第11話

 ビーデルは犯行後、すぐに村を出た。どうせすぐにあの隊長は追ってくるだろう。それに今回、彼女は姿を晒してしまっていた。


「あの隊長と副隊長、頭良さそうだったしな……

 女とばれるのも時間の問題、か……」


 次の町に着いたのは、昼過ぎだった。近くの食堂に入ると、少し昼を過ぎたからか、席が空き始めている。ビーデルは店の入り口に一番近い席に座り、食事をとった。一週間ろくに食べていなかったせいか、異常なほどの空腹を感じる。いつもよりも少し多く食べると、金を払って店を出た。もうすぐ硬貨は底を突く。ここらで宝石を金に換えた方が良さそうだ。ビーデルは近くに店を広げていた、気の良さそうな宝石商に自分の持っている宝石を売りたいと声をかけ、彼女はアルデハイトの屋敷から盗んだ宝石を見せた。


「お嬢さんみたいな若い人が、随分高価な品を持っていらっしゃいますな……」


 商人は始めビーデルを怪しんでいたが、これは祖母の遺品で、自分は旅をしていると話すと、すぐに鑑定を始めた。宝石はまだあと二つあるが、ここで一緒に出すときっと足がついてしまうだろうからと、ビーデルは鞄の奥へと押し込んだ。商人は小さな袋に一杯の硬貨を出し、ビーデルを見上げた。


「これくらいですかな」

「ありがとうございます」


 ビーデルは袋を受け取ると、その足で人の多く出入りしている宿に入った。ひとまず二晩泊めてほしいと頼み、一部屋借りることに成功した。ビーデルは、男なら小柄だが、女ならば少し大柄という部類に入る。中身がまだ12歳でも、見た目は既に成人しているように見て取れた。若い女に変わりはないが、大人に見られれば何かと都合がいい。ビーデルは部屋に入ると、すぐに寝間着に着替え、ベッドに体を沈めた。家を出てから、もうすぐ二週間が経つ。その間、彼女には休みがなかった。今日一晩寝て、また夕方頃に外へ出よう。きっとこの町にも悪人はいるのだろう。酒場にでも行けば、きっと簡単に情報が手に入る。ビーデルが新しく着いたこの町は、この辺り一番の都会だった。殺す相手のガードも、相手の情報を手に入れるのも、きっと今まで以上に難しいだろう。もうほとんど眠っている頭で、ビーデルはイルネシアを思い出していた。彼女はもうこの世にはいない。彼女の家族ももういない。ビーデルの家族も、叔母以外もういないのだ。不意に調査兵隊の隊長の顔が浮かび、ビーデルは少し驚いた。何故あの天敵の顔が、今浮かぶのだろうか。ビーデルには分からなかったが、それを考える余裕ももうなかった。考えるのを止めると、彼女は静かに眠りに落ちていった。







 また子爵家から金庫の外に出ていた宝石類が全て消えていた。探しても見つからない。今日何度目かになるため息を吐いたルアドは、すっかり疲れた顔で報告書に向かっていた。新しいおもちゃを手に入れたかのようにはしゃいでいた、数時間前のルアドはもう何処にもいない。ジョンとルアドの間には、重い沈黙が横たわっていた。ジョンもまた、仕事をする気にはならず、冷め切ったコーヒーをちびちびと飲んでいた。ようやくやる気を出し、机の書類の山に挑むも、いつものようなスピードはない。二人ともが疲れ切っていた。そういえば、ルアドは寝不足だったな。ふと思い出し、ジョンは向かいに座るルアドを見た。書類で埋もれた顔には、目の下に大きなクマが浮かんでいる。寝かせなければいけない。


「モガータ……」

「ん……?」

「疲れているだろう……」

「いや……」

「寝ろ……」


 ほとんど言葉がない会話で、ようやくルアドが顔を上げた。ルアドの目に映ったジョンもまた、酷く疲れた顔をしている。


「お前が寝るなら寝る」


 ルアドの言葉に驚くことなく、ジョンは椅子から立ち上がった。ぼんやりと眺めるルアドの目の前で、ブーツを脱いで自分のベッドに横たわる。


「寝る、から寝ろ……」


 背を向けたまま唸るように言うジョンに、見えるはずもないのにルアドは頷いた。上着を椅子に掛け、ブーツを脱ぎ捨てるとベッドに突っ伏す。途端に睡魔が襲ってきて、ルアドは身を任せた。向こうでジョンが寝息を立てているのが見える。こんなに疲れたのはいつぶりだったろうか。ぼんやりとした頭に浮かんだのは、弟妹たちの笑顔だった。元気にしているだろうか。こんなに長く離れるつもりはなかったからな。そんなことを考えていると、不意に前の町で出会った少女の姿が浮かんだ。クスリと可愛らしく笑う。


『怪我はありません

 調査兵隊のルアド・モガータ様ですね

 ありがとうございました

 お名前覚えておきますね』


 そして走り去っていく彼女の背に、ルアドはぼやけていく視界の中で静かに手を伸ばした。


「また、会えるだろうか……?」


 呟いた声は彼女に聞こえたのか、立ち止まって笑顔をこちらに向ける。ルアドは自身の頬が緩むのを感じた。


「早く、会いたい、な……」


 ルアドの伸ばした手が力なく落ち、ベッドでボフンと音を立てた。が、その音はルアドの耳には入っていない。頬を緩めたまま、ルアドは静かに寝息を立てていた。

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