第16話
嬉々として現場に足を運んだルアドは、惨状を見てすぐに、久々の血の匂いに目眩を覚えた。この国では殺人事件など一件も発生していなかった。国始まって以来の大事件と言われ始めたこの連続殺人事件は、この職について長いルアドたちにも、少々見ているのが辛いものだった。今回殺害されたモンディール公爵は、人一倍警戒心が強いことで有名な人物だった。常に護衛を従えており、その男たちもいつも見る顔が違う。家には六匹の番犬を放し飼いにしていたが、模倣犯たちが瀕死になるほど噛みついた凶暴っぷりだ。しかしその犬たちは一切吠えることなく、“影”は易々と公爵を殺害、いつものように宝石などを盗み、痕跡を残さず消え失せていた。公爵は“影”の噂が立ち始めてから、ただでさえ厳重な警備を更に強固なものにし、言葉の通り猫の子一匹通さないほどに完璧だと自慢していた。それがこんなにもあっさりと突破されたのだ。
「……一ヶ月で随分と腕を上げたようだね」
たった一ヶ月で出来ることなど限りがある。これほどの警備を突破するほどの技術を、一体どこで身に付けたというのだろう。
「……調査する必要があるな」
ルアドはすぐに現場を後にした。
この村の入り口と出口には関所が作られていた。モンディール公爵が作らせたのだ。そこに置かれていた記録を確認し、関所の役員の話を聞いた。しかし怪しい人物など一人もいなかったと言う。
「厄介だな……」
ルアドがげっそりとした顔で呟いた。
「どうやら、奴に協力者がいるようだ」
ジョンはルアドの代わりに、兵たちに指示をした。ジョンが下した命令はこうだったーー『剣術や武術の心得のある者を探せ』ーー。そして村で唯一、該当者が現れた。男の名前はロイン・グレッドマン、村でパン屋を営む男だ。
「“影”を知ってるか?」
ルアドは自分の前に押し出された男に、最大の威圧をかけて聞いた。男は怯えた表情を浮かべる。
「あの、噂になってる殺人鬼ですかぃ?」
「そうだ」
ロインは、後ろに並ぶようにして逃げ道を塞ぐ兵士たちをちらりと見た。
「噂は知ってやすが、あったことはねぇです」
「ほぅ、あんな“男”など知らぬ、と?」
「へぇ、男なんですかぃ!
性別不明って噂では聞いたんですけど、そうか、やっぱり貴族様のお屋敷に入ろうと思うと男の方が簡単そうですもんね!」
ロインは疑いもなく心底驚いた顔をした。このままでは埒が明かないと判断したルアドは、本題に入った。
「お前の祖父は、我ら兵士の剣技や武道の指導をしておられた、ガルドラ・ファルエムらしいな」
「へぇ、そうです」
「お前もそれなりの心得があると聞く」
「へぇ、じっさまに習ぇやした」
「ファルエム氏はお元気か?」
「じっさまは去年の冬に死んじまいやしたぜ、軍人さん
任務の途中で崖から海に落ちて、そのまま行方不明でさぁ
浜に上がったのがじっさまの上着と剣で、生きている可能性はゼロに近いって、軍人さんらがおらに知らせてくれたんじゃねぇっすか」
たしかにそうだった。去年の冬、彼に話をしに行ったのはジョンと付き添いの兵士1人だったのだ。この男には指導できるほどの技量はない。指導できるならガルドラだけだ。もしかしたら生きているのかもしれないと、ルアドは訃報を聞いてもずっと信じていた。しかし実際この男が言う通り、ガルドラはほぼ死亡確実である。ルアドは諦めて、他の者を探させるために兵を動かし、ロインを家に帰した。しかし、やはり見つからなかった。ジョンは仕事に夢中な上司を、食事に連れ出したりして無理やり普通の生活をさせた。そうして2週間後、次の殺人事件が隣町で起こった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます