第14話

 少しすると小さな川が見えてきた。小鳥の声がこだまする、静かで心が落ち着く場所だ。男は川の向こう岸へ渡ると、そこでビーデルを下ろした。辺りを見回す彼女をおいて、男は森の中に入っていく。慌てて付いて歩き始めてすぐ、小さな木の小屋が姿を現した。明らかに村にあった家々よりも古い。


「爺様、帰ったよ」


 男は古ぼけた扉を開けた。暖炉の傍に、少し大きな背もたれの椅子が置いてある。


「連れてきたのか、ロイン」

「あぁ」


 ロインと呼ばれた男が、ビーデルの背を押して暖炉の向かいの椅子に座らせる。大きな椅子に座っていたのは、白いひげを生やした眼光の強い老人だった。彼から感じられるのは、恐ろしく感じるほどの気迫と、見た目の年齢からは全く想像の付かない健康さだ。


「お嬢さん、名前は?」

「セイラ・テペラストリーです」

「嘘だな」


 老人はビーデルの顔をじっと見つめ、即答した。


「ロイン、たしかに彼女はあの“影”のようだな」


 どうやらビーデルが何をしようとも、他の村人たちのように騙されてはくれないようだ。小さくため息を吐き、仕方なく名前を名乗ることにした。


「ビーデル・アステノアです」

「ふむ、今度は本当のことを言ったね」


 老人は満足そうに笑うと、ビーデルに温かなミルクを差し出した。彼女はカップを受け取り、一口飲む。この老人も、ロインと呼ばれた男も、国の犬とかではないのは、ビーデルにもなんとなく分かり始めていた。彼らがおそらく、彼女のことを密告する気がないことも。


「私の名はガルドラ・ファルエム

 彼は孫のロイン・グレッドマンだ」


 男が小さく頭を下げた。


「私たちはお嬢さんを国に密告する気はない

 見ての通り、村とはあまり関わりを持っていなくてな、私は知られていない存在だよ

 ロインは村に家を持っていてな、この家の存在を知られる確率も低い

 お嬢さんを是非、我が家に泊めて差し上げたい」


 ビーデルは小さく頷いた。


「お嬢さん、元は農家の者のようだが、剣術や武術の心得は?」

「ありません」

「ほう、心得なしにここまでやって来られたのか、大したお方だ」


 ガルドラはひげを撫でながら、ようやく笑顔を浮かべた。


「私はこれでも、元は兵士たちを訓練していた者でな、是非貴女にも教えて差し上げたいと思うておる

 使えるようになれば、今まで以上に“影”として動きやすくなるだろうと思う」


 この老人の発言に、ビーデルは疑問を持った。元々兵士の訓練をしていたというのならば、国に協力して大罪人を捕らえるのが普通だ。なのに彼らは、彼女に協力を申し出たのだから驚きである。彼らの言葉に嘘がないことは、彼女にも分かった。しかし信用するかは話が別だ。


「我々をお疑いのようだな……

 案ぜずともよい!

 密告はしないよ、この命に代えて

 私は貴女のやり方には反対ではあるが、こうでもしなくてはこの国は変わらんだろう、とも思うておる

 腐りきってしまったものは切り捨てるしかない

 誰もが思っていたことを実践し、尚且つ自らの利益は求めないその精神に、私は敬意を表したいと思うておるのだ」


 ビーデルは一度、この老人を信じてみることにした。彼女にとって仕事がしやすくなるのならば、それに越したことはない。もし騙されたのならば、仕方がないが殺そう。


「分かりました、よろしくお願い致します」


 ビーデルは椅子から立ち上がり、ロインとガルドラに頭を下げた。

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