第12話
夕方になり、ゆっくりとベッドから体を起こしたビーデルは、宿に入る前に買っておいた男物の服を着た。背中の半分ほどまであった髪は、エアルドを出るときに肩下辺りまでに切っている。軽く結うとハンチングの中に押し込んだ。これで若い男に見えるだろう。女一人で酒場に入るのは、あまりに目立ちすぎる。小さなバッグに軽く荷物を詰め、ビーデルは宿を出た。昼間入った食堂は、夜になると酒場になるらしい。普段から酒場をしているところは明日回ろう。彼女は賑やかな酒場に足を踏み入れた。
「いらっしゃい!
悪いが見ての通り混んでるんでね、相席でお願い出来るかい?」
すぐそばを通った店員らしき女性が声をかけ、持っていた料理を運んでいく。ビーデルは、いろいろと知っていそうな、中年男性の多い席を選んだ。
「よう、アンタ見ない顔だな」
「旅をしてるもんでね
アンタらはこの町の人間なのかい?」
「おうね!」
既に酔い始めている男たちは、機嫌よさげに大きく頷く。酒場で酒を飲まなければ怪しまれる。ビーデルは男たちに声をかけた。
「この店一番の酒は何だい?」
「そりゃあ、ガルボ・ジャ・バーレだべなぁ」
少し先の村で作られている酒だということを、農家育ちのビーデルはよく知っていた。村が小さいために生産量は少なく、村から離れるほどに入荷量が減るのだ。ビーデルは男に礼を言うと、近くを通った店員に酒とミートパイを注文した。
「アンタ、何しにこの町に寄ったか知らねーが、止めといた方がいいぜ」
一人の男が急に声を小さくする。
「この町にゃあ、若くていい男を攫って、自分の召使いにする女がいてな
アンタ、顔が綺麗だから狙われるかもしんね」
「でももっとおっかねーのがいるよなぁ」
「あぁ、その女の旦那と息子だな」
ビーデルは男たちの口から漏れ出す話を、興味津々といった様子で耳を傾ける。ちょうどそこに店員が酒とパイを運んできて、店員もまた会話に参加してきた。四人の会話から分かった情報で、今日は十分だと判断したビーデルは、酒とパイを平らげる。そして今日は疲れたからと言って店を出た。夜道を歩いて宿に帰りながら、彼女はどこかワクワクした気持ちで口笛を吹き始めた。幼い頃はもっと女らしくしろと両親に言われていたが、今では男っぽさが役立っている。本来ははしたなく思われるのだが、今の彼女を止めるものなど何もなかった。ビーデルにとって爵位保持者暗殺は、楽しい悪戯程度でしかなくなってしまっていたのだ。宿に着くと、彼女はさっそく短刀を研ぎ始めた。
村で事件が起きた四日後の昼過ぎ、仮設本部のテント前に馬が一頭現れた。
「じ、事件です!」
駆け込んできた隊員の話を聞きながら、ルアドとジョンは胸を高鳴らせていた。隣の町でまた現れたのだ。隊の中で、犯人を“影”と呼び始めた頃だった。馬を走らせて急いで現場に向かえば、やはりいつもの如く爵位保持者は見るも無残な姿となっていた。既にこの光景に見慣れていた隊員たちは、慣れた手つきで屋敷内の捜査を開始している。
「こうも酷い光景を見慣れてくるとさ、なんだか自分が惨めにならないかい?」
「確かに、そうではあるな」
また新たに作られた仮設テントで、ルアドは隊員を聞き込みに向かわせた。
「誰か犯人らしい顔を見ているといいんだがなぁ」
町民たちからは特に情報は得られなかった。それもそのはず。この町はこの辺りで一番の都会。旅人は行き交い、宿の数もかなりある。ルアドとジョンはまた、ため息を吐いた。
調査兵隊が村を去る少し前、隣町から帰って来た村人が食堂で話し込んでいた。兵がまだ村をうろついているからか、顔を寄せあい小声で話している。
「隣町でこないだ夫人が殺されたって言ってたろ?
実はな、その夫人の宝石が町の端の方で見つかったらしいんだ!
しかも丁寧に袋に詰められて、土ん中さ埋めてあったんだそうだぜ
んで、町の皆に配ってくださいって手紙まで入ってたんだと」
「そりゃまた、大事件だねぇ
それ、夫人が埋めたのかい?」
食堂の女将が小声で問いかける。
「いんや、それが違うんだ
袋と一緒に血まみれの夫人のハンカチが出てきてな、どうやら夫人殺してくれた犯人様のおかげらしいぞ」
「じゃあ、その犯人様ってのは、アタシら庶民の救世主様のようじゃあないかい!」
兵たちが村を離れる頃には、この噂は皆の知るところとなった。畑仕事をしていた村人たちは、兵たちが慌てたように村を去っていくのを見届け、口々に叫んだ。
「兵隊さんらがおらんくなったぞ!」
村人たちは手にスコップや鍬を握りしめ、建物から飛び出した。皆は協力して、人目に付かなくて、且ついずれ誰かが見つけるであろう場所を、次々に掘り起こし始めた。兵たちが戻ってきてもばれないようにと、掘っては埋めるを繰り返す。やがて、村に唯一ある教会の墓地で、まだ開拓されていない辺りを掘り起こしていた村人が、歓喜の声を上げた。
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