第8話
七
家を出てたった三日しかたっていないのに、僕は大きく成長した気がした。心にぽっかり穴が空いた状態で札幌から帰って、何をしようにも力が入らずで動くことができなかった。何かで穴を塞ぎたい気持ちで高千穂へ行き、そこで村田先生と再会。そして自分がやるべきことを告げられた。今はこの国を守るために僕は動いている。これも運命なのだとひしひし感じながら窓の外を見た。見渡す限りの雲海。びっしり敷き詰められた綿あめの上を飛んでいる。今、綿あめの下では大変なことが起ころうとしているのだ。
飛行機はそのまま綿あめに吸い込まれ高度を下げていった。
もうすぐ
一度家に帰り、ベッドの上で寝転がった。帰り際に村田先生に小原での出来事の真相を教えてもらった。
四季桜が咲き誇る山の一部に咲いていたソメイヨシノ。これはおそらく、修蓮法師が先に手に入れた炎を操る八咫鏡でソメイヨシノ近辺を熱したせいでその一帯だけ温度が変わりソメイヨシノが咲きだした。そこでの山火事はそれが原因だろう。
修蓮法師は村田先生の弟子だったが、この国を仏教中心の国にすれば争いが減ると考えていた。しかし、抵抗勢力になる者は全て三種の神器を使って切り捨てる独裁的な考えを持っていた。村田先生がその部分を正すよう指摘をすると怒り狂い「手ぬるい!」と一言残して出て行ったそうだ。今、修蓮法師はそのうちの一つを手に入れている。何としても阻止しなければならない。
僕はそのまま眠りについた。
あくる朝、早速飛騨一宮水無神社へ向かった。
昨日から人々を騒がしていたニュースは熱田神宮焼失であった。僕は修蓮法師の仕業と確信していた。数カ月前まで熱田神宮に草薙剣が祀られていたが、村田先生が小原の一件で熱田神宮が狙われると考え、飛騨一宮水無神社にご神体を避難させるよう申し出ていたのだ。この出来事について当然修蓮法師は知らない。草薙剣は熱田神宮にあると思っていたのだろう。ということは次に狙われるのは八尺瓊勾玉がある出雲大社だ。このミッションを早く終了して八尺瓊勾玉を手に入れないと大変なことになってしまう。
僕は特急「ワイドビューひだ」に乗って飛騨一宮水無神社を目指した
飛騨一宮水無神社の創建年代は不詳、戦国時代の戦乱時には荒廃してしまっていたが、元禄年間から復活したそうだ。百姓一揆の集会場となったことから神主が磔刑になった激動の歴史もあるらしい。明治時代には藤村藤村の父で『夜明け前』の主人公である青山半蔵のモデルとなった藤村正樹が宮司を務めていたそうだ。また、第二次世界大戦後の昭和二十年八月二十二日から九月十九日までの間、草薙剣が一時避難して海外流出を間逃れたという。この剣にとっても二度目の避難がこのような形で行われるとは、夢にも思わなかったのではなかろうか。
飛騨一宮の駅は車の往来も少なくのどかな田舎町にある駅だった。大切なものを隠すにはかえって目立つところや違和感なく自然に置いておく方が見つかりにくいというが、ここに草薙剣が隠されているなんて誰も予想できないだろう。「ノーマークの隠し場所」というにはぴったりだ。駅を出てすぐ近くに「臥龍の桜」という大きな木が見えた。長年となりの愛知県に住んでいるが全く知らなかった。見事な枝ぶりで満開の桜のころに来てみたかった。
飛騨一宮水無神社は駅からさほど遠くはなくすぐに到着した。社務所で村田先生からの紹介状と名刺を渡し、巫女さんに連れられて応接室に通された。しばらくすると白い着物をまとった若い宮司さんが入ってきた。
「お待たせいたしました。遠いところをありがとうございました」
若い宮司は挨拶し、名刺を差し出した。そこには、
飛騨一宮水無神社 宮司 内山誠司
と書かれていた。
「村田先生からお話は伺っております。早速ご神体をお渡しいたします」
この神社はかなり格が高いと思うが、村田先生は宮司さんからも「先生」と呼ばれ、電話や手紙で簡単に信頼され、しかも国宝以上のレベルのものを渡してもらうことができるとは何者なのか、とさえ思った。
しばらくたわいもない話をしていると、巫女さんが入ってきた。大切そうに八十センチほどの桐箱を持っている。
「こちらが草薙剣でございます」
僕は初めてお宝というものを手にした。
「ありがとうございます」
ただそれだけしか言うことができなかった。
「この剣は善心のない者が手にすると命を落とすと言われております。間違っても良からぬことを考えないよう無心でお持ちください」
戦時中、若い神主たちが面白半分に剣の箱を開けて手に取った後、全員謎の死を遂げたことがあったと聞いたことがある。僕には箱を開ける勇気がないから安心だ。
「これからまた村田先生のところへ戻ります。今日はありがとうございました」
とりあえず社交辞令だけ済ませて帰路についた。
駅で電車を待っていたら携帯電話が鳴った。村田先生だ。
「不動君ですか? どうでしたか? 内山君に会えましたか?」
「はい、会えました。草薙剣はお預かりしました。今日は一度自宅に戻り、明日一番の飛行機でそちらに向かいます」
内容は何にしろ、僕は一つのことをやり遂げた達成感でいっぱいだった。
「お疲れ様だったね。道中気をつけてください。ただ飛行機はやめた方がいい。搭乗前のチェックで草薙剣が金属反応でひっかかってしまい、没収されてしまう恐れがある。今日はゆっくりしてもらって、明日電車でこちらに向かってください」
僕は、この宝剣と高千穂まで小旅行することになった。
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