第3話 王都出陣!

 どうして人間はだれかを助けるのだろうか。特に家族などの自分に深い関係がある者以外を助ける姿が日本では特に多く見られた。自然界においてこれは異常なことなのだ。なぜなら、助けても自分が報われることが確定していないために、他者を助ける意義が見えにくいためだ。

 この世の中は、得する者と損する者の二者に分かれる。生を全うするという点においては、得をする者に分類されたほうがはるかに楽な生を得られるのだ。しかし、他者を助けた際に自分が報われなかったらどうだろうか。その動作に使った時間、労力は返ってこない。ただ困っている人を助けたんだという自惚れしか残らないのだ。だからこそ、俺は誰かを助ける際には必ず自分が報われるかを最優先にする。

 自分に対してのメリットが大きければ大きいほど人間は頑張る生き物だ。百円もらうのと百万円もらうのとでは、一字しか変わらないものの、その価値はけた違いに異なる。俺は、杖先からほとばしった蒼白の雷流を処理することに全力を注いだ。それほどの価値があるからだ。


 「砂塵堅塁さじんけんるい!」


 視界が雷流の閃光で見えなくなった直後に叫んだ。砂壁が俺と王女の間に建立し、壁の中を伝い、雷流は地面へと放電される。雷流が強すぎたのか放流するとともに、砂壁は跡形もなく崩れ去り、砂粒となった。俺と王女の周囲を砂粒が漂い、室内は静けさを取り戻す。


「いきなり危ないな~。直撃してたら間違いなく死んでたよ?」


 ふうと一息つくと、目の前には先程の元気な王女が一変し、険しい顔でこちらを見つめる。こちらの魂胆には気づいてなさそうだが、このままだとせっかく安全だった場所が脅かされる為必死に王女を説得する。


「だから俺に君をどうこうするつもりはないってば。ひとまず君の敵じゃないから安心してほしい。」


 必死に訴えるもなかなか臨戦態勢を解かない王女。さすがにこの反応から、王に狙われているという俺の予想が当たっていることは分かった。


「味方だと証明できる?助ける方法だったり、王家の事について詳しすぎたり、あなたからは危険な香りしかしないのだけれど?」


 疑っている相手に味方だと証明することほど難しいことはないだろう。彼女からしてみれば、追われている状況で追手を振り切れたと同時に現れた男。つまり俺はどう考えても都合がよすぎるヤツに見える。疑って当然だ。確かにその通りなんだが、助け方については反論したい。


「君を刺したのは、死亡判定を与えるためだけでなく、君を敵の目に曝さずに運ぶためでもあったんだ。」


 正直、死亡判定を与えたところで、意識が回復すればまた生存判定が出てくるから、一時的な撹乱になれどあまり意味をなさない。むしろこっちの理由は補助的なもので、本当の目的は移動方法なのだ。そして何とか信用してもらうために、ある物を王女に見せた。


「これは冒険者ギルドに所属すると、必ずもらえる“アイテムボックス”という魔道具だ。冒険者にとっては見慣れたものだけど、もしかしたら君は見たことが無いかもしれない。こいつは便利なもので、生き物以外であれば、数、大きさ問わず30品目まで持ち運びが可能なんだ。」


 物珍しそうな顔でアイテムボックスを見つめる。確かに知らない者から見れば、ただの小さな鞄にしか見えないだろう。実際仕組みをよく知らずに使っている冒険者も多い。


「それで?そのアイテムボックスが私を運ぶのとどう関係があるわけ?」


 まだまだ臨戦態勢を解かない。確かに普通のアイテムボックスの使い方では無い為、想像もつかないんだろうな。まあ、たぶんこの使い方に気づいているのも、アイテムボックスをもらった時、様々な実験を行なった俺くらいだろう。


「一般的には物の持ち運びが出来る道具なんだけど、大事なのは――というルールなんだ。」


 アイテムボックスをギルド長からもらうときに必ず受けるこの説明。生き物以外という注釈が疑問だった。おそらくそれを取っ払ってしまうと、人間を閉じ込めてしまったり、生えている植物を強引に入れるとなると、その植物の根に隣接する土などの地面ごと入れなければならなかったりと、まぁなにかと不便なことがあるからだろう。

 しかし、俺はここで一つ疑問に思ったんだ。生きているという状態はどこまでを生きているというのかと。これを試すためにあらゆる実験を行なったところ、どうやら動物は意識があるかないかで判定されるらしい。そして、一度意識を失っただけで死んでいない個体を入れると、入っているときはその個体自体の時間は流れない。すなわち入った状態のまま保存できるということになる。


「まさか…。意識を失うとその道具の中に入れるというの?人間が?」


 どうやらアンネラも気づいたようで、信じられないという顔をしていた。これは、そんなことが出来るなんて信じられないという顔なのか、この王女である私をそんな道具の中に入れるなんて信じられないという顔なのか。どちらなんだろう。


「その通り。僕は君をこのアイテムボックスに入れてここまで連れてきた。そうすることによって、誰の目にもつかず君を運べるし、目立つこともない。だから君を刺したんだ。」


 そういうとアンネラはクスッと笑った。何かおかしいことを言っただろうか。ひとまず怒りが解けて何よりだった。この手法は敵が誰だか分からない時に非常に有効な手だ。特に王家が関わっているとなると下手したら街の皆が敵の可能性もあるのだ。


「そんな異常な救出方法聞いたことが無いわ。あなた面白い考えをするのね。それと…」


 少しは警戒心が解けただろうか。ただ腑に落ちないのは、この方法を異常だと言われたことだが。


「どうやら、君はパパの息がかかっていないようね。疑ってしまい申し訳ない。」


 深々と礼をしてきた。どこに敵でないと判断する要素があったのか分からないが、ひとまずこれで大丈夫そうだ。なんとか信用を得られたようで安堵する。


「どこに君の疑いを晴らす要素があったのか分からないけどひとまず誤解が解けて良かった。俺は少なくとも君を全力で助けたいと思っている。だからひとまず落ち着いてほしいな。」

「先程のライトニングボルトを軽々と対処できる力があるにもかかわらず、襲ってこないという点で敵ではないと判断したわ。それにしても、王家に追われている私をそこまで助けたいというあなたは何者?何が目的?」


 なるほどと思った。ライトニングボルト……雷属性の魔法だが、普通の人間が使ってもあんな威力は出ない。それこそが王家の身内だという証明だ。それを同等レベルで処理できるものはそう多くないだろう。


「俺は神楽才人かぐらさいと。助ける理由なんて簡単だよ。君が何でもあげると言ったから、全力で助ける。それだけだよ。」

「ッ!!!?な、何でもとは言ったけど、ダメなものはダメだからね!」


 助ける理由を伝えた途端、王女の顔が真っ赤に染まる。ここまでの発言一つ一つにきちんと感情をのせる彼女はきっと純粋な子なんだろう。それにしても、そういう知識はあるのか。

 勘違いしているようだけど、そんなものを要求するつもりはないのだが。


「何を想像したか分からないけど、たぶん君が想像したものではないかな。」

「じゃあ何が望みなのよ。」

「それも今は秘密。」


 これも内容的には言っていいが、今は言うべきタイミングではない。要求が変な解釈で伝わるとせっかく得た信用を失いかねないし、なにより物事を要求する際にはタイミングというものがある。今はその時ではない。


「こっちも質問させてほしいんだけど、なぜ君は逃げているの?それと誰に追われてたの?」


 とりあえず敵の正体をはっきりさせたい。王家の者がかかわっているのは分かったが、その中でも誰に追われているのかというのが重要だ。敵の正体も分からずに突撃するのは非常にまずい。


「それは……私にも分からない。鎧を着こんでて、顔も仮面をつけてたし誰だか分らなかったの。」


 鎧を着こむ…か。一つだけその追跡者の候補があがったが、確信がない以上、王女に伝えても変に混乱させてしまう恐れがあるため、とりあえず黙っておくことにした。


「分かった。じゃあとりあえず、明日からの動き方を伝えたい。君を助けるために俺は全力を尽くす。そのためにも君には計画通りに動いてほしい。」


 俺が思い描いている計画を王女に伝えた。まずは、死後判定から生存判定に突然切り替わったことによる王家の出方を見たいため、明日は王女にこの部屋から出ない事を頼んだ。また、その間、俺は街に出て、いつも通りクエストをこなしつつ、街の様子を探るために時間を使う予定だ。この情報収集によって、今後の動きが大きく変わるため、なんとしても王家の動向は探っておきたいところだ。

 この計画を伝えると、王女は一つ返事で了承した。そして明日に備えるため、今日はもう休もうということになり、俺も早々に明日の準備を終えた。眠ろうと床に就こうとすると、アンネラ王女が顔を真っ赤にしてベッドの前に立ち尽くしていたので、俺は地面で寝るから安心してほしいと伝え、お互い床に就いた。


 目を覚ますとまだちょうど日の出前だった。アンネラはひどく疲れていたのか、ぐっすり寝入っていた。王女にとって、おそらく昨日の出来事がこれまでで最も大変な一日だったのではないだろうか。無事にアンネラを救うためにも、今日はゆっくりして、体力を回復してほしいので、俺は物音を立てないよう静かに支度をし、ギルドへ向かった。


 ギルドまでの道中で、ちょうど日の出を迎えた。日本に住んでいたころは、こんな時間から活動する人は珍しかったが、この世界では、夜には昼間よりもモンスターの凶暴性が上がるため、早朝から夕方にかけて活動する人が多い。

 通りすがる人々の様子を見ると、特に変わった様子は見られない。公になっていないアンネラを指名手配などの方法で、街中に公開することは難しいだろうという予想はどうやらはずれていないらしい。

 ギルドに入ると、既に冒険者でにぎわっていた。しかし、ギルド長であるダグラスさんの姿は見えない。またいつものごとく夜遅くまで飲んだくれていたな…。俺が一番いろいろと聞きやすい人がいないのは残念だが、これも想定通りだった。ひとまずいつものクエストを早々に済ませて、情報収集の時間を確保しよう。


「すいません。いつものクエストの受注手続きをお願いします。」

「あら!サイト君!今日もお早い門出だね~。いつもの薬草採集クエストね!――はい、受注登録できたよ!」


 手際よく受注登録を済ませ、許可証の受け渡しをしてくれた。忙しそうにせっせと今日も働いている。

 朝から元気な声で対応してくれるこの方は、冒険者ギルド―アウジール支部の受付担当の一人、サーラ・ヴィエールさんだ。真っ赤に染まる髪に長い耳のエルフ族である。このサーラさんはダグラスさんと同じく、俺が異世界人だという事情を知っている数少ない人だ。


「ありがとうございます。それと、この書物を王宮に届けたいので、関所の通行許可証をお願いします。」


 俺の一声にスッと振り返る。試しに王宮というワードを出してみた。このサーラさんは元気が取り柄だが、元気すぎていろいろと話してしまうところがあるため、何か聞けないかと罠を張ってみた。この人が俺の敵に回ることはないと思うが、万が一、手配書が発布されていたら真っ先に届くのはギルドのため、何か知っているなら必ず喋るはずだ。


「おっ!また王宮に行くの?最近やたらと出入りが多いから、正直サイト君の場合、もう顔パスが出来上がってそうだけどね~。」


……。どうやらこの反応は何も知らないらしい。王宮が手配しているならば、もうすでにギルドに情報が届いてもいい頃合のため、少なくとも街にはアンネラのことは広まっていないようだ。


「それは無理がありますよ。さすがに最近たくさん出入りしているからと言って、王宮の警備はそこまで甘くありませんから。」

「アハハハ!冗談冗談。流石にあのクロワール家の敷地に入るのに許可証要らずなわけないよね~。王家の者じゃあるまいし。」


 王家の名前が出てきて一瞬ヒヤリとするが、この反応は間違いなく白。次は王宮の中がどうなっているかを調べたい。

 クエストの許可証に通行許可証、二枚を受け取り颯爽と街の外へでた。俺は採集に必要な薬草がとれる森とは反対方向へ行き、とある鉱山の奥地へと向かう。ここの地下で取れる鉱石とモンスターの素材が必要だからだ。――を作るために。

 この鉱山はすでにマッピング済みであるため、スラスラと下位層へ向かう。普段ならモンスターを一掃するが今はその時間さえ惜しい。目的の階層へ到達すると、鉱石の回収のため、腰の小刀を抜き、きれいに切り取る。

 煌びやかな銀色に光る鉱石。ミスリル原石だ。非常に固い金属とされ、一般的に存在しているものの加工できる者が少ないため、市場には流れにくい鉱石だ。ここには密度の濃いミスリルが存在するため、昔からお世話になっている。一通り集めると、背後からヤツの気配を感じた。


「やれやれ。この忙しい時に、こんなにでかい個体に遭遇するとは。我ながらツイてないな。」

「フシャーーー!」


 目をやると壁には、日本では考えられないような大きさの蛾が止まっていた。この蛾は肉食で、俺が初めてここに潜ったとき遭遇した際は、チマチマ攻撃しながら苦戦したのが懐かしい。フッと笑いがこみあげてくる。

 この蛾は、ミスティックモスと呼ばれているが、地上に存在するのはもっと小さい個体だ。どうやら生育環境により、大きさや特性などは変わるらしい。なので俺はここの個体を、ミスティックモス・魔と呼んでいる。

 このモンスターは、ここの鉱山に生息しているヤツだけ、珍しい魔法を使って攻撃してくる。その魔法は幻影を作り出す魔法であり、この世界に来て読んだどの魔法書にも載ってはいなかった。そのため、おそらくモンスター固有の魔法なのだろう。初見の時は、手こずったが、原理さえ分かれば何も怖くない。


光球ひかりだま!」


 強い光を発するこの魔法はこの世界では“フォトン”という魔法で知られている。俺は訳あって、呪文スペルを書き換えている。

 強い光が発せられたことにより、ミスティックモス・魔は幻影が作れなくなる。恐らく、このモンスターは目に入る光に干渉し、本来の焦点とは異なるところで屈折させ、幻影を生み出す。と考えているが正解なのかはわからない。だが、ヤツに有効な手段であることは確かだ。蛾は光に集まる習性があるが、強すぎる光はかえって視界を塞いてしまう。その後、驚き、狼狽という感情に変換され、一瞬の硬直を生む。

 その隙をつき、腰の小刀で素早く仕留める。この世界のモンスターは命が尽きると瞬時に土へと還る。どのような理屈かまだ分かっていない。しかし、還る際にそのモンスターの一部分を必ず落としていく。このミスティックモス・魔の場合、目の眼球部分である綺麗な赤い宝玉を二つだ。この宝玉が非常に使える代物なのだ。

 すぐに拾い上げアイテムボックスに入れた後、急いで街へと帰還する。城とは遠い紅月の宿にいるからとはいえ、王女の身が心配だ。王宮の要件も含めて夕方には終わらせたいところだ。


 街へ帰還すると、真っ直ぐに王宮へ向かう。王宮の前には大きな関所があり、ギルドからの通行許可証など、ある機関に認められた証明書がないと王家に関わる者以外は入れない。

 俺は関所を護衛している兵士に許可証を見せ、無事門を通過する。

 この王都アウジールにはクロワール家直々に管理している“神殿騎士団パラディン”という兵団がある。この関所も神殿騎士団パラディンが護衛しているが、クロワール家が管理している部隊は他にもあるという噂がある。俺は、おそらくその部隊がアンネラを追っているのではないかと思っている。

 神殿騎士団パラディンも相当な実力がないと入団できないという噂があるが、この兵団の実力も正しく把握出来ていない。クロワール家自体、魔法に強い家系のため恐らく魔術的な攻撃を得意としているのではないかと思ってはいるのだが…。

 王宮内――謁見の間へと到着した俺は、再度警備の騎士団の者に許可証を見せ、中へ入る。


「よくぞ参られた。クロム殿。アンネラの件について、貴殿の知恵を借りたい。なんとしてもあのろくでなしを始末せねばいかんのだ。」


 俺に向かって高々に声を上げるレオンザード王。王宮の中では昔作った、幻影の仮面により俺の姿、名前は白い長髪で長身の、クロムという男に見えている。この幻影の仮面の素材はもちろん、あのでっかい蛾の赤い宝玉。あの宝玉を加工する際に強く、変身したい姿をイメージしながら加工すると、他人からその姿に見えるという効果が付与される。あくまでこれは防具作成する際の話で、道具作成や既存する道具に用いると、その道具の姿を一部分改ざんすることができる。

 俺は先ほど収集したモスの赤い宝玉一つを使い、許可証に記載されている神楽才人かぐらさいとをクロム・ノワールという名前に改ざんしたのだ。王宮に入る際には必ずこの姿で入るようにしていたため、例外なく今日もこの偽りの姿で入宮した。

 どっしりと構えたレオンザード王の御前に赴き、深々とお辞儀をした。王の隣には、神殿騎士団パラディンの騎士団長ベルナルド・ユーグが警戒心を露わにして、腰に携えている剣に手を置く。流石だ。王の護衛だけあって、かなりの手練れのようだ。


「私から王へ、アンネラ王女について進言させていただきます。」


 俺は下げていた頭を上げ、にっこり笑い、進言を述べる。


「アンネラ王女は町のはずれ、紅月の宿付近にて目撃いたしました。」


さぁ、計画の始動だ!

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