第4話


「何考えているの?」

静香はいつもと変わらない表情だったが口調はどこか元気がなかった。

「本当のことを言うと……、なんだ、その……」

「私たちの遠距離恋愛のことでしょう」


 僕は四季桜の一件以来力が抜けてしまい、結局就職戦争で勝利を治めることができなかった。静香は予定どおり札幌で就職だが、僕は引き続きアルバイトで生計を立てることになった。今日は静香が札幌に発つので中部国際空港へ見送りに来た。

 中部国際空港には、地方出張のサラリーマンと思われる人々が早足に歩いていた。そんなに急がなくてもいいのに、このまま時間が止まれば静香は札幌に行かなくてもいい、なんて考えていた。

「大丈夫だよ」

僕はこの言葉を言うことで精一杯だった。

「不動君は私のことだけでなくて自分のことも考えてね。わからないかもしれないけど、不動君がちゃんと就職して一人前になるまで待てるからね。それができたら私を迎えにきて……」

静香の眼に行きかう人の姿が映っている。

「当たり前じゃないか。僕が迎えに行くまで静香こそ大丈夫か? ストレスで蟹とかジンギスカンを食べまくって熊みたいになるなよ」

涙をこらえていた静香の表情に笑顔が少し戻った。

「ジャーン! これ見てみろよ!」

僕はカバンから二枚の紙を取り出して見せた。

「それは?」

本日のとっておきのサプライズ。名古屋と新千歳空港の往復空港券。昨日アルバイト終了後に旅行代理店で予約してきたのだ。

「ありがたいことに僕はアルバイト店員だからヒマはいくらでもつくれるのさ。だからゴールデンウィークに札幌見物に行こうと思ってさ」

静香は出会ってから今日までで一番の笑顔を見せてくれた。

そしてそのまま何も言わずに出発ゲートをくぐって搭乗ロビーへと歩いて行った。ただ、いつもと違うことはこちらを振り向かなかったこと。いつもの「ちょっと行ってきます」という意味のものにしたい静香の願いの表れだと思う。


 あと一か月、次の約束があるから今日も明日も頑張れる。



 結局僕は学生時代から続けていたコンビニエンスストアの店員を続けることになった。店から人手不足の連絡が入れば飛んで行った。大学を卒業してひたすらヒマな時間があるので、店長は僕にわがままを言う代わりに時給を上げてくれた。労働基準法もあってないようなもので、とにかくよく働いた。その方がお金がたまるし、静香がいない時間をアルバイトで過ごしていれば気が紛れるから僕も楽だ。僕が文句を言わなければ労働基準法も適用されることもないだろうし。

 静香とは毎日電話とメールで連絡を取り合っていた。普通社会人として旅立っていった恋人を心配してこちらから連絡するものなのだろうが、僕らの場合は、ちゃんとアルバイトに遅刻せず行っているかとか、バランスよく食事しているかとか、今日は可燃ゴミの日だから時間通りにゴミ出ししたかとかを心配して静香から連絡してくれている。おかげで遠距離恋愛をしている感じが全くしなかった。

店長も僕のことを気遣ってくれて、晩ご飯のおかずのあまりや廃棄する商品をこっそり分けてくれるので食生活には不自由しなかった。食費が浮くということは出費が減る。がむしゃらに働くからたくさん給料が入る。ゴールデンウィークは札幌でちょっと贅沢できそうだ。しっかり働いている静香にごちそうしてあげることができると思うととてもいい気分だ。

 静香の方は、毎日新人巫女さんとしての研修に追われているそうだ。早朝神社に到着して境内の掃き掃除、神主さんから祝詞と踊り・神社の歴史の講習を受けて、午後からはお札やお守りの販売でずっと座っているらしい。土日祝日の参拝客が多く休むことができないので休日は大体水曜日だそうだ。休日はせっかく札幌市民になったのでガイドブック片手に市内の観光スポットをまわっている。先日北海道大学のポプラ並木を見てきたそうだ。数年前台風で樹齢百年以上のポプラが倒れ、倒木を材料にしたストラップを送ってきてくれた。ぼくが札幌へ行ったら案内をしてくれると意気込んでいた。

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