殺せ!」
命令が下ると、それに応えるようにぐぁぁぁぁ!と鳴き、こちらに向かって突進してくる。大きな翼を広げながら、前足で俺をつぶそうと高く振り上げた。
そこまで速い攻撃では無い為、後方に大きく飛んで避ける。直後、地面を大きく蹴り召喚者を狙いに行く。
召喚魔法の対策は、早い話、召喚者に対して集中的に攻撃を仕掛けることだ。当然ながら、召喚者が倒れれば、召喚を維持する魔力を失うため召喚されたものも消える。
俺はこれを狙うべく、ベルナルドに直接攻撃を狙いに行く。
しかし、これを読んでいたかのように、初めに唱えた光の剣を出す混合魔法、ホーリーボルグを事前詠唱しており、前方から光の剣が飛んでくる。
後方へ距離を取り、冷静に対応しようとするが、後方にはティアマットが待ち構えており、地面すれすれに首もとを下げ、顔の高さを俺の身長に合わせるように屈んでいた。
(この動作はまずい…!)
先に前方のベルナルドからホーリーボルグが飛んできたため、仕方なく後方へ距離を取る。
ティアマットの方に目をやると、予想していた通り口から黒炎を噴き出している。通常の炎よりも温度が高く、直撃すれば人間なんてひとたまりもない。
炎が目前に迫って来る。
(これはキツイな…)
視界が黒炎に包まれ、心は疲労と焦りに包まれていた。
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