第12話 割り出し


 翌朝。

 寝不足のためか、慧思の顔が薄っすらと冴えない。

 あくまで、俺だから判ることだ。長い付き合いだからな。

 いざというときのことを考えると、シャワーも浴びられない。

 せめて、美岬と美鈴メイリンは寝かせてやらないと。

 俺たちは、もう一晩くらいは、徹夜をしないといけないだろう。


 美鈴が、起きぬけにいきなり俺の頭を抱え込む。

 「薬、切れてきたようだ。

 あと1日で、元に戻るだろう。今日一日は気をつけろ」

 「ああ、ありがとう」

 そう答えてから、美岬の顔を窺う。

 「……大丈夫だよ」

 ぜんぜん大丈夫じゃない表情かおで言うなぁ……。


 朝なんで、またいつものように1人ずつ開放してトイレ。

 まるで、家畜でも飼っているようだ。鼻がダメになっていてよかったよ。


 ただ、この苦労、明日には報われると信じよう。なんせ、美鈴の見立てでは明日には薬が切れる。

 となれば、最後のチャンスとして襲ってくるのは、今日になる。

 こちらは、人質を人間の盾として使う。

 そのためにも生かしてあるのだから、当然のことだ。

 襲ってくる方も、そのつもりで来るだろう。


 となると、こちらを一気に無力化する方法を取る。

 音響閃光弾の使用あたりが、妥当なところだろう。ただ、まだ、他の島民に今の状況は知られていない。音響閃光弾を使えば、人が集まってくる。そのあたりもどうするのかが見ものだ。

 また、そもそもだけど、こちらが想定している手で来るはずもないという気もする。



 朝食。

 さすがに、人数がいるため、なくなる食材も出てきた。でも、まぁ、まだ米もあるし、魚もある。

 イサキに強めに塩して焼いて、それを具にしておむすびを作る。

 海苔の一袋が一回で終わりかよ。

 まぁ、しかたない。

 美鈴は、おむすびが嫌いなので、乗っけ飯にして手渡す。

 この過程自体が、人質観察の材料だ。


 やはり、西の対象国の人間、いるな。

 露骨に侮蔑の表情になったのが数人。彼らにとっておむすびとは、日本の貧困の象徴なのだ。

 これだから飯テロはやめられない。拷問よりはるかに正直にさせちまう。

 あとは、これを食わして、素直に口を開いて食うようになっていたら、次の段階だ。

 あと、もう一つ、生魚、ピザ、寿司、おむすびへの反応で、それぞれの出身国はほぼ見当がついた。

 アメリカ、対象国が半数ずつ。日本で生まれ育ったのも二人いる。

 さまざまに国にまたがって、表の機関に潜んでいる組織という見方を裏付ける結果だ。

 あとで、尋問をする際に、嘘をつかれた時の対応材料にできる。


 ただ、こちらとしても、検討する材料があるからには、独自の検討はしておきたい。

 あくまで坪内佐のコマだとしても、単にコマであり続けるつもりはない。


 美岬と美鈴が、見張りを引き受けてくれた。

 

 その間に、慧思と検討に入る。

 美岬は引退した身で、あくまで巻き込まれた位置にいる。だから、あえて検討からは外す。

 人質への見張り以外の対応も、させていないのはそのためだ。



 「『つはものとねり』と同じように、地に潜っている組織で、かつ多国に跨がる場合、どのような想定ができる?」

 まずは俺が聞く。

 いわゆる歴史、社会については、慧思の見識は俺のはるか上を行くからだ。


 「簡単だ。

 ずっと考え続けてきた。

 でも、人質を見ていて確信に変わった。

 俺たちは、現存している国の裏側だ。だから、俺たちの組織が他国の人間で占められることはありえない。

 これをひっくり返すと、多国籍な人間で占められた隠された組織は、現存していない国に由来する」

 「なるほど……」

 そこまでは、明快だな。


 「その国がどこかということは、ひとまずおいて、だ。

 その前に、その判断に、なんらかのオカルト的に取り上げられる秘密結社ではないとした理由はあるかな?

 一応論理的に、否定をする根拠を持っているのかということだ」

 「これも、人質からだ。

 多国籍、整った統一的な装備、ちぐはぐな訓練過程、それなりに高度な知識水準。これがあの人質の群れとしての特徴だ。

 刺し身を入れた納豆を嫌いながらも、寿司は食うってのが、アメリカとか、対象国とかのハイソな連中を想定させるよ。

 で、その一見してハイソな連中自ら来るってことは、組織の上層がまた別にいるにせよ、それなりに自覚し、目的のために身を捧げる集団だということになる。

 本来ならば、組織の構成員の若いのを使うより、お高いソーコムで装備を整えられる金を傭兵を雇う方向に使うはずだからだ。

 だから、こいつらを直にがんがん拷問にかければ、それなりの機密がぽろぽろ出てくるだろう。だから、逆に拷問できん。

 あとから『こんなVIPを拷問したのか?』なんてことになりかねない」


 ……うーん。

 それはたしかに怖いな。

 慧思は続ける。

 「となるとだな、かつてオカルト的秘密結社が、自らの力で自らの国を作ろうと軍事行動を起こしたことはない。

 たとえば、陰謀論的にどこどこの国を支援したとか、理想のために国籍を超えて協力したという話はしこたまある。

 でも、例えばだけど、フリーメーソン会員が自ら銃を持って戦い、一向宗のように自分たちの自治領とか、国家を持とうとした例はない」

 「……なるほど」


 「つまりだな。

 秘密結社が表返るってことはないんだよ。あくまで、既存の国家の中にいるんだ。革命を起こす原動力になったとしても、自ら国家とはなっていないんだ。

 もしも、なっていたとしたら、対象国のように、立法、行政に重なって、さらにその上にかぶさるように党があるような、そんな国家でなければ可怪しい。

 国家になった段階で、秘密結社は秘密結社たりえないからね。なんらかの形で結社の形が見えてくるはずなんだ」

 「そこまでは理解した」

 なるほど、オカルトで取り上げられるような秘密結社ではないと。


 確かに、今回のこいつらは違う。

 俺たちを、最初はなんらかの形で空中分解させようとしていたし、それに失敗するとすぐに、組織構成員による具体的戦力を持って襲いに来た。

 戦術行動がいちいち論理的だ。

 明確な目的があるのだ。


 「では、最初の検討に戻る。

 現存していない国の再興を考えているとして、そこは……」

 「そうだ、双海。

 お前の思っているその国だ」

 「異民族国家でなく、思想によって作られた国家でもなく、自分たちの民族で作った、最期の国家、ということか……。

 俺たちが高校の頃から、対象国は変わらない。

 反○復□だな」

 「ああ。

  そうなると、今、対象国は危ないからな。

 だからこそ、表返るチャンスの時期ということか……」

 執念深いな。

 ま、その執念も持たないまま、七百年も過ぎたうちの組織みたいのもあるけどな。

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