第19話

十三


「お兄ちゃん頑張れよ! フグ準備してっからな!」

奈川さんに元気付けられて小さな港町で別れた。姿が見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。背筋が伸び気合いが入る。ところでここはどこなのだろう。本州の中国地方にいることだけで、細かい場所がわからない。移動のためのお金も携帯電話もない。この大切な時に抜けてしまうのは相変わらずだ。途方に暮れていると車のクラクションが鳴った。

「不動君! 乗って!」

 足立さんだった。

「何で足立さんがタイミングよくここにいるんですか? びっくりしましたよ」

「村田先生が見つかったの。先生の部屋の下に強力な結界で守られている地下室があって、修蓮の攻撃の時とっさに隠れて災難を逃れたの。だから高千穂で元気にしているわ。本当によかった」

「……よかった。それにしても何で僕がここにいることがわかったのですか?」

「村田先生の霊視とお告げ」

「僕お金がなくて困っていたのですよ。それで今から……」

「大神神社ね」

村田先生は全てお見通しのようだ。

「奈良の修蓮のところまでノンストップよ。不動君頼んだわよ!」


 タイミングよく来てくれた足立さんのおかげで奈良まで行けることになった。修蓮法師との戦いは、自分がやらなくてはいけないと覚悟をしていたので、自分ひとりで向かうつもりだった。しかし考えてみると、村田先生の指示や足立さんのサポート、博悠さんのアドバイス、奈川夫妻や薮原さんの協力がないと修蓮法師に勝つことができない。それに静香の存在が心を支えてくれていた。何かを成し遂げるときには、人と人のつながりがないと、それはできないものだと痛感した。

 移動中、足立さんに熊野と平田島での出来事、さらに本当の草薙剣のことを話した。足立さんからは、僕が平田島にいた間に、有名神社のいつくかが焼失したこと、高千穂の放火事件当日のこと、その後の熊野のことを聞いた。博悠さんは修蓮法師との戦いで、時空の狭間から那智の滝へとはじき出され滝つぼへ落ちた。全身に大火傷を負ったが命に別状はないそうだ。同じ技を受けたのに僕は全く火傷を負っていない。薮原さんが言っていたように、僕は熊野の木々に守られたのだと思った。


 それから足立さんが運転する車の中で、寝る・起きるを繰り返して奈良の大神神社に到着した。午前四時。車から降りると、辺りは夜明け前の澄んだ空気と神社の神聖な空気に包まれていた。ただその中に、体を刺す強力な邪気の存在を感じた。足立さんもその空気を読み取ったらしく僕と目が合った。

「いますね」

「そうね。不動君大丈夫?」

急に足立さんの目が弱々しくなった。

「足立さんはここに残ってください。修蓮法師と決着をつけてきます。今からどんな戦いになるのか想像がつきません。もし僕が帰ってこなかったら、この場所から逃げていつか静香にこれを渡してください」

僕は、ネックレスを外して足立さんに手渡した。

「不動君何言ってるの!」

さすがに足立さんは怒っていた。

「もちろん帰ってきたいです、帰ってくるつもりで戦ってきます。でも相手が相手なんです。まさかのことだけ言っておきたかったのです。静香に会えたら、謝ってください」

僕は車から降りて境内へ向かった。足立さんは「待っているからね」と言葉をかけてくれたが、僕は振り返らずにそのまま進んだ。かつて静香が札幌へ向かうときに振り返らなかったことを思い出した。その時と同じ気持ち、「ちょっと行ってきます」という意味だ。


 大神神社のご神体は、神殿の中にあるのではなく、背後の山そのものがご神体だそうだ。やはり修蓮法師はその山の中へ入り火を放つことでクーデター開始の狼煙にするつもりなのだろう。少し歩くと山に続く入口を発見した。周りの木々が僕に反応してぼんやり光っている。その光で足元が照らされ山道を歩くことが困難でなくなった。そしてしばらく行くと開けた場所に到着した。その先に赤いたいまつの火に囲まれて座禅をしている男、修蓮法師の姿を認めた。

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