第4話 クロム・ノワールの秘密

――千年前にこの地に降り立つ七人の英雄がこの地を治めけり。期してなお、彼の地にて、深淵の眠りにつく。時満ちれば再び、眠りから目覚めるだろう。――

 この伝説は今やこの世界で知らない者がいないほど有名な一節だそうだ。かつてこの世界は侵略行為により争いが絶えなかったという。その争いを止めるべく立ち上がったのは七人の英雄と呼ばれる存在だった。その英雄たちがどのような手段で戦いを治めたかは分かっていないが、人知を超えた力を操り、瞬く間に侵略行為に手を染めた者を粛正していったそうだ。そして、今もこの世界のどこかに眠っているという七人の英雄は、再び目覚めるときまで不要な接触をさせないように、各々が守護者を置いた。

 レオンザードやアンネラの家系、クロワール家はその守護者の一人としてこの街、アウジールを治めている。クロワール家は代々、その甚大なる魔力を使って英雄を守護してきた。

 従って、このレオンザード王も例外ではなく、人並外れた魔力を秘めているという噂がある。しかし、アンネラは絶望的に魔力が低かった。

 この世界では、魔力の強さは十六歳で確定し、それ以上は成長しない。そのため、今年で十六歳となったアンネラはこれ以上魔力が成長しないことが確定してしまったがために、王にとっては“期待外れの不要物”となってしまったそうだ。



 王の御前に赴き、アンネラの所在地を伝えると王と周囲の神殿騎士団がどよめく。

 王都はかなりの広さがあるため、昨日の今日で簡単には見つけられない。それを真実かはさて置いて、見つけたという者が現れたのだから当然の反応だろう。


「なんだと!その紅月の宿こうげつのやどというのはどこにあるのだ!?」


 王はすぐさま紅月の宿という場所を探すように神殿騎士団パラディンに命じる。

 一刻も早く不要物を処理したいということだろう。しかし、ここで俺は王の動きを止めさせる。


「お待ちください。レオンザード王、アンネラは確かに紅月の宿付近で見かけましたが、お一人ではなかったのです。なにやら護衛のようなものがついておりましたので、まずは慎重に動いた方がよろしいかと思います」


 護衛という言葉を聞き、目を細めるレオンザード王。あのアンネラに手を貸している者がいるということに、なにやら考えているようだ。


「クロム殿。いくら護衛が付いていようとも、我が神殿騎士団の前では無力同然ですぞ」


 大きく両手を広げ、高笑いしながら周囲の護衛をしている神殿騎士団を自慢する。余程の自信なのか、その行為は神殿騎士団が負ける訳がない、と主張しているように見えた。


「それは重々承知しております。しかし、私と同等、もしくはそれ以上の力を持つ者が護衛をしていたのです」


 俺、もといクロムの発言を聞き、王が一瞬硬直する。俺と同等の実力を持つ、このことの重大さが分かるのはレオンザード王ただ一人。周囲の神殿騎士団はまだ事の重大さが分かっていないようだった。


「それは真か?貴殿と同等に渡り合える者など、この王都にいるはずがないが…」


 眉間にしわを寄せながら、また考え込む王。神殿騎士団を大きく動かせば、街は何事かと大騒ぎになってしまう。しかし、少数の神殿騎士団を向かわせて、その護衛にやられてしまっては無駄な犠牲を払うだけとなる。


「そこで私から提案があります。大勢動かしてしまうと目立ってしまい、街の人々に気づかれてしまいます。そのため…」


 王の真横を指さす。王、周囲の護衛の視線が急速に指したほうへと集まる。


「ここは神殿騎士団団長のベルナルド・ユーグただ一人でアンネラの捜索、捕縛を狙うのがよろしいかと思います」


 神殿騎士団の実力は正確には分からない。しかし、王の横に立ち悠然と護衛をする騎士団長のベルナルドだけは、ただならぬ圧を感じる。おそらくレオンザード王の次に強いだろう。だから、そのベルナルド一人を動かすことが今行うべき最良の方法だ。


「なるほど。さすがクロム殿。おおかた我の考えをすでに理解していると見える」


 レオンザード王もそれしかない、と納得している。しかし、ベルナルドはどうやら何か気に喰わないようで、渋い表情をしていた。王の決断が決まり、それを命じようとした時。


「お待ちください!王よ!なぜ、このようなどこの馬の骨かも分からぬ奴の言うことを鵜呑みにするのですか!?護衛がいようが、大人数で捜索したほうが早く見つかるに決まっています」


 俺を指さしながら必死に訴えかけている。確かにベルナルドの立場からすると素性の分からないやつ。そして、そのぽっと出の言うことを真に受けている王の姿を見てもいられないのだろう。

(俺に抜かりはない。貴様の言うことなど王の耳にも届かんわ)

 こみあげてくる笑みをこらえながら、心の中で蔑んだ。この騎士団長は面白かったので、少し挑発を仕掛ける。


「騎士団長のベルナルドともあろう人がまさか、臆しておられると?大勢の神殿騎士団を動員する方が、王女の目につき、また厄介なところに隠れられてしまい余計に時間が掛かる。そのための隠密作戦として貴殿を推薦したのですが…、お門違いでしたかな?」

「貴様…!言わしておけば…!」


 ベルナルドが怒りの表情へと変える。人間という生き物はちょっと誇りに思っている部分、気にしている部分をつつかれただけで怒りを露わにするもんだから、本当に面白い。ついつい挑発したくなる。


「やめんか!ベルナルドよ!クロム殿の言っていることは正しい。その護衛とやらも実力が分かっておらん。今、目立たずに動ける中で最も実力があるのはおぬしじゃろうが。ベルナルド、お前に行ってもらうのが一番良いと我も思うぞ」


 下唇を少し噛み、悔しそうにするベルナルド。何か言いたげな表情だったがグッとこらえて、分かりました、と同意した。その後、俺を悔しそうに一瞥した後、命令遂行の準備をするのか退出していった。


「ひとまずベルナルドには慎重に行動していただくために、王女の姿を見かけたとしてもまずは手を出さない方がよろしいかと思います」

「うむ。そうだな。それにしても貴殿と同等の実力者が本当だとすれば、この国に対抗できる人物などおらんぞ」

「お戯れを。私よりもお強いレオンザード王、それにまだ第一王女、第二王女がいらっしゃいます」

「何を言うか。我が娘フアナでも貴殿に勝つことは難しいだろう」


 この王は余程俺の実力を買っているのだろう。確かにあの時、王にだけ実力を見せたがあの出来事がこんなにも効くとは。計画に支障が出なさ過ぎて本当に面白い。所詮王も人間だ。簡単に心理掌握してしまえばどうということはない。今や全てが俺の意のままだ。

 俺の計画のかなめとなっているこの王を屈服させたあの事件は二年前にさかのぼる。



 当時十六歳だった俺は、ギルド長のダグラスさんやサーラさんから一通りこの世界について教えてもらった。そして俺は見様見真似で、魔法、武技、剣術、全てを習得した。俺は日本にいる頃から、他人の動きを見てその動作を真似ることが得意だった俺にとっては何ら難しいことはなかった。しかし、唯一苦戦したのは“魔法”だ。魔法は日本には存在していないため、見ていてもどういった仕組みでどのような感覚なのか全く分からなかった。そこで目を付けたのがこのクロワール家。ダグラスさんの話では、特に第一王女のフアナ王女はずばぬけた魔力を持っており、父レオンザードをも凌ぐ魔法の実力者とのこと。俺はそんなクロワール家に直接かかわり、魔法の極意を教えてもらおうとした。

 基本的な魔法はサーラさんに教えてもらった。しかし、より高位な魔法となるとそれ相応の身分の者が閲覧できる古文書に掲載されているため、サーラさんでも分からないとの事だった。

 まず、王宮内の部屋の間取りを把握するべく何度も足を運んだ。その際に用いたのが、ギルドの回復薬生成の採集クエストだった。あまりにも毎日毎日回復薬の原料となる薬草を集めるもんだから、ダグラスさんには次第に“草取り小僧”なんて呼ばれ始めるくらいだった。

 そして、王宮の間取りや、各王女の私室、王の私室の配置を把握し、寝静まる夜中に俺は王宮に忍び込んだ。普段ならあの神殿騎士団の警備を抜けるのは簡単ではなかったが、俺が忍び込んだ日は違った。

 この王都アウジールでは、実はこの時期に別国との戦争を行なっており兵力の多くをそちらにつぎ込んでいた。そのため、大量の回復薬を王宮は欲していたのだ。そして、警備がより手薄になっていたため、間取りを把握した俺には容易かった。

 そして、窓から王の私室へと侵入し、俺はこの時の変装姿、クロムとして王と対峙した。


「何者だ!どうやってここに…」


 やはり王自身も何か警護策を実行していたのか、俺が王の私室の床に足を付けた瞬間、目を覚ました。俺はこれ以上、騒がれると護衛兵が集まってくるため、瞬時に王の首元をめがけて飛びつく。


風歩武ふうぶ!」


 身体能力強化の魔法を自分にかけ、目にもとまらぬ速度で王の背後を取り、首元に小刀を据え置く。王は何が起こったのか分からず戸惑っており、首元に触れたもので何があるのか瞬時に察したようだった。


「貴様。このレオンザードにたてつくと、我の娘たちが黙っておらぬぞ」

「黙れ。これ以上大きな声を出すな。俺は貴殿に交渉を持ち掛けに来たのだ。ひとまず話を聞いてくれるというのであれば、この状態から解放するが?」


 ダグラスさんから聞いたフアナ王女にだけは、この事態がバレることは避けたかった。何より、フアナ王女は父レオンザードを溺愛しており、王女という立場でありながらも王の一番の護衛といっても過言ではない。実力が分からない以上、相対するのはごめんだった。


「お主は何者だ。先程の魔法も聞いたことがないが…」

「貴殿に質問をさせる機会は与えていませんよ。それで、私の話に耳を貸しますか?」

「聞かぬ。国家侵略者はたとえ我を殺せたとしても、我が娘、フアナが地の果てまでも貴様を追い続け殺しに行くぞ」


 このレオンザード王もさすが王という一国を担っている立場ながら、自分がしなくてはいけない事ということがよくわかっていた。テロリストには屈しない、そんな言葉も日本にはあったっけ。


「俺はフアナ王女だろうが殺せますよ。あなたも見たでしょう?私の魔法を。私が使う魔法は貴殿の知らない場所、知らない時代に編み出されたいわゆる“古代魔法”の一種ですよ?」


 ここで俺ははったりをかけた。古代魔法というのは大ウソで、ただ単にこの世界に存在する魔法のスペルを変えたものだけだった。しかし。俺の元いた世界、日本で培った多くの武道の知識を加えて少し改良してはあるが。


「……」


 王は俺の大嘘を真に受けたらしく、黙り込み何かを考えているようだった。実際、レオンザード王と対峙したらこの時の俺では到底太刀打ちできなかっただろう。


「何も悪い話ではありません。話はアンネラ王女についてです」


 アンネラ王女の事を知ったのは、王家の私室を探しているときにあの騎士団長、ベルナルドが神殿騎士団の一員と話をしているのを盗み聞きしたのだ。

 王家の近しい者しか知らないクロワール家の秘密。これを知っているというだけで王にとっては放ってはおけない存在だった。なぜなら、王にとってアンネラ王女はクロワール家の恥であり、これが周囲に漏れればたちまち他国から馬鹿にされてしまい、クロワール家の品位を落としてしまうからであった。


「貴様どこでそれを!?アンネラの事を知っているのはほんの数人のはずだが…」


 あの時“隠密おんみつ”という魔法を使っていたことにより、偶然聞けたことに心底神様に感謝した。人間は弱みを握れば簡単に掌握できてしまう。たとえそれが一国の王であったとしても。

 アンネラの事を知っている、かつ只者ではないと分かったのか、力が入っていた王の身体は次第に脱力していった。


「もうよい、分かった。貴様の話を聞こう」


 俺は王の命を狙っていた小刀を鞘にしまうと、王の真正面に立ち交渉を始めた。


「私が提案したいことは二つ。一つ目はアンネラ王女の魔力増幅に手を貸す、その代わりに王家の書庫への入室許可をもらいたいこと。そして二つ目は私も貴殿の戦争に加担しましょう。そして私の幾重にも及ぶ戦略の知識を貸す代わりに、フアナ王女に謁見させていただきたい」


 レオンザード王はひどく驚いたように目を見開いていた。俺の交渉内容が思ったよりも侵略的ではなかったことと、あと二年で十六歳のアンネラの魔力を増減できるという部分に驚愕しているのだろう。


「待て。貴様、本当にあの出来損ないの魔力を増やせるというのか?そんな術は聞いたことがないが…」

「それもそのはずです。何といっても私は遠い地で目覚め、はるばるこの地へやって来たのですから」

「ま、まさか貴殿は…」


 俺はここであの伝説の話を使おうと考えたんだ。特に守護者の家系ならば、あの伝説の話をより信仰し、崇拝し、俺に従うだろうと考えたからだ。


「そうだ。私は彼の英雄の一人、クロム・ノワールだ。貴殿が我らの守護者の家系と聞き、馳せ参じた」


 この伝説を使うことは正直賭けだった。なぜなら、多く知られているこの伝説について、守護者の家系ならばもう少し色々な情報を知っている可能性もあったからだ。特に名前なんてその場で考えたもので、もし英雄の名前まで伝わっていれば俺はこの時点で失敗していただろう。


「ま、まさか七英雄の御方でしたとは!今までのご無礼を何卒お許しください」


 この時点で俺の勝利は確信した。後になって分かるが、七英雄の話は一般的に知られている以上には知られていなかった。ここで、俺はすっかり架空の七英雄の名を借り、それっぽい言動で話していった。


「よい。もう千年も前の事だ。俺の事が伝わっていなくて当然だ。それで、王レオンザードよ。俺の要求を受け入れてくれるか?」

「もちろんでございます。あの出来損ないに手を貸して頂けることなどお恥ずかしい限りでございますが、何用でアンネラの魔力増大をお望みなのでしょうか?」


 もう完全に俺の事を七英雄と信じ込んだ王は、いとも簡単に俺の要求を受け入れた。しかし、特に大きな理由を用意してなかった俺は、またしても咄嗟にその場で考えた理由を伝えた。


「貴殿は今他国と戦争をしている。そして、あのアンネラが表に出れば、さらにこの戦争という争いの灯は大きくなるだろう。だから私が目覚めたのだ」


 我ながら無理がある理由だとは思ったが、もう俺という存在に心酔しきっていた王は、神のお告げでも聞いたかのように特に否定もせず受け入れた。


「左様でございますか。しかし、アンネラの件のみならず、我が国の戦にまでお手を借りる対価はその…我が娘に合わせることと、我が国の書庫入室証なんかでよろしいのでしょうか?」

「ではもう一つ。私が七英雄の一人というのは貴殿以外に知らせぬようお願いしたい。また、私と話すときは普通の人と会話するようにしてくれ」


 変に七英雄が現れたなどという話が広まってしまえば、俺の正体がバレてしまうリスクが大きい。だからこそ俺の正体は口外禁止にしておいた。

 そうして俺は見事にレオンザード王を屈服させ、フアナ王女、アンネラ王女に会うことが出来たのだ。そして、王家の書庫に入り浸り、高位魔法習得に尽力した。




 そうして、見事ベルナルドのみを動員させることを提言し、実行させた俺は、王宮を出て神楽才人に戻り、ギルドに今日のクエスト完了の報告を終えた後、紅月の宿へ向かった。

 部屋には念のため、侵入者やアンネラが出ようとした際など俺の宿泊している部屋のドアが開けば、ドア周囲の物体を弾き飛ばす魔法をかけておいたがどうやら発動していないようだ。部屋の掃除も今日は断っておいたので、間違いなく誰も出入りしていない。

 俺は魔法を解除して、ドアを開けた。そこにはぐったりしているアンネラの姿があった。


「どうした!?何があった!?」


 急いでアンネラのもとに行き、ぐったりしている体を起こしてあげた。すると、ぐったりはしていたものの、特段変わったところはないようだった。


「いや、何もないわ…。大丈夫よ」


 一体俺がいない間に彼女はこの部屋で何をしていたのだろうか。もしかしたら、暇すぎて逆に疲れているのか。何にしても、もうこれ以上聞かないで、という感じだったので俺はそっとしておくことにした。そして明日の行動について、アンネラに伝える。


「よし、じゃあ明日は俺と一緒に街へ出て買い物しよっか」


 アンネラは昨日俺が計画なんて言う大層な言い方で今後の予定を伝えたもんだから、明日買い物に行こうと言われて啞然としている。逃げるために逃走経路を確保しようとかそういうのを想像していたらしい。


「何言ってんのよ!そんなことして見つかったらどうするの?」


 ごもっともだった。ただ俺の計画には抜かりはない。何せ、この王都の王でさえ俺の手中にあるのだから。

 ただ、気になる点としてはあの騎士団長だ。彼はクロムに対して、かなりの不信感を持っているようだった。まぁ、どんな不確定要素が出てこようが何ら問題はない。アンネラは今現在、俺の意のままに操れるのだから。


「大丈夫、全部うまくいくから。俺を信じて」


 この時の俺はかなり調子に乗っていた。この後に降りかかる最大の不確定要素に振り回されるとも知らずに。

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