第17話
十二
あなたはよくやったよ。
もう終わりにする?
僕は死んだのかな。人間案外一瞬で死ぬと何も感じないな。もう静香に会えない……。
目を覚まして。
目を覚まして……。
その声で目を覚ました。気付くと白い割烹着にゴム製のエプロンをした女性が僕の身体をゆすっていた。心配そうな眼差しで「目を覚まして」と必死で言っていた。
「ここは?」
僕は気を失っていたらしい。夢なのか現実なのかわからない。少し頭が混乱している。
「大丈夫ですか? あなたはここの砂浜で倒れていたのです。意識が戻ってよかったです」
女性はホッとしたようで安堵のため息をついていた。僕はゆっくりと上半身を起こし差し出された水を飲んだ。少しぼうっとしていたが。気を失う前の出来事を少しずつ思い出そうとしていた。
「どこか具合が悪いとか痛いとかありませんか?」
「……大丈夫です。ここはどこですか?」
「ここは『平田島』というところです。あなたはどうされたのですか? お名前は?」
僕は時空の狭間から吹き飛ばされたんだ。一瞬の出来事で何がどうなったかわからなかった。そうだ、修蓮法師と戦っていたんだ。
「ちょっとした事故で……。この島はどこにあるのですか?」
たぶん修蓮法師との戦いのことを話しても信じてもらえないだろう。差しさわりのない「事故」という言葉でごまかした。
「ここは山口県、地図にも載らないような瀬戸内海にある小さな島です。船の事故ですか? ここには病院がありません。私の家に来て少しお休みになられてはいかがですか?」
頭の中は混乱していたが、対人関係のモラルはしっかりしていた。
「いや、さすがにそれは申し訳ないです。僕はすぐに戻らなくてはいけません。ですが、どうやって戻ればいいのでしょう?」
「主人がこの島で漁師をしていますので、漁が終わったら本州まで送っていくことができますが、この島から本州へ向かう定期便はなく、次に出るのは三・四日後です。見たところ急いでらっしゃるようですので、主人に頼むのがよろしいと思います」
ここが無人島でなくてよかった。南の島の孤島で食料や水がなく話し相手もいないようなところではなく、とりあえず日本国内であるし、そういった不安は解消された。
話をしながらだんだん記憶が戻ってきた。
「あ!」
「どうなさいました?」
とんでもないことに気付いた。草薙剣がないのだ。
「僕は何も持っていなかったでしょうか? 実は……、申し上げにくいのですが、剣を持っていたのです」
このことを言うかどうか一瞬迷った。海岸で倒れていた上に、剣なんて物騒な物をなくしたという僕のことを、どこぞやの国のマフィアか何かと勘違いされてしまいそうだが、状況が状況だ。きっと話せばわかってもらえる。とりあえず自分の身分を明かそう。
「申し遅れましたが、僕は不動大介という者です。実はこの島に飛ばされてきたのです。意識・記憶ははっきりしてきましたが、どうやってこの島へ飛ばされたのかはっきり覚えていないのです」
まずはこの島を出よう。高千穂や熊野へ行っても戻るところはないが、ここで油を売っている間に本州では何が起こっているかわからない。とにかく情報を入手しなければ。
「剣を持っていて飛ばされてこの島に来たのですか……。不動さん、やはり私の家に来てください。まずは身体を休めて、ここまであった出来事を話していただけませんか。主人が漁から帰ってくるのは明日の昼です。それまでに体力を回復しながらあった出来事を話してください」
都会にはない田舎町の優しい心を感じた。そしてこの人なら大丈夫という直観が働いた。
「わかりました。よろしくお願いします」
僕を助けてくれた方は奈川彰子さんというご主人が漁業を営んでいる方だった。三十代後半で子供さんはいない、とても親切な方だ。ご主人の奈川洋亮さんは、週に一度漁に出かけていき、二・三日間船の上で過ごして漁をするそうだ。海に出ない日は家でゆっくり過ごしてまた漁へ出ていく生活をしている。今日の早朝に漁へ出て、見送りの帰りに海岸で僕を発見したらしい。自宅に帰ると、ご主人の船へ無線で僕のことを連絡していた。ご主人も僕を休ませることに賛成してくれて、気が済むまでゆっくりするよう言ってくださった。
「田舎の漁師町なので気が利いたものはありませんが、魚には不自由しません。よかったらこちらを召し上がってください」
ご飯と海藻の味噌汁、魚の刺身と煮物だ。早速いただいたが、今まで食べたことのないおいしく新鮮な魚だ。無言で一気にいただいた。ただ無言だったのは、今までのことを全て話すかどうかを改めて考えていたからでもある。しかし、部屋のカレンダーを横目で確認したら修蓮法師との戦いから一週間も経過している。これはやはり全ての経緯を話すべきだ。
「奈川さん、今からお話することはとても信じがたい内容ですが、聞いていただけますでしょうか」
さすがにこの経緯について何も言わずに、ただ本州へ送っていただく訳にはいかない。
「わかりました。大丈夫です。あなたの話を全て信じましょう」
奈川さんは微笑んで答えた。
「ごめんください。彰子さんいますかぇ?」
話し始めようとしたときタイミングよくお客さんが来た。
「はい、ただいま」
奈川さんは玄関へ出ていき何やら話していた。すぐに戻ってきたが、その後ろに老人がついてきた。
「この方ですか、海岸で倒れていた戦士は」
「僕が戦士ですか?」
思わず吹き出してしまった。
「こちら方は島の神社を管理していらっしゃる薮原久志さんです」
「はじめまして。不動大介です。訳あってこの島に来てしまいました」
「薮原さんは私たち夫婦の相談役で、家族同然のお付き合いをさせてもらっています。不動さんの話をしましたら、薮原さんも話を聞きたいと言われましてお呼びしました」
「それでは早速、この島へ来てしまった訳を話してくれませんか?」
本当は奈川さんだけに話すつもりだったが、薮原さんが家族同然であるなら仕方ない。
「実は……」
僕は修蓮法師との戦いのことや三種の神器のこと、熊野での出来事全てを二人に話した。二人とも何の疑いもなく、僕の話を真剣に聞いてくれた。
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