第14話

十一


 足立さんが村田先生に経緯を話してくれて、僕らは飛行機で高千穂に戻ることを伝えたら、村田先生が宮崎空港まで迎えにきてくれた。僕は時間と労力、そして頭脳まで使ったのだが目的は達成されず、しかも修蓮法師に気付けず見失ってしまい、失敗だらけの自分にうんざりしていた。しかし村田先生は、そんな僕を暖かく迎えてくれたのでいくらか気持ちが楽になった。

高千穂の村田先生の自宅に着くと風呂に入り、食事をしながら出雲大社で出会った男について村田先生に細かく報告した。がっしりした体格、吊り上がった目、低い声、全て村田先生が知っている修蓮法師の特徴と一致した。村田先生は引き続き昔のアルバムを僕に見せてくれて、その男が修蓮法師であったことが確定した。それから村田先生は席を立ち無言で自分の部屋へ入って行った。しばらく何やら考え事をしていたようで、三十分ほどして再び僕らのいる応接間に戻ってきた。

「不動君、いよいよ動き出します。君に修行の旅へ行ってもらうことになります」

ある程度覚悟していたことがついに動き出す。ここから本当の勝負になる。僕は一呼吸おいて

「わかりました。もう後には引けませんし……。行きます」

村田先生は僕の返事を聞いて上を向いていた。

「不動君には申し訳ないと思っている。私の弟子がこんな事を犯すなんて考えたくもないが、この戦いに私は出ていくことができない。ここで応援するしかないのです。熊野に博悠という陰陽師がいます。私から連絡しておきます。彼の下で修行し草薙剣が持つ聖なる力を我が物にして修蓮の野望を砕いてください」

村田先生は振り返り僕に深々と頭を下げた。声が少し上ずっていた。

「村田先生、僕は何でこの仕事をするのか、何で僕なのか未だにわかりません。僕には霊感がありませんし、神様の声も聞こえません。でも初めて人の役に立たないといけないなって思うようになれました。出雲で足立さんと勾玉を探して、結局見つけることはできませんでしたが、こんな僕の力でも役に立つのかなって思えたからやってこられたのです。村田先生に会えて僕は変わることができました。いつも何をやっても中途半端で終わっていた僕でしたが、今は最後までやり遂げたい気持ちでいっぱいです。こんなチャンスを与えてくださって村田先生に感謝しています」

僕は村田先生に本心を伝えた。こんな僕でもやれる。心が変われば行動も変わる。そして人生が変わるのだと素直に思うことができた。博悠さんという方の下で修行して技を会得する。そして修蓮法師の野望を止めたい。

「不動君にかかっているよ。頑張ってきてね」

足立さんも後押しをしてくれて僕は熊野に向かうことになった。


 次の日、足立さんが弁当を作ってくれた。また大移動になる。僕は弁当を受け取り、草薙剣を持って村田先生の家を出た。足立さんに宮崎駅まで送ってもらい熊野を目指した。

 特急と新幹線、さらに特急を乗り継ぎ十三時間以上の大移動だった。特急「くろしお」を降りた紀伊勝浦駅はもう夜で、駅にはだれもおらず静まり返っていた。しばらくすると改札口の向こうから恰幅のいい男性がこちらに走ってきた。

「不動さんですね……」

博悠さんが迎えにきてくれた。

スーツを着た普通のサラリーマンで、額の汗をハンカチで拭きながらゼーゼー息を切らしていた。博悠さんの本名は岸本秀行、地元のスーパーに勤務し、今日は仕事が延長して電車の到着時間に遅れてしまったそうだ。博悠さんは幼いころから草木と話ができる特殊能力があり、学生時代から京都で陰陽師の修行をしたそうだ。自称「隠れ陰陽師」ということで今でも「法」の修行をしている。村田先生も足立さんも「法」の道に生き、どこか神秘的な感じがする方なのに、博悠さんは見た目が普通の人と変わらない。さらに「単なるおじさん」という称号まで付きそうだ。

 自宅に案内され、そこでようやく博悠さんが陰陽師であることがピンときた。家の一室だけが板の間になっていて、そこには目を見張る立派な祭壇があった。その部屋だけは特に空気が澄んでいて、まるで森林浴をしているような気分になるほどだった。博悠さんは祭壇に向かって座り僕のことを報告していた。何やら難しい言葉を発して忍者のように手を組みブツブツ唱えていた。しばらくしてゆっくり僕に話し始めた。

「明日から修行に入るつもりでしたが今から修行を始めます。事態が変わりました。実は先ほど、足立さんから連絡が入りました。驚くと思いますが、村田先生のご自宅が何者かにより火が放たれ全焼しました。現在行方不明です。おそらく修蓮の仕業であろうと足立さんは言っていました。草薙剣を奪いに来たのでしょうが、生憎それはここにある。きっとここに修蓮が現れるでしょう。本来なら私もすぐに高千穂に行きたいのですが、不動君に陰陽師の術をマスターしてもらうまでここを離れる訳にはいきません。村田先生も不動君に術を使えれるようになって修蓮の野望を打ち砕くことを強く願っていると思います。ですからすぐに修行に入ります」

なんてことだ。あの村田先生が。初めて出会った日から今日送り出してくれるまでの思い出が駆け巡る。本当は高千穂に行きたい。しかし博悠さんの言うとおり、まずは修蓮法師を止めなければならない。

「博悠さん、修行の前に足立さんに連絡を入れさせてください。無事到着したことを報告したいですし、高千穂の様子を直接聞きたいです。その方が気合も入ると思いますので」

「そうだね。足立さんも不動君の気合や声を聞いて安心すると思うよ。高千穂のことは足立さんにお任せしよう」

「ありがとうございます。では電話してきます」

心配・悲しみ・怒り・悔しさの感情の波が同時に押し寄せる。間違いなく近々修蓮法師がここに来る。まずは高千穂の様子を聞いてみよう。


「足立さんですか? 不動です。無事熊野に到着しました。今から修行に入ります」

「そう……。博悠さんから話は聞いたのね。高千穂は大変なことになってしまった……。もう火は消えたけど村田先生は消息不明なの……。不動君を送って帰ってきたらもう……」

足立さんは責任を感じていたようで、電話の声が上ずっていてすすり泣きながら話していた。

「足立さん、まずは元気を出しましょう。僕も本当はすぐに高千穂に行って村田先生を探したいです。でも修蓮法師を止めることが僕のミッションですからここに残って修行します。足立さんのミッションは高千穂で村田先生を探すことですよ。元気がないと見つかるものも見つからないですよ。足立さんも出雲でそう言っていたじゃないですか。だから元気出してくださいね。僕も元気出して頑張りますから」

僕だって泣きたい。でも元気をなくしたらこの国は終わってしまう。

「そうだね、ありがとう。私も元気出して頑張るね。不動君も頑張ってね」

電話を切ってしばらくうつむいていたが、大きく深呼吸して「よし!」と気合を入れた。

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