第15話

「博悠さん、お待たせしました。それでは修行をお願いいたします」

僕は正座をして頭を下げた。

「修行を通して何ができるようになってもらいたいか、まずそこから説明しますね。今回不動君が持ってきた『草薙剣』は、気流を自由に操るこ能力を持っていると言われています。そのためには森林の木々の持つ波長と不動君の波長が一致しなければいけません。木々の力を借りて気流を操るのです」

そんなことができるのだろうか。全く想像ができない。さらに博悠さんは話を続けた。

「八咫鏡は炎を操る道具です。炎は激しい酸化現象ですから、酸素を自由に使い気流と波長を合わせるのです。修蓮が気流に波長を合わせる前に、不動君が気流を操れば修蓮の放つ炎に負けることはありません」

化学的には理解ができるけど、『気流を操る』って僕が操るんだよな……。

「ここ熊野は太古から残る大森林に包まれています。この木々と波長を合わせて同化し、熊野の大森林の力を借りるのです。今から草薙剣を持って熊野の森へ行きます。そこで朝まで静かに過ごし、心を落ち着かせるのです」

 説明を聞き、質問をしようとしたが博悠さんは準備を済ませもう先を歩いていた。

 家を出て山道を十五分ほど歩くと、森林の中に二十畳ほどの開けた場所に出た。博悠さんがロウソクをつけて回るとその場所が明るくなった。最初暗くてわからなかったが、そこには五体の石仏があった。

「修行といっても身体を痛めつけるものではないです。ここに座って木々と会話してください」

「それだけですか? 会話ってどうすればいいのですか? 何かコツとかあるのですか? 一方的に話しかければいいのですか?」

僕は滝に打たれたり、山を登ったり、辞書ぐらい分厚い教本を読んで覚えたりするイメージだった。全てが予想していたものと違いすぎる。

「いえいえ、大切なことは心ですよ。自然と一体化するには心を開いて、この木々のおかげで私たちが存在できていると感謝の気持ちを伝えてください。そして木々と友達になるのです。話しかけても構いませんが、声に出さなくても心の声が伝わります。要は心のあり方なんです」

方法とやることはなんとなくわかったが、どうするか躊躇していた。

「私は自宅に戻り、足立さんと話してきます。朝までに木々と友達になってください」

博悠さんはこの場を去っていった。僕は彼の後ろ姿を見届けながら頭を抱えていた。いったいどうやって植物と話をしてお友達になるのだろう。

まずは話しかけてみよう。

「えー、こんばんは。私は名古屋から来た不動大介といいます。このたびご縁があってこの熊野の山にお邪魔させていただいております。ただいま就職浪人中、毎日ヒマしております。そんな中、たまたま知り合った村田山水さんから修蓮法師の話を聞き、野望を打ち砕く大役を指名され、修行のためにこちらへやってまいりました。博悠さんから木々の皆様方とお友達になるよう言われました。こんな私ですが、よろしければお友達になっていただけませんでしょうか?」

「……」

「…………」

「………………」

「……………………」

「…………………………」

「………………………………」

耳を澄ましてみたが何の反応もない。ただ風が吹いて葉が揺れる音しか聞こえなかった。当たり前のことだ。


 僕がこの場所に来ていることは一年前全く予想していなかったことだ。毎日平凡に過ごしてきた僕が、熊野の森の中で木々に話しかけていることが間違っているのではないか。ただのよそ者が夜中に話ができない木々に挨拶しているなんて、端で見ていれば気が狂った人ではないか。

一年前就職活動でエントリーシートを書いて各企業に送るも、全て門前払いされて気持ちが滅入っていた。そんな中静香がいつも僕を元気付けてくれて、静香のために頑張ろうと思っていた。豊川稲荷と小原で村田先生に出会い、静香はその後札幌へ行き現在行方不明。静香のことが心配で村田先生に鑑定をお願いしに来たのだが、修蓮法師の話を聞き僕が動くことになった。

初めは静香のことを心配していたが、今は修蓮法師の野望を止めることに気が向いている。もし、修蓮法師を止めることができなかったら静香にもう二度と会えないだろう。きっと僕は修蓮法師に殺されるだろうし、足立さんや博悠さんも殺されると思う。村田先生に至っては消息不明だ。でも、僕が村田先生たちに出会ったことが修蓮法師を止めるための定めであるとしたら、僕がここにいることも定めになる。

大昔、地球上に生命が誕生した時、最初の生命は植物だったという。そこから進化を繰り返して動物、そして人類が誕生した。この地球上にある全ての生物の根源は植物、大自然は母だ。僕が今ここにいるのは、長い年月を経て母の元に帰ってきたのであって、決してよそ者ではない。修蓮法師は遠い兄弟かもしれない。その兄弟の野望を打ち砕くために、母が僕を呼び寄せたのだ。


「ただいま、母さん……」 思わず口から出た。


すると、五体の石仏の前にあるロウソクの炎が大きく燃え上がり金色の光を放った。そしてその光が1つずつ飛ばして石仏前のロウソクに繋がり、やがて全てのロウソクが金色の線で結ばれ、僕は五芒星の中央にいた。周りは夜だというのに、この一帯だけが明るい金色になった。そして夜が明けて朝日が差し込み、周りの木々が輝き五芒星一帯が金色のドームになった。


 おかえり 私のことに気付いてくれたのね

 待っていたよ

 あなたの兄弟がケンカをしようとしている

 それを止めなければ

 あなたの優しい心はもう届かない

 黒い光に包まれたあなたの兄弟を止めて

 私の力をあなたに与えます

 その力を使ってあなたの兄弟を 私の子供を止めてほしい


「わかったよ、母さん」


金色のドームは僕に近付き集まってきて優しく包まれた。そして身体の中に入ってきた。木々の鼓動が聞こえる。身体中が温かい……。

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