第18話

薮原さんと奈川さんは目を合わせ頷いた。何か目が輝いている。

「不動さん、ちょっと私についてきてくれないかぇ」

そのまま奈川さんのお宅を出て家の前の坂道を上がっていった。薮原さんの後を追いかけていくと、瀬戸内海を一望できる小高い丘に到着した。小さな社がある。薮原さんが管理している神社だ。

「戦いのとき、熊野の木々の力を得たのに、何で吹き飛ばされたのかわかるかぇ?」

考えもしなかった。少し考えて

「彼の技が僕の力を上回っていたからだと思います」

この程度しか思い浮かばなかった。薮原さんは、僕の答えに少し落胆した様子でため息交じりに質問を続けた。

「木々の力を手に入れて、草薙剣を手にしていれば炎をはじき返すこともできるし、この島まで飛ばされることもなかろう。おかしいと思わぬか」

確かにそうだ。八咫鏡から出されたすさまじい炎を受けたのに、僕は火傷どころかかすり傷一つない。明らかに木々に守られたのだ。

「この島は壇ノ浦に近い」

「壇ノ浦って源平の戦いの最終決戦地の壇ノ浦ですか?」

歴史を学んだ者としては常識レベルの話だ。

「そのとおり。実は壇ノ浦の戦いで隠された話があるのじゃ。三種の神器は権力の象徴。平安時代の終わりの源平合戦で、はじめ平清盛はじめ平氏一族が力を持っていた。以仁王(もちひとおう)の命令以降源氏が徐々に力をつけ圧倒的な兵力で源氏が勝利したのだが、その戦いで平氏は源氏に八咫鏡を奪われてしまった。平氏は残りの二つの神器、八尺瓊勾玉と草薙剣を海に投げ捨てたが、八尺瓊勾玉は桐箱に入っていたので水に浮いてしまい源氏に奪われた。そして草薙剣だけが瀬戸内海に沈められてしまったのじゃ」

そんな過去があったなんて全く知らなかった。この事実が朝廷に知られたら、源氏の立場も危うかったかもしれない。さすがに出雲大社の文献にも書かれていない、当時のトップシークレットだ。

「ここは漁師で支えられておる島じゃ。瀬戸内海の至る所に定置網を仕掛けてあって、いろんなものが引っかかってくるわ。魚だけじゃなく大きな亀もかかることもあるし、カブトガニなんかも引っかかってくる。最近だと潮に乗って外国のゴミまで引っかかってくるわ。この神社には、何百年も前に見つかった宝剣が祀られておる。その剣も昔網に引っかかっていたそうじゃ」

「ということは……」

これで意味がわかった。

それから薮原さんは、神社の神殿に拝礼し扉を開けて中へ入っていった。そしてすぐに出てきて細長い木箱を手渡した。

「お主が探していたものはこれじゃろ」

箱の中には、紫の布に金で刺繍された袋が入っていた。それを取り出し、中を開けてみると僕がなくした草薙剣と同じデザインの剣が入っていた。

「修蓮法師とやらの攻撃を受けて回避できなかったのは、お主が戦いでなくした草薙剣は本物に似せて作った模造品だったからじゃ。そんなもんに気流を操る力なんぞ初めからありゃせん」

「これが本物……」

「持っていきなされ。お主はこの島に飛ばされたのではなく、この島に呼ばれたのじゃ。この剣によってな」

剣を右手で持って天にかざすと、周りの木々が急に揺れ始めた。


 このときを待っていました

 わたしたち自然とあなたたち人間を結びつける門へ行きなさい

 それは大和の国

 大神が司る山にあります

 あなたの兄弟を止めるのです


木々のざわめきが収まった。

「大和の大神が司る山とは何ですか?」

「木々の声が私にも聞こえたぞ。お主が向かう大和の大神が司る山とは奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)じゃ。すぐに行きなされ!」

僕は薮原さんに深々と頭を下げ、神社に拝礼して奈川さんの家へ走っていった。


「お兄ちゃん、行こう!」

漁に出ていたはずのご主人が戻っていた。

「主人に連絡して戻ってきてもらいました」

「事情は家内から聞いた。一刻も無駄にできねぇ。すぐに出港するから準備してくれ!」

僕はそのまま奈川さんの車の荷台に乗り込み港へ向かった。そして小さな漁船に飛び乗った。


 海は穏やかで西に傾き始めている日の光を反射していた。

目指す大神神社は奈良市の南。薮原さんの話によると、山全体がご神体となっていて、神殿を持たない最も古いスタイルの神社の一つという。自然崇拝の日本神道の神社のあるべき姿ともいえる。修蓮法師がその象徴的な神社を破壊して、クーデターの狼煙を上げると考えても不自然ではない。間違いない。必ず大神神社に現れる。


「お兄ちゃん大変な役を仰せつかったなぁ」

奈川さんが舵を取りながら話した。

「はい、これも定めですね。やるだけのことはやってみたいです」

船は小波の間を縫って走り出した。

「それでうまくいったらまた島に来てくれよ。フグをたらふく食わせてやるよ」

「是非お願いしますよ。まだフグなんて高級品食べたことないです」

今から大変な戦いになるというのに、奈川さんは不安を払拭させるかのように明るく笑いながら話しかけてくれた。これが海の男の力だと見せつけられた気がする。

「ところでよ、お前さんが持っている剣さ、神社の宝剣だろ。それには伝説があるんだけど、薮原のじじ様に聞いたか?」

「定置網に引っかかっていた話ですか?」

「いや、元寇の話さ」

まだこの剣に伝説があるのか。

「とても気になります。教えてください」

修蓮法師との戦いで何か力になるかもしれない。少しでも有利に事が運ぶのであれば、どんな些細な事でも聞いておきたい。

「鎌倉時代の終わりに中国から元の大軍が日本に攻めてきた話あるだろ。あの結末は知っているよな」

「はい、神風と言われる暴風雨が来て元軍を全滅させたんですよね」

「この島ではな、あの暴風雨は自然発生したのではないとされているんだよ」

こちらも何やら興味深い話だ。

「誰かが暴風雨を起こしたというのですか?」

「元軍は瀬戸内海の方へも進出してきて、小さな島の食料を奪い取っていった。何としても元軍を追い返したい。そこで島の若い神主がその宝剣を持って丘の上に立ち、島を守るようお願いして剣で空を切った。したら空が割れて嵐が起こった。それで元軍が壊滅。幕府は神風が起こって元軍を撤退させたって喜んでいたけど、本当のところ神風はその剣で起こしたものなんよ。そして、丘の上に神社を建てて宝剣としてそれが奉納された訳だ」

納得のいく話だった。草薙剣は気流を操ることができる。元寇の神風は、草薙剣によって起こされたものだったのだ。


 船は本州の小さな港町に着こうとしていた。最終決戦。次は僕が神風を起こす番だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます