第7話

 それから僕は村田先生の車で高千穂を目指した。せっかくなのでということで、有名な高千穂峡に寄り道し案内してくれた。高千穂峡は神が天界から降り立った最初の土地という伝説がある。地下水が大地を深く浸食して峡谷を作り出し、凝灰岩の絶壁下部は柱状節理の見事なパーテーションが広がっていた。絶壁途中からは何本もの滝がレースのカーテンを作り上げている。この伝説が残る理由がわかった気がした。


 村田先生の家は高千穂峡から二十分ほど移動した山村だった。目の前には自家菜園が広がり、小川から水路を引き水車が回るギシギシした音と鳥の鳴き声が響いていた。大きな柿の木もある。

「早速ですが、先ほど申し上げたように、あなたがここへ来ることは豊川稲荷でお目にかかったときすでに分かっていました」

「僕は村田先生にお聞きしたいことがあってここに来たのですけど……」

会話が全くかみ合っていない。

「と申しますと?」

村田先生は涼しそうな顔で聞いていた。少しだけ話が進んだ。

「覚えてらっしゃいますか、豊川稲荷と小原で僕と一緒にいた彼女です。静香といいます。この春に就職して札幌へ行きました。そこで突然失踪したのです」

「失踪ですか……」

村田先生は驚くことはなく表情を全く変えずに僕の話を聞いていた。

「ただ、いきなり行方不明になったのではなくて、置手紙でどこかへ行くことだけ告げられて未だに連絡が取れません。ケンカしたわけでもなく、それを手にする二時間前までは一緒にいたのです。他に好きな人でもできたのでしょうか。それなら最後だけはちゃんと話して終わりたいのです」

村田先生は初めて表情を変えた。

「不動君、小原での山火事を覚えていますか?」

「はい覚えています。あの時村田先生が真剣な眼差しで僕らに『これから起こることを全て話す』とおっしゃられました……。もしかして、あの山火事と静香……、彼女と何か関係があるのですか?」

「不動君の質問に一つお答えすると、彼女の失踪は別に好きな人ができたわけではないです。彼女は『選ばれた人』なのです。彼女は神々の遣いとして動いているのです。ですから安心してください。今でも彼女はあなたのことを思っていますよ」

僕のわだかまりの鎖が一本外れた気がした。しかし疑問がわき出てくる話でもある。

「『選ばれた人』とはどういう意味なのですか?」二本目の鎖を外しにかかった。

「理由はわかりません。私は形のない、いろいろな方の声を伝えるだけの存在です。申し訳ありませんがそこまではわかりません」

「静香は元気なんですね」

少し沈黙があった後

「はい、元気にされています。ただ……」

「ただ? 」

「現在ご神仏に遣われている身でいらっしゃいますので連絡を取ることが許されません。その部分をご理解いただきたいと……」

「わかりました。静香が元気でいるならそれていいです」

鎖を外したかったが、とにかく状況が普通ではないようだ。それも静香の運命かもしれないと思うと気は収まった。

「それともう一つ、不動君に話さなければならないことがあります。『選ばれた人』というのは彼女だけではありません。実は、あなたも『選ばれた人』なのです」

「僕は神社に就職したわけでもないし、神と仏の違いもわからなかった人間ですよ。なのに何で僕も『選ばれた人』なんですか?」

話がぶっ飛びすぎて理解ができなかった。

「あなたが驚くのはよくわかります。理由は私にもわかりません。ただ、お気付きになられていませんが、御霊がお綺麗らっしゃる静香さんが恋人として選んだ不動君は、あなたもお綺麗な御霊をお持ちなのです。あなたは今まで生きてこられて思うように結果や成果が出てこなかったと思います。それは単なるあなたの能力やセンス、運の問題ではなく、御霊がそのように仕向けたのです。これは全て修行のため。あなたは今まで修行を受け止めてがんばってこられた。修行の後には、あなたの心が大きく成長される。そして最後の修行が始まろうとしているのです」

あまりにも理解しにくい話だったので僕は油汗をかいていた。何か変なアドレナリンが抽出されているのだろう。

「僕が『選ばれた人』ということは何とか理解しました。でも僕はこれから何をしていけばよいのでしょうか?」

「あなたは『三種の神器』というものをご存知ですか?」

村田先生は僕の質問に答えようとはしなかった。

「皇室にまつわる宝のことですよね。鏡と剣と石だと話に聞いたことはあります」

「あの三種の神器はすべてレプリカです」

「どういうことですか?ニセモノということですよね」

「そのとおりです」

「三種の神器は、権力者の称号として手にすることができる宝と思われているかもしれません。戦いに勝ち頂点に立った者だけが手にすることができると。しかしそれは間違いです。強い者が手にすることができるのではなく、のです」

「…………」

全く意味がわからない。

「三種の神器には、炎・風・水を操る特別な力を宿すと言われています。古代日本の権力争いで、この三つを手に入れた者が戦で勝ち、政権を握ってきたのです。強大な特別な力を使ってこの国を征してきたのです。そこで不動君に動いていただきたい。三種の神器は、炎を操る『八咫鏡(やたのかがみ)』、風を操る『草薙剣(くさなぎのつるぎ)』、水を操る『八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)』です。それらは神社や皇居にあるといわれていますが、本物は違う場所に保管されています。今、ある者がそれらを集めて反乱を起こしてこの国を我が物にしようとしています。その者よりも早く三種の神器を手に入れて反乱を未然に防ぐ、それを実行するためにあなたが選ばれたのです」

三種の神器にそんな特別な能力があるなんて……。

今までこんなに大きなミッションを出されたことは一度もない。『選ばれた人』という言葉に正直酔っている自分がいたことも事実。でも事が大きすぎる。僕にそんなことができるのだろうか……。

「戸惑っておられるのはよくわかります。でも……」

「やりますよ」

村田先生としても意外な返答がすんなり返ってきて驚いた様子だった。

「静香も『選ばれた人』として頑張っているんですよね。僕一人が逃げたら本当に静香に会えなくなるだろうし、僕が気付かずに修行していたのであればきっとこの任務遂行できますよね」

「よく言ってくれた、不動君」

「それで僕はこれからどうすれば良いのですか?」

もう気持ちは固まった。すでに戦士の気持ちが湧いている。

「その前に一連の流れをお教えしましょう」


 それから本当の三種の神器の場所と歴史を教えてもらった。僕の知っている日本史とは随分違っていた。そして反乱を起こそうとしている者についても……。

 村田先生の話をまとめるとこうなる。

■反乱を起こそうとしている者は森崎修蓮という僧兵で、すでに八咫鏡を手に入れている

■八尺瓊勾玉は皇居でなく出雲大社にある

■草薙剣は熱田神宮でなく飛騨一宮水無神社にある

■三種の神器を使いこなすためには熊野に住む博悠さんという隠れ陰陽師の指導が必要である

■修蓮法師は村田先生の弟子だったが意見の違いから先生の元を出て行った者である

■修蓮法師の目的は、この国の神を排除し仏の国に仕立て上げることである


 そして村田先生はまず、飛騨一宮水無神社へ行き草薙剣を手に入れるよう僕に指示した。

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