第9話


 前回の移動は飛行機だったので、十時間以上かかる電車での移動にうんざりした。とにかく遠く感じ、村田先生のお宅に到着した時は息絶えた気分だったが、村田先生は優しく出迎えてくださった。

 次の日はとても目覚めがよく、すがすがしい気持ちで散歩に出かけた。山の朝はとても冷え込む。空は明るいのに直射日光が山の稜線に遮られて周りはすべて日陰だった。以前静香が神社のお参りは早朝がいいと言っていたことを思い出した。一日の最低気温は日の出直後になる。日光で露が暖められ蒸発するときに周りの温度を吸い取ってしまうので温度が下がる。蒸発した水蒸気が空気を洗い流して浄化をしているのではなかろうか。そしてしばらくすると、太陽が高度を上げ徐々に山の斜面と山村を照らし始めた。神々が降り立った時もきっとこういう景色だったのだろう。散歩から帰ると村田先生が新聞を取りに外へ出てきた。

「おはようございます」

「おはよう。随分早起きですね。昨夜はよく寝れましたか?」

「はい。なぜか目が覚めて散歩がしたくなりました。三十分ほど歩きましたが、山の朝はこんなに気持ちがいいなんて知りませんでした」

「山の空気はおいしかったでしょう。早朝ならなおさらおいしいと思いますよ」

心が洗われるという言葉を初めて理解した気がした。

「不動君に会わせたい人がいます。その人が今日のお昼ここに来ます」

「どなたですか?」

「出雲の勾玉職人で足立茉希さんという方です」

ピピっときた。もう次の任務に入ろうとしている。草薙剣はここにあるが、修蓮法師はすでに八咫鏡を手に入れている。もし八尺瓊勾玉が修蓮法師の手に渡ってしまえばこちらに勝ち目はない。この国はファシズム色に染まってしまう。朝食を済ませ足立さんを待った。


 足立さんは正確な到着時刻を村田先生に伝えていなかったようで昼前に到着した。勾玉職人と聞いて勝手に六十歳前後で筋肉質な方と想像していたが、三十歳前後でミディアムヘアの小柄な人だった。どこか神秘的な印象のある村田先生と共通点を持つ女性だった。

出雲はかつて勾玉作りの集落があり、足立さんはその末裔らしい。そこで産出される「碧玉」という石が最も貴重とされていて、最近では「レッドジャスパー」という名で取引するのが普通だそうだ。出雲を含む西日本では「碧玉」が貴重とされていたが、東日本では富山で産出される「翡翠」の方が貴重とされていた。『八尺瓊勾玉』は西日本である島根県の出雲大社にあるので赤い勾玉なのだろうと勝手に推測していた。

 軽い挨拶の後、早速本題に入った。

「村田先生、今回のミッションは出雲大社へ行って八尺瓊勾玉を手に入れることですよね。今からすぐに行きますけど」

僕は、すでに仕事を完了していたので少し調子に乗って切り出した。

「不動さんがこの草薙剣を飛騨まで受け取りに行かれたのですね。ご苦労様でした。実は八尺瓊勾玉は出雲大社にあることはわかっているのですが、広い境内の中のどこにあるのかわからないのです。古い文献に書かれているのでそこにあることは間違いありませんが、具体的な記録が見つからないのです」

「神殿に保管されているのではないのですか?」

どうやらただのお使いのように出雲大社へ行って目的の物をもらって帰ってくるだけではなさそうだ。

「出雲大社で宮司をやっている藤木進一君へ私の紹介状を渡せば全面的に協力してくれると思います。問題は出雲大社での保管場所です」

「八尺瓊勾玉の保管場所を知っている人は出雲大社にいないのですか?」

「残念ながらいません。だから出雲大社へ行って探してきてほしいのです」

「僕一人で探し出せるのでしょうか?」

「足立さんも同行します。二人で何とか八尺瓊勾玉を探し出してください」

前回のミッションは慣れない出張のようで緊張の連続だったが、今回は足立さんとの行動で少し楽になった。ただ、いつものように足を引っ張らないようにしないと。パートナーは静香ではないのだ。

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