第2話 才人の師匠:サーラ・ヴィエール
死に対する恐怖を高揚だと勘違いした神楽才人は、高校入学前に謎の死を遂げた。
日々、心が死んだ状態で過ごしていたため、彼にとって日常は退屈なものになっていた。それゆえに、日々の記憶が浅く思い出が少ない。だから死んだときの記憶がないのだろうと思っていた。壮大な死の物語があったことも知らずに…。
気が付くと真っ暗な空間に横になっていた。スッと静かに立ち上がる。才人は記憶があいまいで何が起こっているのか分かっていないようだった。しかし、彼の表情に焦りは見えない。
「何が起こったんだ。ここは…どこだ?」
何もない真っ暗な空間でぽつりとつぶやく才人。当然自分以外に生き物の姿が確認できないため、返事が返って来るなんて予想もしていなかった才人は、どこからともなく聞こえる声にビクッと身体を跳ねさせた。
「ここは死後の世界へ行く途中の空間。その者の“生”に対する評価を行い、判断する場所」
「お前は誰だ?」
「私は貴殿らが神と呼ぶ存在。貴殿は、前世にて悲痛な死を遂げた。そのため転生する権利が与えられることとなった」
才人は神という漠然とした答えしか返ってこなかったため、正体も分からない声の主を警戒し、身構える。
「次の世界で、もう一度今度は良い"生"をまっとうしなさい」
「……」
何かを考えこむ才人。転生という言葉に引っかかっているのかどこか気に喰わないという表情を浮かべていた。
「待て。これには答えてくれ。まず、なぜ俺の人生が悲痛だとお前に決められなきゃならない。俺は全力で楽しんでいたんだが?そして転生は権利だよな?だったら転生は断らせてもらうよ。もう生きるのは疲れたんだ」
普通の人間ならばもう一度生きるチャンスを与えられるとなると、喜んで貰いそうだが、この神楽才人は違った。彼のなかで“生”は苦痛なものであった。誰からも愛情を受けることなく育ってしまったために、愛する気持ちを知らない。愛される気持ちも知らない。そんな青年となってしまったのだ。
「貴殿の場合は、拒否する権利はない。では、行ってもらう。達者でな、神楽才人よ。貴殿はあの世界に行く意味があるのだ」
意味深なことを告げる謎の声。それを聞いた才人は、自分の意志でどうにかなるものではないと悟り、あきらめてしぶしぶ転生を受け入れた。
「それじゃあ権利って言わないじゃないか…」
再びぽつりとつぶやくと才人の身体が白く光りだした。瞬く間にその光は強くなり、才人の身体全身を包み込む。
光が消えたと同時に、才人の姿も消えていた。彼は半ば強引ながらも地球ではなく、異世界グランダールに転生させられた。
「お前にしかできない。頼んだぞ。神楽才人」
こうして才人の実験場は日本の学校や施設から異世界へと変更された。彼の意志は関係なく、あの声の主が誰だったのかはっきりしないまま異世界へと送られてしまったのだ。
しかし、才人は声の主が言っていた“異世界へ行く意味”がなんなのか気になっており、それをはっきりさせることがひとまずの目標だと考えた。
再び目を覚ますとそこは、緑広がる大きな草原だった。広大な草原の中に一筋の人工的な道が通っていた。見渡す限りの緑。特に誰かいる様子もないため、ひとまず道なりに沿って進むことに決めた。
「ったく。勝手に異世界に送ったんなら、せめて人の住む場所に送ってくれよな。人間がいないと面白くないだろ」
ぶつくさと文句を言いながら、ただひたすらに歩き続ける才人。彼にとっての最高のおもちゃは人間の心理。しかし、今は心理どころか人すらいないため、退屈ながらもとりあえず道なりに進んでいった。
どれくらいの時間が経過しただろうか。歩けど歩けど続くのは道と草原。遠近法を強く感じられるくらいずっと奥へと道が続いている。
「はぁ…、疲れた。いったいどこまでこの道は続いているんだ。街の一つどころか建物すら全く見えないぞ」
一度休憩するため、その場に座り込む才人。移動しているのに風景が変わらないというのはある種の拷問ともとれる。特にどこかも分からない場所の場合はなおさらだ。しかし、今更才人に死の恐怖は無い為、臆すことなくのんびりと休憩していた。
そのとき、才人の背後から何か動く音が聞こえた。急いで後ろを振り返ると、そこには兎のような生き物がいた。ただ日本で見かけた兎とは比べ物にならないほど、図体が大きく、また、圧倒的に異なる点は額から小さな炎がゆらゆらと揺れていることだ。瞳も真っ赤に染まっており、まるで悪魔を体現したかのような生き物だった。
異世界ということもあり、警戒する才人。前世となる日本では人の心理をもてあそんでいたため非難を買うことは少なくなかった。そのため、いつ物理的な手段を取られてもいいように、基本的な武術には一通り精通していた。彼は必死に親から虐待を受けないように、機嫌を損ねないようにと相手に対する観察眼が異様に発達していた。そのため、武術をはじめとする各種の身体を動かすことは、“目で見て盗む”ことが出来た。見た動作を見様見真似で行い、ズレている部分を修正。それを繰り返すことで、常人では習得するのに何年もかかる動作や動きがすぐにできる。
そんな才人は、すぐ反撃できるように身構える。野兎のような化け物もただじっと才人を見つめる。見た目はいかつくても、性格が温厚なのか?と考えていると、才人の視界から野兎の姿が一瞬にして消えた。
「速っ……!」
すると背後から鈍重な打撃が才人の背中を襲った。その場で膝をつき、痛みに耐える才人。
悶えながら後ろを見ると、さっきの野兎が何食わぬ顔でたたずんでいた。なんとか立ち上がり、身構える。
すると、またすぐさま才人の視界から野兎の姿が消えた。しかしさきほどの出来事でおおよそ何が起こったのか理解した才人は、すぐさま後ろを振り向き身構えた。
才人の予想通り、野兎が勢いよく才人に突進してくる姿が見えた。急いで防御の構えを取るも間に合わず、中途半端なカタチでの防御となってしまった。後方へ吹き飛ぶ才人。しかし、今度はまともに食らったわけではないため、しっかり空中で体勢を立て直して受け身を取る。
「あの図体でこの速さかよ…」
圧倒的な強者の前にただただ体の高ぶりを感じる才人。死と隣り合わせのこの状況を全力で楽しんでいた。何度もあの突進を食らえば身は持たない。短期間で勝負を決めるしかないと考えた才人はとある賭けに出た。
才人の視界から姿を消した野兎。その瞬間、今度は少し横に移動しながら後ろを振り返る。才人の思惑通り、もといた場所に向かって突進しようとする野兎がいた。進路を変えて突進してくるかと思えば、元居た場所にそのまま突進しようとする野兎。才人の横を通り過ぎるかというところで、大きく両手を伸ばし野兎の毛皮をつかんだ。
暴れまわる野兎。視界が上下左右分からなくなるくらいになるも必死につかんだ手を放そうとしない才人。しばらくつかんでいると、野兎の動きが徐々に鈍くなる。必死に振りほどこうとしていた力も次第に弱くなり、ついには才人の視界が元に戻るくらいほとんど動かなくなった。どうやらこの野兎はスピードに特化しており、体力はそこまで無いようだった。
すると、今度は手指をピンと張りつめ手刀のカタチを作り、力をこめる。そして、野兎の真っ赤に燃える炎のような眼を突き刺した。
「グギャァァァァオ!!」
日本では考えられないような声で呻く野兎。相当効いているのか再び暴れまわる。すぐさまもう一方の目も同様に手刀で突く。しっかりと奥まで突き刺した後、野兎から離れる才人。見ると、額の炎が大きくなり、野兎の身体を徐々に包み込んでいる。その炎の熱さなのか、目の痛みなのか分からないが大きなうめき声をあげながらその場で苦しんでいるようだった。
そして炎が全身まで包み切ると、野兎は動かなくなり、大きな燃え盛る炎の塊となった。
「まともな装備もよこさずこんな危険な世界に転生か…これは死ぬときも、そう遠くはないな」
死を覚悟した才人はなぜか笑みを浮かべ、突然の戦闘で疲労した身体をその場で休める。燃えている野兎を横目で見ながら、再びこの道を歩かないといけないのかと絶望しながら、長く長く続く一本道を見つめていた。
すると再び背後に何かの気配を察知し、急いで立ち上がる才人。後ろを振り返るや否や彼の表情は瞬く間に笑顔になっていく。
「なるほど。これは最高だな」
見ると、先程苦労して倒した野兎が六匹ほど才人の後ろにたたずんでいた。仲間の死に対してひどく怒っているのか、額の炎がさきほどの野兎よりも大きい。先程の戦闘で完全に回復していないに身体で必死に身構える。
しかし、才人の予想に反して野兎は大きな火の玉を頭上に作り、それを才人のほうへ飛ばしてきた。人を簡単に包み込めるほどの大きさの火の玉だった。さすがに避けようにもこの大きさでは間に合わない。
才人は諦めたのか防御の姿勢を解除し、ただ茫然と立ったまま火の玉が自らのほうへ到達するのを待っていた。
火の玉がちょうど才人に触れるかというくらいで、ひと際大きな“人の声”が聞こえた。
「アクアスラッシュ!!」
高く綺麗で透き通ったような声。明らかな人の声に反応した才人は声の方向を見ると、馬車のような荷車に乗った耳の長い綺麗な赤い髪色の女性がこちらに向かって手を伸ばしていた。その女性の手から、水で構成された鋭い剣のようなものが放出された。
太陽の光を反射し、その剣の透明度がより一際目立っていた。水の剣は的確に野兎の身体を貫いた。そして数本は野兎が出したであろう大きな火の玉に突き刺さった。そして消火するように水の剣、火の玉共々消え去った。
水の剣が刺さった野兎はピクリとも動かない。完全に息の根は止まっているようだった。
「大丈夫!?君、すごいぼろぼろじゃない!こんな魔物の巣のど真ん中で一人でいるなんて…。どこから来たの?」
「おかしいと思うかもしれないが、ここがどこだか自分でも分かっていないんだ。それにあんた、耳の形といい、さっきのといい人間…ではないよな?」
才人の発言を聞いた女性は、少し戸惑うも心配そうな瞳で才人を見つめていた。急いで馬車の荷車から降り、才人に肩を貸す。
「わたしはこの辺では珍しいかもしれないけど、エルフ族のサーラよ。訳あってこの先の街、アウジールで冒険者ギルドの受付嬢をしているわ」
「エルフ…族?」
化け物のような野兎が出てきた時点で、この世界が明らかに以前自分が住んでいた日本とは異なる世界だと理解したが、エルフという才人の中では伝説で架空上の生き物が目の前に現れた事でさらに異世界ということを理解させた。
「そんなことはいいんだよ。ひとまず治療してあげるから馬車に乗って乗って!」
ほらほらというように才人の背中を押すサーラ。才人はされるがままに馬車の荷車に乗り、静かに腰を下ろした。先程は興奮作用でアドレナリンがたくさん出ていて何も感じなかったのか、落ち着くと体のあちこちが痛みを発していることに気がついた。あの巨体の突進をまともに食らってしまったので無理もない。
「いいのか?こんな素性も分からない俺を乗せるなんて。何するか分からないぞ?」
「私は冒険者ギルドの関係者だって言ったでしょ?あなたのその格好は…どうも冒険者って感じがしないけど、困ってる人を助けるのが義務だから。それに貴方が何かしても私には傷一つつけられないと思うから大丈夫よ〜」
ゴソゴソと鞄を漁り、緑色の液体を取り出した。いかにも薬品というような淡い緑色をしている。
それを才人の身体に直接ふりかけた。すると、擦り傷などの身体の表面にある傷はみるみるふさがっていった。
「私が作れる回復薬はこれが限界なんだ〜。ごめんね〜」
サーラも落ち着いたのか口調が緩やかになった。ふりかけた回復薬は身体の表面には効くものの、内部までは効かないようだった。
「それより質問していいか?冒険者ギルドというのはなんだ?この世界はどういう世界なんだ?」
「冒険者ギルドというのは、一般的に街の外にある物資を収集したり、魔物、もしくはモンスターと言われるものを討伐したりしながら生計を立てている人が集まる場所のことだよ〜」
「なるほど。だから貴方も先ほどの兎?に対して、いともたやすく倒せたわけか」
サーラの発言をまとめるとこの世界は危険な魔物というものが街の外にいること。そしてそれを討伐して生計を立てられるくらい強い人間がたくさんいるということになる。
「私の場合は特殊だけどね〜。あのレベルの"魔法"を操れる人なんてアウジールでは数人しか知らないし〜」
だんだんと語尾を伸ばす癖が強くなってくるサーラ。それに対して才人は魔法という未知の概念に深く興味を持っていた。
「サーラさん。お願いします。俺をその冒険者ギルドに入れてくれませんか?」
座りながら深々と頭を下げる才人。目上の人だと判断したのか才人の口調も丁寧になった。それを見たサーラはニッコリと笑い、才人の頭に手を乗せ、優しく撫でる。
「君、何があったか知らないけど、記憶ないみたいだし。既に私はギルドに所属させるつもりだったからそんなに頭を下げる必要はないよ〜」
ゆっくり顔をあげる才人。サーラは笑顔のまま才人に右手を差し伸ばしてきた。
「私はエルフの国イルミナ出身のサーラ・ヴィエール。よろしくね〜。君の名前は〜?」
才人もまた、笑顔を返しサーラの手を掴む。表面上は笑顔でも、彼の笑顔にはどこか不気味なものを含んでいるようにも見えた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。俺は神楽才人と言います。故郷は…」
「あ、故郷は言わなくてもいいよ。今から見せてもらうからね〜」
出身を伝えようとした才人を遮るように、握った手が青白く光りだす。突然の出来事に警戒する才人。
「落ち着いて。大丈夫。君の頭の中にある昔の記憶を呼び起こして見せてもらうだけ……だから…」
何か怖いものを見たかのように、顔の気色が薄くなるサーラ。才人の過去は想像を絶するものだ。並大抵の人間は耐えられないだろう。
突然瞳から一筋の涙を流しながら、才人の身体を引き寄せるサーラ。
「ごめんね。少ししか見られなかったけど、何も言わなくていいよ。今までよく頑張ったね」
ギュッと抱きしめられる才人。今まで誰からも貰えなかった愛情を初めて感じた才人はただどうすることもできず、無表情だった。
何かを考え込んでいるようだったが、すぐに結論を出したようで、口を開いた。
「サーラさんに嘘は通用しないようだから正直に言いますね。俺はこの世界と違う世界かは来ました。なのでこの世界について全くと言っていいほど知らないです。迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「やっぱりそうなのね…。じゃあ、あの予言は本当に…」
「予言?」
どうやらサーラはなんとなく才人が異世界人であることを知っているようだった。予言という意味深な言葉を口に出すも、すぐさま誤魔化して話を続ける。
「いや、なんでもないよ。それよりもまずサイトくんはこの世界について知る必要があるみたいだね。まずはウチのギルドのダグラスに話をしよう。彼ならきっと貴方を面倒見てくれるはずよ」
「分かりました。ありがとうございます。それよりもサーラさんに一つだけお願いしてもいいでしょうか?」
サーラの瞳をまっすぐ見つめる才人。サーラの瞳は髪色と同じで真紅の輝きを放っている。しかも今は涙で潤んでおり、より一層煌びやかに輝いていた。
「俺に、その魔法というものを教えていただけないでしょうか?」
「いいけど、私の指導はそんな優しいものじゃないよ〜?それに魔法はある程度才能がいるからね〜?」
ここから才人のアウジールでの計画が始動した。彼の目的はひとまず二〜三年を使い、今度はこの世界での強力な力を身につけること。そして自分がこの世界に来た意味を見つけること。
こうして才人の第一の魔法の師匠、サーラ・ヴィエールと出会ったのだった。
サイコパスが異世界で人助けをしては駄目でしょうか? ラク @cura0103
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