第21話

十四


 平田島の海は穏やかで、潮風に乗ってカモメが気持ちよさそうに飛び交っている。港では早朝に出港したフグ漁の漁船が大漁旗を揚げて次々に帰港している。その中に奈川さんのご主人の姿があった。奈川さんに両手を振り出迎えた。僕らの後ろには薮原さんと奈川さんの奥さん、そして静香がいる。


「よう! 無事に帰ったようだな! 何とかっていう坊主に勝ったんか?」

相変わらず奈川さんは陽気だ。この戦いの前に奈川さんに送ってもらって、船上で元気付けてもらったことは本当に良かった。僕はすぐに影響を受けてしまうので、奈川さんの『なんとかなるわ』という楽観的なスタンスが緊張した僕を和らげてくれたのだと思う。

「はい、おかげ様で勝つことができました。ありがとうございました」

船上で奈川さんも大喜びして海に飛び込んでしまった。少ししてプハーッと息継ぎすると大笑いしていた。

「お兄ちゃんだったらやると思っていたよ。これでこの国も安泰だぁな! やったなぁ! ガッハッハ!」

水揚げを終了したら約束通りフグをご馳走してくれるそうで、その日の漁で捕れた大型のトラフグを選ぶと張り切っていた。僕らは奈川さんの仕事が済むまで、薮原さんのお宅で戦いの経緯を報告することになった。

「それにしてもよく勝てたわなぁ。不動君には勝算があったのかぇ?」

「いえ、勝つとか負けるとか全く考えていませんでした」

実際身の危険などということは本当に考えていなかった。

「不動君って昔から都合よく鈍感だもんね」

静香は僕の顔を覗き込んで茶化してきた。

「ただ、修蓮法師が熊野で落としたレプリカの草薙剣を本物と思い込んで油断していたと思いました。それに大神神社の木々が僕の味方をしてくれましたから、マイナスのことは何も考えていませんでした。あと、静香が加勢してくれたのも大きかったです」

「ところで静香さんは大神神社に行くまで何をしとったんかぇ?」

薮原さんも興味津々だ。

「不動君が札幌に来ていた時、北海道神宮の宮司さんから連絡があって、修蓮法師が動き出したことを聞きました。私は不動君にそのことを言うつもりでしたが、宮司さんは不動君の役目がわかっていました。村田先生に会いに行くことも、草薙剣を手に入れることも。それから私は北海道神宮に安置されている八尺瓊勾玉のことを聞きました。来る日も来る日も水を操る訓練をしたのですが、全く成果が出ず私には勾玉を持つ資格と才能がないのではないかと思って心が折れてしまいました」

「静香さんも苦労なさったんじゃな……」

静香は話を続けた。

「北海道神宮は、日本で唯一神殿が北向きに配置された神社です。それは北方を守る意味もありますが、本当は本州の力を借りることなく、北海道は北海道で発展してほしい意味があって本州に背中向けています。だから北を向いているのです。そして水に苦労しないように八尺瓊勾玉を神殿に祀ったのです。私は、それなら本州にも別の場所に勾玉があるのではないかと考えました。それから北海道神宮の書物庫に入り、ひたすら八尺瓊勾玉のことを調べました。そこで八尺瓊勾玉が二つあり、二つ揃って初めて鳳凰を呼び出し、水を操る力を得ることができるとわかりました。私は出雲大社にもう片方の八尺瓊勾玉を取りに行き、鳳凰を操る訓練をし、修蓮法師との戦いに備えました」

「じゃあ、出雲大社神殿の裏山で祠を掘り起こしていたのは……」

「そう、私なの」

僕より先に静香が八尺瓊勾玉を手に入れていたのだ。

「そして宮司さんから大神神社での最終決戦があると予告され向かったのです」

僕は村田先生以外にも優れた霊能士がいることに驚いた。

「北海道神宮の宮司さんって、村田先生の従兄弟なの」

「そうだったのか……」

僕は静香の話に聞き入っていた。たぶん静香も修行の間心細く寂しい日々を送っていたのだと思う。それでも諦めずに頑張り続け、最後は僕のところに戻ってきたのだ。

「不動君と静香さんや。今回の戦いで離れ離れになってしまっていたが、本当に縁がある者たちはどんな試練があっても見えない糸で繋がれており、引き裂かれることはない。その証拠に今二人はここにおる」

薮原さんの言葉を聞いて僕と静香は目を合わせた。

「修蓮法師が消えた直後に僕らは天照大神に会いました。元々神と仏は同じで、人間のエゴや欲のために都合よく存在を分けて権力を握るものに使ってきたのです。人間も神も自然から生まれてきたのです。僕らが修蓮法師に勝てたのは自然を守りたい、そうすれば争いを減らせれると感じたからだと思います」

「不動君って基本的に欲がないものね」

「水無神社の宮司さんが言っておられました。『善心のない者が草薙剣を手にすると命を落とすと言われております。間違っても良からぬことを考えないように無心でお持ちください』と。神々が考えておられるのは、平和で争いがなくこの地球でみんなが仲良く支えあって共存できることだと。僕は戦いを通して邪な気持ちが世の中をダメにしてしまい、認め合い支えあうことことで平和の均衡が保たれるんだって学びました」

「そうじゃな。本当にお主らよく頑張った。不動君が『選ばれた人』になったのは、邪心がないことを神々がわかっておられたからじゃ。ところでこれからどうするのじゃ?」

「はい、三種の神器をあるべきところに戻しに行きます。よって草薙剣はこの島にお返しします。八咫鏡は伊勢神宮へ、八尺瓊勾玉は北海道神宮と出雲大社にお返ししに行くつもりです」

「それがよかろう」

それが一番いい。本来あるべき場所に戻す。僕らは何の力を持たない弱い状態でこの地球で命をもらい、いろいろな人と会い、いろいろなことを学ぶ。そしてこの地球をどうやって守っていくかを考えながら生きていく。その中で心の在り方ややりがいを見つけて行動し、子孫を残してそれらを伝え、役目が終わったら大地・自然・地球へと帰っていく。三種の神器も今役目を終えて、あるべきところへ帰る。それが一番いいのだ。


「そろそろフグの兄ちゃんが準備を終えて迎えにくるぞい」

薮原さんがそう言った直後に電話が鳴った。

「準備できたって。遅いから頬っぺた膨らませて怒ってるってさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る