第13話

 十


 午後から再び山に入ることになった。もう一度地形図を確認して目標物を定めた。これだけ広い山でも目標物を決めると随分狭く感じる。足立さんと神殿前で打合せをして登山の確認をした。今まで山を登るときにどこを通ったかわかるように赤いリボンを木の枝に目印としてつけていたので、午後からの登山は迷うことなく一気に標高五十メートル地点の目標物まで進むことができた。

「ここからだね。片っ端から調査しましょう」

足立さんが気合をいれてくれた。落ち葉で埋まった道のない斜面にある杉の木に印をつけながら登っていった。木と木の間から出雲大社の神殿が見え隠れする。神殿がだんだん遠のいていきさっきとはまるで違う大きさになった。

 標高が八十メートルを過ぎたあたりで急に足場がよくなった。よく見ると石が積まれて歩きやすく手が加えられていた。

「中腹にこんな道があるなんて……」

「間違いなく何かあるわよ」

僕も足立さんも息を切らしていたがテンションは最高に高かった。

道の先に石が積まれた祠が目に入った。なぜか落ち葉がかき分けられている。祠の前の木の枝が大きく出ていて神殿を見ることができなったが、強く風が吹いて一瞬神殿を見ることができた。

「ここですね。でも……」

かき分けられた落ち葉は不自然で、風によるものではなさそうだ。それに土が少し散らばっている。掘り起こされた跡のようだ。

「誰かここに来たのではないでしょうか」

先を越された。土と落ち葉を触ってみると随分固くなっている。少なく見積もっても一カ月前には掘り起こされている感じだ。

穴を見つめ落胆していると、足立さんは祠の穴と後ろを調べだした。

すると


 影之玉


と書かれた一本の木簡を発見した。

「不動君、すぐに神社の書庫に戻りましょう」

「どうしたんですか? 」

足立さんも誰かに勾玉を取られたと感じ取ったようだったが、まだ諦めている感じがしなかった。何かアイディアが浮かんだようだ。

「調べたいことがあるの」

「もう修蓮法師は八尺瓊勾玉を手に入れたのでしょうか」

「まだわからない。でも気になることが二つある。一つは木簡に書かれている文字と絵。勾玉の形は数字の『9』みたいになっているけど、反対側に同じ形をつけると綺麗な円になるよね。木簡に描かれた絵は円の下半分しかない。ということは、もう一つ八尺瓊勾玉がどこかにあるかもしれない。それに『影』という文字も気になる。『光』と『影』は一対だから『光之玉』がありそうだよね。もう一つは掘り起こされた土。仮に修蓮が、喉から手が出るほど欲しかった八尺瓊勾玉を手にしたら一目散に下山すると思う。でも、しっかり後片付けされた跡があるし、榊・水・米・塩がお供えされた跡もある。『奪った』というより丁寧に『お借りした』ようにさえも感じる。だから修蓮である可能性は低いと思うの。もしかしたら別の誰かが持ち去ったのかもしれない」

確かに不自然だ。いずれにせよここにいても話は始まらない。僕らは木簡を持って来た道を下って行った。下り道ということもあるが、状況が一転した焦りから僕らは斜面を滑るように斜面を走り駆け下りた。途中草や枝が行く手を遮っていたと思うが、そういったものは一切気にならず気が付いたら境内を走っていた。藤木さんが汚れた服と至るところに切り傷がついた僕らの姿を見て驚いていたが、彼の心配をよそに書庫までそのまま走った。

「勾玉のことが書かれていた時代の文献を中心に『影之玉』か『光之玉』という言葉が出ていないか調べ直すから、不動君は神殿の中と山を眺めに行ってみて。何か変わったことがあったら教えて」

足立さんは息を切らしていたがこの一大事のためすぐに調査に入っていった。僕は足立さんの指示どおり神殿へ向かった。神殿内は特に変わらず、山を眺めてみたが木の状態が違うところ、細かい隙間から見える山肌で不自然なところも全く見当たらない。神殿前で掃き掃除をしていた藤木さんが僕の姿を見るとこちらに走ってきた。

「不動さん、どうしたのですか? 勾玉はあったのですか? 何かあったのではないかと気にしていました」

「勾玉があった場所はわかりましたが、誰かに持ち出されていたようです。ここ一・二カ月の間にです。今、足立さんが書庫の文献をもう一度調査しています。何か今後の動きのヒントになるものが出てくればいいのですが……」

僕は一大事だということは頭の中でわかっていたのだが、なぜか妙に冷静だった。


「ありませんでしたか。そうですか。それはお疲れさまでした」


僕と藤木さんの話を聞いていた男がいた。その男はニット帽を深くかぶり、どっしりとした体格、低い声。話しかけてきたのか独り言なのかわからない音量で話していた。藤木さんはその男の存在に気付いていないようだった。出雲大社の神主なのか……、そう思った時にはこの場を立ち去ったようで、観光客の中に紛れて消えてしまっていた。それから僕は再び足立さんのいる書庫へ向かった。またあの文献を足立さんと調べないといけない。今度も何かヒントが出てくるだろうか。

「不動君、ちょっと来て!」

足立さんが書庫から叫んでいる。

「それらしきものが見つかった。解読して!」

そういえば足立さんは古語と草書で悪戦苦闘していたことを思い出した。足立さんが発見した部分を見せてもらい解読した。

「これは……。やはりもう一つ勾玉があります。ここに『光之玉』とかかれています。力を発動させるためには光と影の二つの勾玉が必要なようです」

八尺瓊勾玉は二つある。ここではないどこかにもう一つの玉が存在する……。

「場所について何か具体的に書かれている?」

「もう少し調べないとわかりませんが、ないかもしれません。もう先のページがないですし、次の文献には違う話が書かれています」

 大量の文献を調査し、結局誰かに勾玉を奪われ、さらにもう一つ別のどこかに勾玉があるとは…。また一から調査しなければならないと思うと気が重くなった。

「勾玉の調査はここで一度終了して明日村田先生のところへ戻りましょう。不動君はホテルへ戻って。そのあとでここまでの反省会しましょう」

足立さんは僕の肩をたたいた。明るく僕に接していたが無理して明るくしているようだった。

 夜九時を回ってから足立さんは僕を呼びに来てくれて近くの居酒屋へ行った。二人で反省会をするつもりがただの飲み会になり、僕も久しぶりに酒を飲んだ。ただ、気が張っていたのかいつものように酔っ払わず、足立さんの方が酔っ払っていた。僕はひたすら足立さんのたわいもない話を聞いていた。

 閉店時間が近付き、会計を済ませようとしたときに出雲大社で会った男のことを思い出した。神殿から山を見ていた時に後ろで話しかけてきた男である。

「そういえば、山を観察していた時におかしな人に声をかけられました」

「どんな人?」

「がっしりとした体つきでニット帽をかぶっていました。かなり低い声で『ありませんでしたか』と言っていましたね」

僕の話を聞いて足立さんは頭を抱えていた。かなり飲んでいたので相当酔っているのではないかと心配したが、足立さんの口から出た言葉は意外なものだった。

「不動君、今日一番のポカやってしまったね……」

僕はやっとピンときた。

「それってもしかして修蓮法師ですか?」

考えてみると、藤木さんとの会話がわかる人なんて事情が分かっている人しかいない。しかも『ありませんでしたか』は勾玉を探している人しか通じない言葉だ。

「すみません。今気付きました」

「しょうがないわね。でも修蓮が八尺瓊勾玉を手に入れていないことがハッキリした訳だからとりあえず安心だね」とは言っていたが、足立さんの表情には不安と不満がにじみ出ていた。明日は村田先生のところへ戻ろう。

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