第11話

 次の日、朝六時に足立さんがホテルへ迎えに来てくれて出雲大社へ向かった。昨夜は長時間移動の後居酒屋へ行ったので街の風景を楽しむことなど忘れていた。それにあの話を聞いて気持ちの余裕というものが全くなかった。おかげで寝たような寝てないような感じだ。明らかに睡眠不足の状態で八尺瓊勾玉を捜索することになる。

 出雲大社はホテルから歩いてすぐのところにあった。出雲大社は日本神話に登場する日本を代表する神社の一つで、街全体が神社と融合している感じがした。早朝であるせいか空気が研ぎ澄まされていて肌が痛い。しかし神社の境内に入ると暖かいコートを着たようなオーラに包まれて体中にエネルギーが沸いてきた気がした。根拠はないが、僕はこの神社に歓迎してもらっているのだと思う。

「おはようございます。お待ちしておりました」

村田先生と同い年ぐらい、少し背中が曲がった宮司の藤木進一さんが出迎えてくれた。

「遠くからご苦労様でした。村田さんからお話は聞いております。まずはこちらへどうぞ」

 社務所の奥の応接室へ通された。まずそこで目を引いたものは、ずらりと並んだ日本神話と神社の歴史に関係した本だ。

「早速ですが、八尺瓊勾玉の保管場所は見当つきませんか?」

足立さんは時間のなさをアピールするかのように藤木さんに聞いた。

「はい。私は何十年とこの出雲大社にいますので、この敷地内のもの全て把握しているつもりですが、八尺瓊勾玉の保管場所やそれにつながるような場所は存じ上げておりません。わたくし共も勾玉の場所を探し出すことに全面協力いたしますので、この神社の立ち入り禁止区域・倉庫・書庫・宝物殿へ自由に入っていただいてけっこうです」

 藤木さんの話を聞いてから境内を案内してもらった。予想以上に広い。この中から「勾玉」という形以外知らない、色・大きさも全く想像もつかない宝さがしを始めなければならない。どれだけ時間がかかるのだろう。唖然としている姿を見てか足立さんが、

「まずは資料集めをしてみましょう。藤木さんも全面協力してくださるし、まずは宝物殿に行ってみましょう」と元気付けてくれる。

ただ唖然として何もできないでは昔の僕と変わらない。足立さんの前向きの考え方とフットワークを見習おう。そしてこの手で修蓮法師の野望を打ち砕くのだ。

 僕らは敷地内の宝物殿へ行ってみた。そこにはガラスケースが整然と並べられ、その中に壺やら鏡やら剣やらが飾られていた。壁には神社の歴史が書かれたパネルがかかっていた。

「不動君、焦ったら見えるものも見えなくなってしまうよ。私たちがわからなければ修蓮もわかる訳がない。相手は一人、私たちは二人。一日は二十四時間しかないではなく二十四時間もある。私たちの方が絶対有利だよ。それにあなたは選ばれた人なのだからもっと自信を持ちましょうよ。まずは神社の歴史を知って、それからコーヒーでも飲みながら作戦を立てましょう」

足立さんに言われて背筋が伸びた。それから僕らは必要と思われることを全てメモし境内の略図を書き写した。

 出雲大社は創建以来何度か神殿が造り替えられている。かつて高さ四十八メートルもある巨大神殿があったようだ。最近の調査で神殿の柱跡が発掘されている。この高さは今で言う鉄筋コンクリート造りのビル十五階の高さに相当する。東大寺大仏殿の高さとほぼ同じだ。しかしその神殿は突然崩壊している。消失原因はシロアリに柱を食われ崩れ落ちたそうだ。また、神社の近くの勾玉を作成していた集落についてもパネルに書かれていた。足立さんの先祖もそのパネルの絵の中にいるかもしれない。

 一通り写し終わり一旦神社を出で近くのカフェに行った。

「足立さんは八尺瓊勾玉がどこにあるって睨んでますか?僕らより神社に詳しい藤木さんでも見当がつかないなら、僕は神社の境内にはないのではないかと思うのですが……」

「不動君はどこにあると思うの?」

「わかりません……。わかりませんけど、それにあの神殿って新しいですよね。何度か建て替えられたってありましたから、昔の神殿跡のことを調べれば何か手掛かりがあるかもしれませんよね」

「そうね、まず書庫へ行ってみましょう。古い文献を調べれば神殿のことがわかるかもしれないね」

僕らはそのカフェで軽い昼食をとって書庫へ行くことにした。

 藤木さんに案内されて出雲大社の書庫に入った。そこは大きな金庫のような入口で、鉄柵とダイヤル式のロックがついていた。中は明るく、飛鳥時代あたりの国宝級の文献が保管されている関係上温度と湿度が一定になっいてる。また、手袋を使用して閲覧しなくてはならない徹底した管理であった。

まず、僕たちは出雲大社の建築履歴に関するものを調べた。できるだけ古い文献を出してきて丁寧に一ページずつめくり、草書を一字ずつ解読した。飛鳥時代はまだ仮名文字がない時代だったので全て万葉仮名で書かれていた。僕は大学時代に古語を専門的に勉強してきたので、解読はほとんど苦労しなかったが足立さんは逆に悪戦苦闘し、途中から僕が解読・足立さんが記録という効率の良い分業になった。


 この作業が五日間朝五時から夜九時まで続けられ、六日目の午後に大発見があった。出雲大社の背後の山の中に「御霊の帰すところ」として別の神殿が建設されていたのである。その文献には「八百万神の集まる地」として祠を作ったと書かれていて、祠は神殿を見下ろすことができる位置にあるという。僕の睨んだとおり、神社の境内外にヒントがありそうだ。早速藤木さんにそのことを報告し、出雲大社とその周辺地形図を準備してもらい確認してみた。

「背後の山といっても随分広いですね」

「でも、『祠から神殿を見下ろす』がヒントじゃない。一度神殿から山を見てみましょう」

やはり足立さんは前向きだ。僕の不安を一掃してくれる。足立さんの言うとおり神殿に行ってみることにした。

「そういえば僕、まだ出雲大社でお参りしていませんでした。今回の勾玉探しがうまくいくよう神頼みしていいですか?」

「あら、不動くん意外と律儀なのね。じゃ私もしようかな」

足立さんは祝詞を奏上し柏手を打った時に僕は少し驚いた。

「四回も手をたたくのですか?」

「出雲大社って参拝方法が他の神社と違うの。普通は『二礼二拍手一礼』だけど出雲大社は『二礼四拍手一礼』なの。この地方だけは他にも違うことがあって、十月のことを『神無月』って言うでしょ。それは八百万の神様がいなくなる月なので『神』が『いない』『月』だから『神無月』。いなくなった神様たちが集う場所がここ出雲の国だから、この地方だけは十月のことを『神有月』って言うの」

「それ聞いたことあります。十月に神様が集結するのはこの地域だったのですね」

僕も出雲ルールに従って参拝して勾玉探しのために山を登った。

しかしなかなか上手く場所を特定することができず、やがて日が暮れてホテルへ戻った。今まで文献調査でずっと屋内で目を凝らしていたのでこの日は早めに切り上げて身体を休め明日へ備えた。また足立さんが朝六時に迎えに来る。


 その晩、久しぶりに夢を見た。そして夢の中で静香と会った。桜のころの出雲大社の神殿前で、明日僕らが勾玉探しをする山を見ていた。「不動君頑張ったのね」と褒めてくれた。静香は山を指さし、「いってらっしゃい。頑張ってね」と微笑んで僕が送り出されたところで目が覚めた。そこでした細かい会話を思い出せない。できるならもう一度この夢の続きを見たい。でも夢の中ではあるが静香に会えたことで疲れた身体と心が癒された。

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