第13話


 ビーデルは別の村を訪れていた。その村では既に彼女の噂は広まっており、通行人たちの荷物などを調べていた。村の入り口には爵位保持者が設置したと思われる関所があり、旅人たちで小さな列が出来ている。ビーデルはここを通るわけにもいかず、仕方なくこの村を後回しにすることにして山に足を踏み入れようとした。


「ちょっと、そこのお嬢さん」


 今まで気配など感じていなかったのに、ビーデルのすぐ傍には若い男が一人立っていた。


「お嬢さん、山に入るつもりかい?」

「え、ええ

 友人が先に入ってしまって、今から追いかけるところでしたの」


 少し引きつった笑いを浮かべながら、ビーデルはその場を去ろうとした。ところが、男は慌てたように彼女の腕を掴んだ。そしてビーデルの耳元で囁いた。


「アンタ、もしかして“影”かい?」

「“影”……?」


 ビーデルはまだ、自分が“影”と呼ばれていることを知らなかった。彼女は極力村人と関わらないように仕事をし、自分の目撃者を可能な限り少なくしようとしていたからだ。男は少し驚いた表情をして考えると、笑顔を浮かべながら再び彼女の耳に口を近づけた。


「アンタ、爵位保持者ばっかを殺して回ってる暗殺者かい?」


 ビーデルは一瞬体が硬くなるのを感じたが、すぐにその緊張を解いて笑顔で首を振った。


「私はまだ十二ですよ

 そんな小娘が出来るわけないじゃないですか」

「そうかい?

 もしそうだったら、うちの爺様が会いたいって言ってたんだがなぁ……」


 ビーデルは先程から男の手を振りほどこうとしていた。しかし、びくともしない。痛いほどに強く掴まれているが、彼のどこにこんな力があるのか不思議なくらい、この男は細身だった。人によっては病弱にも見えそうな細さと、肌の白さを持った男は、話の間ずっとビーデルを掴んで離さない。


「本当に、違うのかい?」


 これが罠ならば、すぐにでも逃げなければならない。だが手をほどけない。


「痛いです、放してください……!」


 ビーデルにそう言われ、手の力は緩めたものの放す気配はない。彼の笑顔には有無を言わさぬ気迫を感じた。ビーデルは仕方なく、この男についていくことにした。


「分かりました、貴方のお爺様にお会いしましょう

 ですが、私は貴方の言う“影”ではありませんよ」


 男は嬉しそうに笑い直すと、彼女を抱きかかえた。驚いて暴れようとするビーデルの口を塞ぎ、地面を蹴る。彼はふわりと宙に浮くと、そのまま近くの枝の上に乗った。普通の男ならこんなジャンプ力はあるはずがない。手の力といい、気迫といい、彼はどうやら只者ではないらしかった。ビーデルは大人しく抱えられたまま、枝から枝へと飛び移り山に入っていく男の顔を見上げた。

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