第11話 驚愕と至福は唐突に

「疲れた! 」

 爽はどっかと椅子に腰を下ろした。

 二人のいる場所は、彼らの故郷の地方図書館。郷土の経済関係の資料を揃えている、今まで立ち寄ることの無かった一角だ。

「でも、色々収穫あったよね」

 美津帆も、爽の隣の席に腰を降ろす。

「香純が瀬里沢の母親だったとはな」

 爽は開きっぱなしの雑誌の一面に目を落とす。瀬里沢の父親の葬儀の記事だ。地元では有名な実業家と言うこともあってか、大きく記事に取り上げられている。その記事の片隅に掲載された葬儀の写真に、沈痛な面持ちの香純の姿があった。爽達が知っている若い頃の面影はあるとは言え、憔悴し切ってやつれた顔は実年齢よりも遥かに老けて見えた。

「香純があの隠し部屋にいたのは、菅嶋が操っていた哺乳瓶の化け物から逃げるためだったのかなあ」

 美津帆は首を傾げながら呟いた。

「かもしれないな、あの哺乳瓶に捕まっていたの、女性ばかりだったもの」

 爽は頷いた。

「それだけじゃないよ、捕まっていた人の共通点は」

 美津帆が目大きく開いて爽を見た。

「えっ、他に何かあったっけ」

「みんな母親だった」

「あ、そう言えば・・・解放された時、あっちこっちから子供達が駆け寄ってたな」

「でしょ? 」

「え、てことは・・・まさかっ! 」

 爽は驚きの表情で美津帆の下腹部に視線を向けた。

「私は違うわよ。たぶん、小夜も。哺乳瓶に立ち向かっていったから捕まったパターンね」

 美津帆はけらけらと笑った。

「じゃあ、あの哺乳瓶って」

「母親を・・・母性を捕らえる為の呪物だと思う」

 美津帆の意見に、爽は頷いた。

「そういやあ、小夜も言ってたよな。前のステージの時に」

「先生とのこと? 」

 美津帆が眉をひそめて爽に尋ねる。

「うん、母性に飢えてたって」

「それで、菅嶋は呪物を使って瀬里沢の為に母性ハンティングに勤しんでたのか」

「でも、瀬里沢は満足していなかった」

 爽は目を細めて呟いた。

「どうして? 」

「捕らえた母性はみんな瓶の中にあったみたいだからな。あの時、民衆の中に自分の妻や母親を見つけられなかった人はいなかったろ」

「そう言えば・・・」

「菅嶋の捧げものを、瀬里沢は受け取らなかった」

「何故? 」

「瀬里沢の欲しいものが無かったから」

「ひょっとして、香純? 」

 美津帆の瞳が輝く。

「多分」

 爽が頷く。

「この辺りは話が何となくリンクしたわね」

 美津帆は腑に落ちたのか、納得したように頷いた。

「後は小夜の存在か」

 爽は吐息をついた。明らかなのは、爽達の敵ではないということ。ただ香純にとっては最愛の人を奪った存在であること。もし、小夜が瀬里沢の彼女だったら、何となく状況はリンクする。溺愛する息子を他人に奪われた母親の歪んだ愛情とでも言うか。小夜の話では、瀬里沢本人と母親との関係は余り上手くいっていなかったらしい。でもそれは、彼女目線で瀬里沢の母親を揶揄する常套手段ではないか。

 ただ小夜は瀬里沢の彼女じゃない。本人がそう答えたのだ。

 じゃあ、いったい何故に瀬里沢の取り巻きを消そうとしているのか。瀬里沢を独占したいのか? 

 違うような気がする。

 其れなら、真っ先に香純を消すはずだ。そして、訳の分からないまま関わり続けている爽達も。

 爽は眉をひそめた。ピースの欠けたジグソーパズルを組み立てているかのような、もしくはゴールの見えないダンジョンを彷徨い歩いているような心境だった。

「真実に近付いているように見えて、実はそうでないみたいよね」

 美津帆は大きく吐息をついた。

 大きく欠けたピース――それは、言うまでもなく小夜の存在だった。

 現在、埋め込むピースが無くて空白となっている案件――瀬里沢の父親を騙して心身共に衰弱させた挙句に死へ導いた存在なのか。

 だが、そこに導くべく複数のピースが見つかっていない。

 ひょっとしたら、彼女が、あの異界のクリエイトマスターなのか。あらゆる不条理を無視してストーリーを組み立てるのなら、その方が都合がよいだろう。

 じゃあ、何のために?

 何の目的で?

 どうやって?

 そんな力、常人にはない。

 異界を作り出すこと自体不可能だ。ゲームの仮想世界とは全く異なるのだから。

 爽は頭をがりがりと搔いた。

 否定的な思考に偏ると、それ以上前には進まなくなる。

 今を其のまま捉えるしかない。

 不定期で異界に飛ばされる現実と、瀬里沢の存在が大きく関与している異界の存在を、そのまま受け止めるしかないのだ。

「ありがとう」

 突然、美津帆がはにかみながら爽に言った。

「えっ! 」

 爽は驚いて美津帆を見た。

「俺、何かしたっけ? 」

「助けてくれたじゃない。哺乳瓶を蹴っ飛ばして。あの時のお礼、言ってなかったから」

「あ、いやあ当然のことをしたまでで」

 照れながら頭を搔く爽を見て、美津帆はくすりと笑った。

「取り巻きも残すところあと二人・・・この二人を倒したら、新しい展開があるかも。色々とこっちの世界で調べるよりも、その方が早いかもね」

 美津帆は読み掛けの雑誌を閉じた。異世界に関わる事案に捉われて、混沌とした思考が整理出来ずに苦しんでいる爽への、彼女なりの気配りだった。

「そうだね。ここまで調べても分からないところは、あっちの世界で出くわした問題を片づけて行けば見えて来るか」

 爽は安どの表情を浮かべると雑誌を小脇に抱えて本棚に向かった。確かに、いくら悩んだところで、最終的に答えは異世界の中で求めるしかないのかもしれない。

 そうだとしたら、こちらの世界でああだこうだ検索するのも時間の無駄ってことになる。特に、何となく終盤に差し掛かってきた今は、異界で真実を追求する方が近道だろう。キーパーソンとなる人物も異界でしか会えないのだから。

「美津帆、帰ろうか」

 爽は本棚に雑誌を戻しながら美津帆に声を掛けた。

「うん。あ、でも、家に寄んなくてもいいの? 」

 美津帆は気を使ったのか、爽にそう尋ねた。

「今日はいいや。寄るとまた色々聞かれて大変だし」

「何が大変なのよ」

「えっ! 」

 慌てて振り向く爽。

 美津帆の背後に、彼の姉、美晴がにやにや笑いながら立っていた。

 美津帆も全く気付かなかったらしく、口を押えたまま呆然と立ち竦んでいる。

「姉ちゃん・・・」

 爽は陸揚げされた魚の様に口をパクパクさせている。

 思いもよらぬ姉の出現に、彼の思考は完璧にフリーズしていた。







「信じられない、そんなことってあるの? 」

 美晴は思いっきり引いた表情で爽と美津帆を見つめた。

 図書館に併設されている喫茶室。感染症蔓延のご時世か客は少なく、ほぼ爽達の貸し切り状態だった。テーブルの上には珈琲カップが三つ、白い湯気と引き立ての香ばしい香りがゆっくりと立ち上っている。

 『お茶しようよ、奢るから』と誘う姉の気遣いに甘んじて爽達は珈琲をごちそうになることになったのだ。

 店内はガラガラだったので、三人は六人掛けのテーブルに間隔を取って座り、それでも間に設置されたアクリル板越しに声を潜めて会話だった。

 昔から姉が奢ってくれる時には必ずと言っていい程裏があった。

 今回もきっと何かあるなと警戒する爽だったが、恐らくは自分と美津帆の馴初めについて突っ込んでくるなと予想はついていた。

 だが、実際には意外にも意外、瀬里沢に関してのことだった。

 瀬里沢の行方に固執する爽達を不思議に思っのだろう。でも、人に話したところで信じてもらえるような次元じゃない。爽達はお互いに確かめ合うまでもなくそう察していたので、他の誰にも口外していないのだ。ところが、しきりに理由を聞いて来る美晴の攻撃に観念した爽が、事の一部始終を打ち明けたのだ。

「信じられないかも知れませんけど、本当なんです」

 爽を援護する真剣な表情で語る美津帆に、美晴も何とか受け入れたのか、ふううっと大きく吐息をついた。

「分かった、信じる。爽の眼は何かきょどってるけど、みっちゃんの眼は真実を物語ってる気がするもんね」

 美晴は腕を組むと何度も頷いた。

「みっちゃん・・・」

 姉が美津帆をそう呼んだことに爽は驚きを感じつつ、何気に美津帆を見ると顔を真っ赤にしている。決して嫌悪ではなく、明らかに恥ずかしさと喜びの入り混じった表情だった。

「昔から友達付き合いの悪い爽がさ、どう考えても自分とは正反対の瀬里沢一族の御曹司の行方を追ってるなんて意外だなって思ってたのよね」

「俺って、そんなに友達付き合いが悪かったっけ? 」

 爽は不満げに姉にこぼした。

「お母さんがお父さんに話してたの聞いたんだ。高校の時の二者面談で先生から友達がいないようなこと言われたって」

「二階堂? 」

「だったかな。お母さんは爽は人間関係がこじれないように浅く広く人と接する子なんだって言い返してやったって」

 けらけらと楽しげに笑いとばす姉に、爽は思わず苦笑いを浮かべた。姉の性格は爽の母親譲りだから、そのグッジョブな切り替えしは素直にすっげえと思わざるを得なかった。

 美津帆はそっと爽を見つめると意味深な笑みを浮かべた。

 似た者同士――彼女はきっとそう思ったに違いなかった。

「でも姉ちゃん、何故図書館に来たの? 」

 爽が姉に問い掛けた。

「ちび達の絵本を返しに来たのよ。二人ともお昼寝してたから旦那に頼んで。それに、私も調べたいことがあったから」

「え、何を? 」

「君たちと一緒だよ。瀬里沢一族の繁栄と衰亡の歴史。二人が色々調べているのを聞いて、なんだか気になっちゃってね。あ、でも、私が調べる前に二人とも見つけたみたいね」

 美晴は少し残念そうに言うと、珈琲カップに手を伸ばした。

「それがさ、大した情報が無くて。姉ちゃんが電話で教えてくれたことを裏付ける証拠は見つかったけど」

「ほんと? 」

 爽の言葉に美晴は目を輝かせた。

「うん。瀬里沢の父親の葬儀の画像があるんだけど、香純はそこにはっきりと映っていたよ。瀬里沢夫人としてね」

「あと、どうしてもわからないのが小夜の存在なんです」

 美津帆が口元を歪めながら目を伏せた。

「小夜か・・・うーん、分かんないよねえ」

 美晴は眉間に皺を寄せた

「瀬里沢の父親が、死ぬ何日か前に言ったっていう『あの女に騙された』って

言葉に関係してるのかと思ったけど、それも確証はないし・・・異界では何故か助けられたりしてるし・・・悪い人ではなさそうだし」

 爽は、顔をしかめながら珈琲カップに手を伸ばした。小夜が爽達を助けてくれたのも、恐らくは、彼女が目的を達成するための行動と爽達に関わるイベントの縦軸と横軸が微妙に交わるタイミングで、偶然が重なっているだけなのかもしれない。

 とは言え、爽には彼女が人を欺くような人物とは思えなかった。

 小夜は必要以上のことはしゃべらなかった。接触回数が増えるにつれ、会話は増えたものの、基本的な姿勢は変わってはいない。数少ない会話の中でも、目をじっと見つめて思いを伝えるわけでも、意にそぐわない相手を罵倒するわけでもない。

 見るからに自然体だった。

「小夜の存在が、すべての謎を握っているような気がするんです。でも、その関連性というか、紐づけが出来なくて・・・瀬里沢との関係が分かれば、はっきり分かると思うんですけど」

 美津帆は美晴を見つめた。

「そうよねえ、二人の話を聞いていると、そこが大きなポイントよねえ。こうなったらあれだよ、やっぱり瀬里沢本人か母親を見つけ出すしかないわけか。でも分かんないんだよね。うちに来るお客さんも連絡取りたくても取れないって言ってたし」

 美晴は申し訳なさそうに答えた。

「俺達もそう思って色々調べたけど、結局手掛かりがなくてさ」

 爽はカップの珈琲を一気に飲み干した。

 今の状況から言えば、異界に飛ばされた時点でのストーリー展開に身を委ねるしかない。結論はそうなる。

「あのさ、爽達が異界に行っちゃってる時って、こっちの世界とはギャップでないの? 戻ってきたときに何日もたっているとか」

 美津帆の目が好奇心にかられてか、きらきらと輝く。

「それが、こっちの時間は全く進んでいないんだ。向こうに行って戻ってきても、そのタイミングは跳ぶ直後の時間に必ず戻ってきているな」

「じゃあ、異世界に行って帰って来ても、周りの人は全く誰も気付かないってこと? 」

「まあ、そうだね」

「ふうん・・・」

 爽の答えに美晴は素直に頷いた。余りも信ぴょう性の無い話ではあったが、爽達の口振りに美晴も感じ得るものがあったのだろう、彼らを否定する言葉は一綴りも言葉にしていない。

「不思議なんですけど、私達、異界では高二の時の姿なんです。私達だけじゃなく、瀬里沢や彼の友達、そして香純までもが。小夜も、たぶん同じだと思います・

「え! そうなの? 若返るんだ・・・いいなあ」

 美晴が羨まし気に美津帆を見た。

「でもさあ、なんで俺達なんだろ」

 爽はぽつりと呟くと首を傾げた。

「そうよね、私達って、どっちかてえと瀬里沢から遠い位置にいたのに」

「そうなんだよな。そこが分からん」

 爽はその点が納得いかないらしく、吐き捨てるように言った。

「何か必然性があったってことよねえ」

 美晴は俯きながら眉間に皺を寄せた。

「話変わるんだけど、二人ともこの後どうするつもり? 」

「どうするって・・・帰るけど」

 唐突な美晴の問い掛けに、爽は眉をひそめながら訝しげに答えた。

「ならうちに泊まりに来なよ。明日も休みでしょ? 」

「うん、まあ・・・でも突然行ったら迷惑じゃない?」

 爽は口ごもりながら、ちらっと上目遣いに美晴を見る。迷惑をかけるというよりも、迷惑を掛けられたくないがための言い訳だった。家に寄れば美津帆が気疲れするのは目に見えていたからだ。

「遠慮しなくていいって! 全然迷惑じゃないから。どっちかってえと、手間が省けるから来てくれた方がいい」

「どういう事、それ」

 美晴の意味不明な台詞に爽は怪訝な表情を浮かべた。

「お父さんの知り合いが松坂牛を大量に送ってきてくれたのよ。爽にもみっちゃんの分も一緒に送るつもりだったんだけど、うちで食べて行ってくれれば送る手間省けるし」

「えっ・・・」

 爽は言葉を失った。美津帆が気疲れするんじゃないかと思い、今日は家に寄らずに帰る予定だったのだ。運悪く? 姉に見つかった時から家に来いと言われるのは予想がついたので、どうやって断ろうかと瞬時に思考を巡らせていたのだ。

 だが、彼の心境は激しく揺れ動いていた。

 実家に寄らずに帰る選択肢と実家に顔を出して帰る選択肢のの二択しかないのだが、後者が余りにも酷だった。前者だと二人きりの自由な時間が保証され、後者だと豪華絢爛松阪牛祭りが待っているものの、家族のゴシック的な質問攻撃がセットでもれなくついて来る。とはいえ、彼の父親の知り合いが送って来る松阪牛は、結構なハイクラスのもので、今までも何回か頂いたことはあるのだが、全てが大満足の優れモノばかりなのだ。

 美津帆は、どうなんだろうか。

 自分の欲望に駆られての行動はまずい。まずは彼女の意見も尊重すべきだろう。

「みっちゃんはどう? 」

 美津帆へのお伺いを躊躇っている爽を横目に、美晴がすかさず彼女に声を掛けた。

「ご馳走様ですう! お世話になりますう! 」

 美津帆の目はハートになっていた。

 彼女への気遣いは全く持って無駄足だったことに気付いた爽は、ほっとしたような何とも言えない虚脱感に包まれていた。






「疲れた? 」

 ベッドの隣に横たわる美津帆に、爽はそっと声を掛けた。

「松坂牛最高だったよ! 」

 美津帆が満足げに笑みを浮かべた。

 答えになっていない。

 でも、まあ、疲れてないってことだろう。

 晩御飯はすき焼きだった。それも、お肉どっさりのお祭り状態だ。

 前に来た時はまーさんが料理を全て取り仕切っていたのだが、今回は母がメインで、まーさんは補佐に徹していた。母のこだわりがあるらしく、すき焼きと鍋の時はいつも母が陣頭指揮をとっているのだ。鍋奉行ならぬ鍋の局とでも言おうか。

 予想していた通り、両親は暴走して美津帆のご両親への挨拶をいつするかとか、結納はとか、とにかく末広がりに勝手に話を進めて盛り上がり、それでも美津帆は笑顔で上手く交わしていた。日頃何人もの患者を相手にしている医師だけに、その辺りは百戦錬磨の経験を積んだ強者なのだ。むしろ爽の方がただただおろおろするばかりだった。

 二人は一つのベッドに並んで布団に潜り込んでいた。

『布団出さなくてもいいよねえ』とニマニマ笑う姉の気遣い? のおかげだった。

 もともと帰りが遅くなったらどこかホテルで泊まるつもりだったから、着替えは容易してあったのが幸いした。但し、荷物を少しでもシンプルにしようとしたので、爽は黒いTシャツに短パン、美津帆は淡いピンクのロングTシャツといったラフな格好だった。

「あと、二人か・・・」

 爽は天井を見つめた。

 彼らが異界に召喚される度に行く手を阻もうとする瀬里沢の取り巻き達。小夜に次々に昇華され、残りは二人だった。

「菅澤は、何だかちょっと違ったよね」

 美津帆が、そっと呟く。

「ああ。あの何て言うか・・・哺乳瓶、自分でぶっ壊したし。小夜に切られなくても自分で消えたし」

「うん。それにさ、現実でも今思えば菅澤だけ何となく瀬里沢との絡み方が違ってたよね? 」

 美津帆は爽に顔を向けた。

「そう言えばそうかも」

 爽は頷いた。今まで対峙してきた四人の中で、菅澤だけが異質だった。最初の三人が、ただ瀬里沢のカリスマ性に魅かれただけでなく、彼の魅力を利用して自分の私欲を満たそうとする輩であったのに対し、菅澤は何となく違う匂いがしたのだ。

 菅澤は、瀬里沢の心に潜む空洞を感じ取っていた。彼の行動は、それを補おうとする瀬里沢への救済を目的にしていたのだ。

 取り巻き達の中で、恐らくは唯一利害目的ではない友人だったのかもしれない。

 それは、爽と美津帆には明文化された事実とは捉えられていない。だが、高校時代の菅澤がとっていた瀬里沢の対峙姿勢が、全てを物語っているように思えた。

 菅澤は、瀬里沢に対して常に対して常に『対等』のスタンスを貫いていた。他の取り巻き達についても同様だった。表向きは従属を示し、その権威にあやかって好き勝手やっていた他の取り巻き達とは明らかに異質な存在だったのだ。

 他人と深く関わるのが嫌いで、極力表面だけの付き合いでさらっとかわしてきた爽だったが、菅澤とは不思議と身構えずに会話出来ていたような気がした。

「後の二人は、ガチだよな」

 爽は吐息をついた。爽が記憶している限りでは、残りの二人は菅澤とは対極の位置にあった。厄介事が待ち受けているのは目に見えている。

「うん、あの二人は、ちょっとねえ。お手紙事件の時も私の事さんざん茶化してくれたし」

 小学校時代の嫌な思い出がフラッシュバックしたのか、美津帆は忌々し気に表情を強張らせた。

「美津帆が瀬里沢の事、好きだったなんて驚いた」

 爽がしみじみ呟く。

「あれは子供の頃に在りがちな、外観で魅かれちゃう単純な憧れみたいなものよ。あいつ、小学生の時からスター的な存在だったから」

 美津帆は苦笑を浮かべた。

「どうしたの? まさか、嫉妬してんの? 」

「そうじゃないけど」

 爽は慌てて否定した。だが、美津帆に見事マインドを見抜かれた爽は明らかに動揺を隠し切れない。

 不意に、美津帆が爽にしがみついた。柔らかな肌の感触が、衣服お薄い生地を通じて生々しく爽の身体に伝わってくる。

 爽は美津帆を抱きしめた。無言のまま、貪るように唇を奪う。

 美津帆は抵抗することなく、むしろ望んでいたかのようにそれを受け入れた。


 







 































 




 




   














 

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