第13話 真実と逸話の端境

「継続するんだな、このまま」

 爽が疲れた声で美津帆に語り掛けた。

「みたいね」

 抑揚のない声で答える美津帆。

 二人ともかなり疲労困憊のようだ。それもそのはず、ゴスロリのスレイヤーズと瀬里沢の取り巻き屈指の軍師的存在である鴨井を撃退した直後に、鉄壁の守備力を誇示する城塞を目の当たりにする羽目になったのである。ただ、不思議な事に守護に就くべき兵士の姿はなく、気味が悪いほどの静寂に包まれていた。

「誰もいないみたい」

 美津帆が辺りをぐるりと見渡した。

「どこから弓で狙ってるってことはないだろうな」

 爽は目を凝らしながら、城塞の壁と壁の隙間や石組みの影をじっと見つめた。

「それはなさそうよ。あ、あそこ・・・?」

 猛禽類の様な鋭い目線でつぶさに建物を吟味していた小夜が、緊張を隠し切れない表情でぽつりと呟いた。

「えっ? 」

 爽が訝し気に小夜に問う。

 正面にまっすぐ伸びる長い石の階段。小夜は黙って階段の最上部を指差した。

 何やら人影が見える。白いカッターシャツに白いスラックス。短めの黒髪に白い肌の小柄な少年。丸い小顔の口の辺りに白い歯が覗いている。朧気ながら、こちらを見て笑っているように見える。

「是宮・・・」

 爽は段上の人物を凝視した。ここからでははっきりとは見えないが、髪形と輪郭から爽はそう推測したのだ。ここに登場する必然性からしても、それは明らかで信ぴょう性のある憶測だった。

 是宮覇世――瀬里沢に仕える最後の一人の取り巻きだった。

 演劇部の部長で、爽やかな容姿に加え、面倒見がよく、誰とでも分け隔てなく立ちまわる社交性の良さに慕うものが多い反面、つかみどころのない性格と八方美人的な態度に嫌悪する者もいる。とは言うものの、柔軟な物腰と頭の回転の良さに、瀬里沢と取り巻き達からは絶対的な信頼を得ていた。

 強いて言えば、是宮は取り巻きを仕分ける影の調整役だろう。仲間内で問題が起きないように立ち回る、言わば瀬里沢にとっては官房長官の様な存在だった。

「あいつを倒したら、小夜の目的も終わるのか? 」

「そう・・・でも、その前に」

 小夜は無表情のまま、爽にそう囁いた。

 爽は驚きの表情を浮かべながら、唇を震わせた。

 信じられない。

 苦悶に強張る爽の顔が、そう訴えている。

 爽は腹の鳩尾辺りを両手で押さえていた。彼の手の間から、異様なものが突き出ている。

 刀の柄だ。

 それも小夜の刀の。

「・・・どうして」

 爽は膝をついた。震える唇からはそれ以上の言葉を綴るのは無理なようだった。

 中空を彷徨う視線が、味方であったはずの小夜を恨めし気に絡みとっていた。

 爽の身体がゆっくりと揺らぐと、糸の切れたマリオネットのように地に沈んだ。

「え、な、何? 」

 美津帆は困惑した声を上げると、両手で頭を抱えた。爽と小夜を見る目が泳いでいる。

 想定外だった。

 こうなることなど、美津帆は全く予想はしていなかった。恐らく爽自身も。

 それを本人に問うことはもはや不可能と思われた。

 問うまでもなかった。

 不意に凶刃で腹を貫かれた瞬間の爽の表情が、全てを物語っていた。

 いつの間にか、爽も美津帆も小夜を警戒してはいなかった。

 当然だろう。いつの間にか二人を陰ながら助け、導く存在だった小夜が、爽の命を奪うなど夢にすら思い浮かべることはなかった。爽達とは目的が違うものの、小夜は爽達に一切危害を加えようとはしなかったのだ。

 小夜の目的って、何なのだろう。

 訪問者ヴィジターの爽達を瀬里沢から遠ざけようとしつつ、自分は瀬里沢と親密な関係の人物を次々に消去している。

 ただ、香純には手を出していない。

 恐らく、取り巻き達がこの異界の住民で、香純は爽達と同様に訪問者ヴィジターだからなのだろうか。

 だが、明らかなのは香純と小夜の間に何かしらの確執があるという事。

 香純が瀬里沢の母親だと分かった時、小夜は母親から溺愛する息子を奪った彼女ではないかと思われた。でもそれは、小夜がはっきりと否定している。

 何か、もっと根深い因果関係が潜んでいるのかもしれない。香純が爽達から離脱した今、その真実を知るのは小夜だけだ。

 でも。

 それを聞き出す前に、幕が下りてしまうかもしれない。とんでもなく中途半端で、冷酷なエンディングと共に幕が引けてしまうのか――理不尽で不条理な現実に直面しながらも、美津帆は負の終焉を予感していた。

「安心しなよ、美津帆。一緒に送ってあげるから」

 美津帆の予想通り、終幕は悲劇の幕開けだった。刀の鞘を片手に握りしめ、無表情で近付いて来る小夜に、美津帆は呆然としたまま立ち竦んでいた。

「どういう事? 訳が分からないよ」

 美津帆は青ざめた表情で首を小刻みに横に振った。

「訳? 教えてあげるよ。私は瀬里沢を解放してあげたいだけ。昔のしがらみにしがみつき、現実から逃れようとしている彼を救いたいの。だから、彼のそばにいるのは私だけでいい」

 小夜は無表情のまま、淡々と言葉を綴った。

 美津帆は言葉を失った。初めて耳にした小夜の本音だった。

 小夜はいつから瀬里沢と関係を持つようになったのだろうか。

 美津帆は動揺を隠せないまま、それでも必死に記憶の引き出しを片っ端からひっくり返し、小夜に関わる情報を探し求めた。高校時代、瀬里沢の周囲にいた人物の中に、小夜はいない。遠巻きに見つめる女子の視線がいくつもあったのは覚えているが、その中に一致する者はいなかった気がする。

 中学時代? 大学生になってから? それとも社会人になってから?

 分からなかった。その時代の記憶は、美津帆も持ち合わせてはいなかった。

 ひょっとしたら。

 いつの頃からかは分からないものの、人知れず瀬里沢を追い続け、いつの間にか自分の中で相思相愛だと思い込んでしまい、歪んだ愛情に肉付けされた独占欲だけが暴走してしまった――モンスター級のストーカー。

 美津帆は確信した。

 多分、これこそが真実だと。

「すぐに楽にしてあげる。この刀の鞘、突けば槍並みの攻撃力があるのよ。人の身体を貫通するくらい」

 小夜がぞっとするような冷笑を口元に浮かべた。じっと美津帆を睨み詰める瞳の奥には、凍てつくような情念の焔が蒼く揺らめいていた。

「近付くんじゃねえっ! だいたい、お前は御方様のなんなんだよっ! ストーカーか? 」

 落ち着き払った所作の小夜に、美津帆は乱暴な口調でまくし立てた。

「御方様? 美津帆、今、あんた、瀬里沢の事を御方様って言ったよね? 」

 小夜がにやりと意味深な笑みを浮かべた。

 美津帆はしまったと言わんばかりに舌打ちすると、露骨なまでに憎悪に満ちた目で小夜を睨みつけた。

「爽、あんたの言ったとおりだ。こいつは美津帆じゃない」

 小夜は美津帆を見据えたまま、息絶えて大地に伏す爽に話し掛けた。

「だろ? 」

 得意げな返事と共に、爽は何事も無かったかのように平然とした表情で跳ね起きた。

「咲良、お前・・・」

「またぼろ出したな。美津帆は俺のことを咲良何て呼ばねえし」

 愕然とした面相の美津帆には目もくれず、爽は小夜に何かを手渡した。

 刀の柄だ。

 小夜は爽に目配せをすると、黙ってそれを受け取った。よく見ると、小夜の持つ刀の鞘から、刀身の根元の部分が飛び出していた。

 小夜は慣れた手つきで柄を刀身に装着すると、ゆっくりと刀を引き出した。

「刀の柄?―― 貴様、刺されたのは演技だったのか? 」

 美津帆は呆然としたまま、熱にうなされているかのようなか細い声でぼそぼそと呟いた。 

「ああ。どうだ俺の演技、上手かったろ。少なくともお前よりかはな――是宮」

 爽は、口をパクパクさせながら無声で何かを訴えようとしている美津帆を見据えた。

美津帆はかっと目を見開くと、忌々し気に爽と小夜を睨みつけた。

 美津帆の顔の輪郭がゆっくりとその形状をを失い、大きく崩れた。顔だけじゃない。体も、身に着けているブラウスやスカートも大きく波打ちながら形と色彩を失っていく。が、やがて混沌とした波紋状に波打つ人影に陰影が生じ、色彩が宿ると、次々に立体感を生み出していく。

 短めの黒髪に色白の小柄な少年。丸顔で童顔の彼は、まさしく少年にふさわしい風貌だった。そして白いシャツにカッターシャツに白いスラックス。正面に続く長い石段の最上階で、笑いながら爽達を見下ろしている人物――是宮だった。

「凄い能力だな。それなら衣裳代もかからないし、一人で何役も出来る」 

 感心する爽に、是宮は不愉快そうに目線を逸らした。

「どうして気付いた? 」

 是宮は腑に落ちていなかった。自分の変身は完璧だったはずだ。にもかかわらず、爽は早い段階で美津帆が偽物であることに気付き、小夜と一芝居打ったのだ。

「香りさ」

「香り? 」

「ああ、お前が俺の横に立った時、凄く違和感を感じたんだ。すぐに気付いたよ。それが香りだってことに」

「体臭で見抜くなんて――貴様は獣かっ! 」

 是宮は忌々し気に吐き捨てた。

「体臭? 何か失礼な言い方だな。香りだよ。美津帆の香りは一緒にいると気持ちが安らぐんだ。でもお前の身体からは動物的な匂いしかしなかった」

 爽は笑みを浮かべた。確固たる自信に満ちた笑みだった。

 是宮は当惑していた。爽はそう感じてはいないだろうが、是宮は爽の言霊の調べが、確実に彼を見下しているかのような、マウントを取られているかのように思えて仕方が無かったなかったのだ。

 在り得ない。

 是宮は苛立ちを覚えていた。瀬里沢を遠巻きに眺めるしか許されていない下々の存在と見下していた爽が、明らかに自分よりも優位に立っている現実を咀嚼し切れずにいた。彼は表面的には誰にでも分け隔てなく立ち回ってはいるものの、根底には自分は瀬里沢の側近中の側近であり、クラスのヒエラルキーでは最上位に属していると自負していたのだ。

 クラスの中だけではない。恐らくは取り巻きの中においても。

 是宮は取り乱しながらも、自分を落ち着かせようと必死に暴走しかけている感情と理性を抑え込んだ。

 まだ負けた訳じゃない。こちらには奥の手がある――是宮はそう自分に言い聞かせると、無理矢理ふてぶてしい笑みを浮かべた。

 滑稽だった。

 本人は必死に平静を保とうとしているようだが、余裕綽々であるかのような表情や演技も、取って付けたようなぎこちなさがもろに露見しており、明らかに追い詰められて動揺している是宮の心情が、爽には呆れる程分かりやすく見て取れた。

「まあ、ばれてしまったのは仕方がないか・・・でも二人とも、肝心なことを忘れていないか?」

 是宮は口元に笑みを浮かべると目を細めた。

「何のこと? 」

 小夜が訝し気に是宮を睨みつける。

「本物の保住の事だよ。彼女、どこにいると思う? 」

 是宮は得意げに嘯くと、軽く首を傾げた。人を小馬鹿にしたようなポーズ。以前から奴が時折見せる仕草だった。かわいいっぽく見せているつもりなんだろうが、周囲の者から不評を買っていた事実を、多分奴は気付いちゃいない。

 爽は吐息をついた。

 それが妙な旋律を刻んでいる事に是宮は気付かない。

 動揺でも、落胆でもない。どちらかというと呆れた感のある調べだった。

 小夜も慌てる素振を全く見せないばかりか、表情一つ変えず、平静を保ったまま是宮を見ている。

「ご心配なく。美津帆はここだっ! 」

 爽は石段に近寄ると、何もない空間を鷲掴みにした。

 彼が鷲掴みにした空間の背景に、いくつもの皺の様な歪が生じる。

 爽は空間を背景ごと握りしめたまま、一気に引っ張った。

 最上段で笑う是宮と共に、遥かに伸びる石段の風景が、しゅるしゅると軽い衣擦れを奏でながら地面に崩れ落ちた。

 その向こうに、頭上高く垂直に伸びる石壁と、石畳の路面に転がる美津帆の姿が現れた。手足をロープで縛られ、口には白い布の猿轡を噛まされてはいるが、もそもそ動いているところを見ると無事なようだ。

「美津帆、大丈夫か? 怪我は? 」

 爽は美津帆に駆け寄ると猿轡を外し、ロープをほどいた。

「大丈夫よ! ごめん、油断した。小夜が鴨井を倒した時、突然後ろから袋みたいなのを被せられちゃって。気付いたらここにいた」

 美津帆は申し訳なさそうに肩をすくめた。

「良かったな、美津帆。爽の匂いフェチのおかげで助かって」

 小夜がにやにやと笑いながら二人を見つめた。

「匂いフェチはないだろ」

 爽はむすっとしながら答えた。

「ねえ、爽、私そんなに匂う? 」

 美津帆が困惑しながら爽を見つめた。

「匂うんじゃなくて香るんだ。いい香りがするの。安心しろ」

「それなら、いいけど」

 爽の説明に、何となくほっとする美津帆だった。

「おい、咲良っ! ひょっとして保住の居場所が分かったのも匂いなのか? 」

 是宮の瞳孔が開きっぱなしになっている。彼の策略をことごとく見破った爽の洞察量に戦慄めいた驚愕を覚えていた。

「匂いじゃなくて香りな」

 爽は美津帆を立たせると、衣服に就いた砂を払った。

「是宮、覚悟しろ。お前にはもう逃げ道はない」

 小夜が静かに剣先を是宮に向けた。

「覚悟? それはこっちの台詞だよ」

 是宮は無表情のまま、パチンと指を鳴らした。

 刹那、彼の背後に無数の人影が現れた。

 爽は息を呑んだ。美津帆と小夜も驚きの声すら上げることを忘れ、目の前に現れた群衆を固唾を吞んで凝視している。

 十代後半から二十代後半の女性達。総勢百人近くはいるだろう。

 無表情で虚ろな視線を中空に泳がせたまま、直立不動で整列している。

 皆、全裸だった。だが、誰も恥部を手で隠そうとせず、両手をだらりと下げたまま曝け出した状態で佇んでいるのだ。

「御方様への献上品さ。菅嶋が捕獲し、鴨井が調教した後に俺が所作を教えてお届けしているんだ」

 是宮は誇らしげに語ると、上目遣いに爽達を見据えた。

「こいつらは御方様の御意思にのみ忠実に動くよう仕込んである。動き出したら誰にも止められない。俺ですらな」

「肉の盾ってやつか」

 爽は憎悪に表情を歪めた。今まで生きたきた中で味わった事の無い最高の怒りが、彼の意識を激しく震わせていた。

「見ての通り無防備だけど、御方様が窮地に陥ったら身を盾にして守ろうするんだ。その時は理性のリミッターを解除するから、自分の身体がずたぼろになっても敵に襲いかかるんだぜ。こんなゾンビみたいな連中相手に勝てると思うか? 」

 是宮は饒舌になっていた。土壇場になって講じた戦略で、勝機を再び手中に得た事を確信していた。

「瀬里沢が望めば、だな」

 小夜が静かに語った。落ち着き払った声に、是宮の脅し文句に動揺した素振りは微塵も無い。

 むしろ動揺したのは是宮の方だった。小夜の一言に、彼は複雑な表情を浮かべ、頬を硬直させた。

「瀬里沢への献上品が、なぜこんなにここにあるのか。瀬里沢が望んでいるならすぐにでも連れて行くだろうに」

「それは・・・所作を教え込むのに時間がかかって・・・」

 足宮はしどろもどろに答えた。

「瀬里沢は献上品を望んじゃいないんじゃないのか? 」

 爽の一言に、是宮はかっと目を見開いた。

「違うっ! 」

「図星ね」

 慌てて否定する是宮に、美津帆がとどめの一言を放った。

「お前達、こいつらは御方様の敵だっ! ぶっ殺せっ! 」

 是宮が血走った目で叫ぶ。

 だが、献上品達は誰一人と微動だにせず、相変わらず視線を中空に泳がしている。

「おい、どうした! 俺の言う事を聞けっ! 指示に従えっ!」

 是宮は拳を振り上げながら献上品達を罵倒した。

「そりゃ無理だろ。瀬里沢の指示しか聞かねえんだよな」

 爽がぽつりと呟く。

 是宮はぎりぎりと歯を噛みしめると、ふと我に返ったような表情を浮かべた。

「じゃあ、これなら? 」

 顔が瀬里沢になっていた。顔だけじゃない。声までも瀬里沢そのものだった。

「みんな、あいつらを皆殺しにしろっ! 」

 是宮は冷酷な笑みを浮かべると、瀬里沢の声で献上品達に命令した。

 だが、献上品達に変化はなかった。その声にすら、反応する者は誰一人としていなかった。

「何故? 御方様の顔と声を拝借しているのに? 」

 是身は呆然としたまま献上品達を見渡した。とっさの判断での逆転劇を信じ込んでいた是宮の顔に、失望と疲弊が色濃く浮かぶ。

「本質が違うんだ。彼女達は完璧に洗脳されているからこそ、それを感じ取ってんじゃないか? レプリカは本物にはなれないってことさ」

 爽の一言に、是宮は憤怒の表情を浮かべた。

「馬鹿にしやがってえっ! じゃあこいつらを盾にして貴様らを倒してやるっ! 」

「いい加減にしろっ! 」

 爽が激高した。溜まりに溜まった是宮への怒りが、一気に解き放たれる。

 刹那。

 凄まじい爆音と共に、天上から青い光が空に小刻みに軌跡を描きながら降臨すると、是宮を直撃した。

 落雷だった。青天の霹靂とはこのような現象をさすのだろうか。

 是宮の身体は一瞬にして黒い塵と化し、消えた。

「爽がやったの? 」

 美津帆がうわづった声で爽に問い掛けた。突然の出来事で、妙に意識が高揚しているようだった。

「違う。俺じゃない。偶然なのか、それとも・・・瀬里沢かも」

 爽の答えに、美津帆と小夜は静かに頷いた。

 少なくとも、瀬里沢は献上品を望んではいなかった。それ故に、受け取り拒否された者を是宮がやむなく管理していたのだ。

 その献上品を使って、それも自分の声と顔を複製して指示を出した是宮の行動に怒りを覚え、裁きを下した――そう考えると、何となくつじつまが合う。

 不意に、女性の叫び声が響き渡る。

 献上品の女性達がお互い身体を寄せ合って蹲っている。

「爽、見ちゃ駄目っ! 後ろ向いてっ! 」

 美津帆の声に爽は慌てて彼女達に背を向けた。

 術が解けたのだ。洗脳に関わった三人の存在がこの異界から消えた為、術の効力が無くなったのだ。

「心配しないで。ちゃんと家に帰れるから。みんな、目を閉じて自分の家を思い浮かべなさい。私が空間を繋いで送り届けてあげる」

 小夜の声に、女性達は怯えながらも慌てて眼を閉じ、一心不乱に自分の家を脳裏に描いた。

 小夜はゆっくり彼女達のそばに近付くと、剣先で中空に複雑な文字らしきものを描きいた。そして、大きく刀を水平に払う。

 同時に、虜囚達の姿が掻き消すように消えた。

「これで良し。時空を繋いで彼女達を各家庭に戻したよ」

 小夜は刀を鞘に納めた。

「爽、もういいわよ」

「あ、ああ」

 美津帆の声に振り向くと、さっきまで百人近くいた全裸の女性達の姿は無く、辺りには再び静けさが訪れていた。

「ここからどう進んだらいいんだろ」

 爽は目の前に聳え立つ壁を見上げた。さっきまであった医師団は完璧なフェイクで、精巧な画像を張り付けた布で壁を覆い隠していたのだ。

「心配するな。また飛べばいい」

 小夜が微笑みながら爽と美津帆の肩に手を掛けた。


 

 



 

 


 


 

 

 

 

 


 

 

 


 

 

 

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