第20話

「ほう、またお会いしましたね。よくご無事で」

「おかげさまで身体は頑丈な方なんですよ」

僕の姿を見ても修蓮法師は全く動揺していない。余裕すら感じる。

「先日熊野で草薙剣をいただいて、あとは八尺瓊勾玉だけなんですよ」

「そうですか。あいにく僕もそれを見つけることができなくて困っています」

やはり修蓮法師も八尺瓊勾玉をまだ手に入れていないらしい。それに、熊野の戦いのときに手に入れた草薙剣がレプリカだということに気付いていないようだ。

「では、何のためにここへ来たのだ?」

「修蓮法師さんを説得するためですよ。クーデターを起こすのをお止めになりませんか。村田先生からあなたのことを聞きました。あなたのご先祖様が大変辛い目にあったそうですね。お気持ちはわかりますが、やり方がよくない。仏に仕える方の取る道ではないと思います」

「あなたはわかっていない。私は仏に仕える身だからこそ改革をしたいのだ。この世は腐りきっている。みな努力を怠り、苦しい時だけ神頼みをし、神仏の力添えのおかげで願いが叶っても感謝の気持ちを忘れる。この国は心が欠乏しているのだ。仏の道に生きる者はみな修行に耐え、励ましあい、生きる喜びを得て感謝の気持ちを持つ。全国民がこのような思いを持てばこの国は変わる。そう思わぬか?」

小さい子供を諭すような優しい口調だ。

「確かに一理あります。しかしやり方が違うのです。あなたは強引です。仏が治めるような国にしたいのであれは、破壊や殺生をやめて、正しく人を認めて正々堂々と改革をすればいいのです」

修蓮法師の表情が鬼の形相となり厳しい口調に変わった。

「手ぬるい!」

「あなたは改革を盾にして独裁者になろうとしている。ファシズムだ。あなたが三種の神器を手にしたら、この国を守るどころか壊してしまう。八咫鏡をあるべきところへ返してください。そうしないと僕が返しますよ」

「ふざけたことを言うでない! 草薙剣も八尺瓊勾玉もなしで、私からこの鏡を取り上げるというのか。大した度胸だな。村田も出来損ないの弟子を持ったものだ!」

修蓮法師は八咫鏡を手に取り念じると、たいまつの火が高く垂直に上がり火柱が一つにまとまると急降下して巨大な滝のようになり僕に襲い掛かってきた。一瞬で炎に包まれたが周りの木々が揺れ、僕の周りに直径二メートルほどの竜巻が立ち修蓮法師の放った炎を蹴散らした。右手には草薙剣をもっていた。

「それは……」

「これが本物の草薙剣だ」

初めて修蓮法師の動揺したした表情を見たが、すぐに元に戻った

「どういうことだ。まあよい。にわか仕込みの技で私の技に対抗しようとするのが若輩者である証拠だ」

修蓮法師は右手で印を結び再び大声を発した。すると鏡から爆音とともに三体の火竜が飛び出した。二体は僕の左右へ回り込み、僕の逃げ場を封じ込め、一体は僕の前で攻撃のタイミングをうかがい向かってきた。

「神火清明六根清浄!」

熊野で木々と波長が合ってから、学んだことのない呪文のような言葉が次々に出るようになっている。同時に舞を舞うように剣が動く。剣で頭上に円を描くと、その円の中に風虎が立ち三体に分かれ左右二体の火竜の接近を拒み、向かってきた火竜に残り一体の風虎が応戦し爪と牙で火竜を破壊する。すさまじい力だ。火竜が一体消えるとすぐ修蓮法師は印を組み直して叫ぶ。

「ギャキギャキウンタラタカンマン!」

鏡から次々と火竜が飛び出し襲い掛かってくる。草薙剣を手にしていると勝手に身体が動き舞を舞い、それに合わせ修蓮法師の攻撃を綺麗にかわしている。そして修蓮法師のところに残った火竜八体が並びこちらを睨んでいた。

「伝説の八岐大蛇だ。日本神話だと草薙剣は八岐大蛇の体内にあったという。その剣をあった場所に戻していただこうか!」

火竜は再び二体が僕の左右に飛んで逃げ道を封じ、残りの五体が波状攻撃を仕掛けてきた。

剣を振りかざし「魔界仏界道如理一相平等無差別!」と叫ぶと巨大な風虎が現れ、一体ずつ破壊した。修蓮法師は次から次へと火竜を出すが、ことごとく風虎に破壊される。しかし破壊された火竜から飛び散った火の粉が集まって再び火竜に修復されていた。一進一退の攻防の中、その存在に全く気付くことができず、よろめいて足を止めた瞬間背後から口を開け襲い掛かってきた。風虎も反応しきれず、修蓮法師の薄ら笑いが見えた。

「終わりだ!」「サムハラ!」

二つの叫び声が耳に入ったと同時に、爆音がして僕と火竜の間に水の壁ができた。

水の壁の淵を見ると、赤と緑の勾玉を持った巫女の姿があった。そして彼女は僕の横へと走ってきた。


「静香……」


「不動君お待たせ」

幻ではない。間違いなく静香だ。

「細かい話はあとで。さぁ、修蓮法師を一気に片付けるわよ」

再会は嬉しかったが、できれば平和な場所で再会したかった。とにかく今は、目の前の修蓮法師を止めて完全に決着をつけなければならない。静香の言うとおり一気に片付けよう。

「やはり私は御仏のご加護があるようだ。草薙剣も八尺瓊勾玉も手に入れれるとはな。容赦なくいきますよ」

火竜の炎が大きくなり、風虎を振り払った。そして分かれていた火竜が一つにまとまり大きな火竜となって向かってきた。静香もそれと同時に二つの勾玉を合わせて火竜に向かっていった。

「不動君! 私を剣で仰いで!」

「よし! 臨兵闘者皆陣列在前 剛力招来 剛力招来 剛力招来!」

舞を舞いながら九字を切った。剣から出た風は無数の風虎となり静香の左右を走った。

「神火清明 神水清明 神風清明!」

静香が叫ぶと両手の勾玉から緑と赤の鳳凰が飛び出し、風虎と共に火竜へ向かいぶつかると大爆発を起こした。

 僕と静香は爆風で吹き飛ばされたが、金色の光に優しく包まれ爆発から守られた。よく見ると宙に浮いている。その下では炎が渦巻き、修蓮法師を飲み込んでいた。

僕らは母なる木々に守られたのだ。そして金色の光はますます強くなり、その光の向こうに女性が立っているのが見えた。

「あなたがた、よくやってくれました」

僕らはその人が誰なのかすぐにわかった。

「天照大神様……」

「私は、この世界の光と生命の根源を司る者です。その昔、私はこの国に平和で争いのない世界になるよう三つの力を授けました。しかし、やがてそれは権力争いの人を殺めるための道具と化してしまったのです」

「三つの力というのは……」

「あなたたちの言う『八咫鏡』『草薙剣』『八尺瓊勾玉』です。平和な国造りの道具であったものが権力争いの兵器となり、ついには私たち高天原の存在を忘れ、自分たちの都合に合わせて神と仏を分けてしまったのです」

神の力を持った『三種の神器』は元は平和の象徴だったのだ。

「その昔、物部守屋という自分の意思に反する者を全てを排除しようとする者がいました。それを蘇我馬子という者が阻止するために力がほしいと望み、私は三つの力を与えました。それによって物部守屋の野望は砕かれましたが、力を手にした蘇我馬子は心を奪われ、エゴイズムの塊となりこの国を征服しかけましたが、私が送った使いの者たちに殺され征服は免れました」

「それって『大化の改新』……。それにしてもなんて愚かな……」

「私たちの存在はこの星あってのもの。全ては自然と調和し、ともに支えあって協力していくことが大切なのです。あなた方の言われる『神』や『仏』は、元々この山であり、大地であり、また海なのです。小さなことでもいい、どうかこれから二人でこの星を守ってください。二人の行動が世界を変えていくでしょう……」

 その言葉を残し金色の光はやがて小さくなり、僕らは元いた森の中に立っていた。そして足元に八咫鏡が落ちていた。

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